上 下
37 / 124
陽介の暴走

しおりを挟む



噴水前に着くと、すでに陽介の姿があった。
私を見つけるとベンチから立ち上がり、小さく右手を持ちあげる。
待ち合わせの時に、彼がいつも見せる仕草。だけど表情は固い。


「ごめんね、待った?」
「いや、俺も着いたところ」
「じゃあ、行こうか」


並んで歩いている最中に「飯は?」と聞かれたので「まだ」と答える。
すると陽介は突然歩みを止めた。


「やっぱりさ……カラオケ屋じゃなくて、俺の部屋にしない?」
「え、でも――」
「七海の好きな、アボカドと生ハムのパスタ作ってやるよ」


無理やり作った笑顔と、恋人だったころみたいな物言いに困惑する。


「部屋には行けないよ」
「どうして」
「私たちは別れてるんだし……松本さんが嫌がるでしょう」
「だから、彼女は違うって。俺は七海を――」


言葉の途中で周囲の視線に気づいた陽介は、私の手を取って歩き出す。


「とにかく、別れるにしても七海の物が部屋に沢山あるだろう」


視線はまっすぐにタクシー乗り場に向かい、聞く耳を持つ気はないらしい。
よほど、切羽詰まっているのだろう。どんな時も「七海はどうしたい?」「七海の好きな方でいいよ」と、私を優先してくれた彼の心の内を思うと、どうしても繋いだ手を振り解くことができなかった。


電車ではなくタクシーを使ったのも、私の気が変わるのを避けるためだろう。
車中、しっかりと握られた手は、いつもより冷たく震えていた。


「入って、すぐに飯を作るから」
「うん、お邪魔します」


並々ならぬ陽介の思いに流され、促されるまま部屋に足を踏み入れてから、やっぱり後悔した。


ダイニングキッチンの向こう側、開け放たれた寝室に鎮座する青いソファー。その真向いにあるクローゼットが、忌まわしい出来事を脳裏に叩きつける。


「ごめん、嫌だよな……」


消え入るような声で陽介が言った。
私がうなずくと、彼は寝室の引き戸を閉めて苦し気に顔を歪めた。


「あやまって許されることだとは思っていない、でも……もう一度だけチャンスをくれないか」
「陽介――」


「無理だよ」と言おうとして、言葉がつっかえた。
彼の切れてしまいそうな表情が、私の声帯に蓋をしたのだ。


視線を落とすと、ダイニングテーブルついた数センチの傷が目に入った。瓶詰のピクルスが開かなくて、私が金槌で蓋を叩いたときに過ってつけてしまったものだ。
買ったばかりのテーブルだったのに、気にも止めない陽介の心の広さに感心したのを覚えている。


思い出す限り、彼はなんでも笑って許してくれた。
私も……許すべきなんだろうか。


心が動きかけたとき、カバンの中でスマホが震えるのが分かった。
一度、二度……ややあって、三度目に着信を知らせるバイブ音に陽介が肩を竦めた。


「出れば、急用なんじゃない?」


鳴りやまないスマホを鞄から取り出し、ディスプレイを見ると、相手は類さんだった。
なにかあったのだろうか。
メッセージではなく、通話を要求する着信だ。


「ごめん、仕事のことかも」


陽介に断りを入れ、スマホを耳に当てたまま玄関に移動する。


「お疲れ様です、どうしました?」
「おまえ、今、どこ?」
「え……メールした通りですけど」


なぜだろう。類さんの声がいつもよりも上ずっているような気がした。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

粗暴で優しい幼馴染彼氏はおっとり系彼女を好きすぎる

春音優月
恋愛
おっとりふわふわ大学生の一色のどかは、中学生の時から付き合っている幼馴染彼氏の黒瀬逸希と同棲中。態度や口は荒っぽい逸希だけど、のどかへの愛は大きすぎるほど。 幸せいっぱいなはずなのに、逸希から一度も「好き」と言われてないことに気がついてしまって……? 幼馴染大学生の糖度高めなショートストーリー。 2024.03.06 イラスト:雪緒さま

最後の恋って、なに?~Happy wedding?~

氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた――― ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。 それは同棲の話が出ていた矢先だった。 凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。 ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。 実は彼、厄介な事に大の女嫌いで―― 元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...