11 / 124
酒は飲んでも飲まれるな
1
しおりを挟む
* * *
数時間後。
私は日本酒の瓶に顎をのせ、タチの悪いくだを巻いていた。すでに瓶の中身は空っぽで、今は二階堂部長が自室から持って来てくれた、安い焼酎を飲んでいる。
「ほら、最後のぼんじりだぞ」
「ンアッ!」
目の前に焼き鳥串が差し出されたので、顎乗せスタイルのままパカッと口を開く。すると二階堂部長は、露骨に嫌そうな顔をした。
「なんだよ、まさか食わせろって?」
「ンアッ、ンアッ」
答えの代わりに二度、口を開閉する。呆れ顔でため息をついた彼だったが、口元まで串を運んでくれた。
ああ……美味っ。
プリンとした肉を噛みしめると、荒塩と絡んだ良質な脂が溶けだして、極上の幸せに包まれる。
今度どこの焼き鳥屋さんか教えて貰お。
そう思いながら、ゆっくりと味わう。
「こんな横着な女、見たことがない」
彼は文句を言いながらも、最後の一切れまで食べやすいように串の位置を調整してくれた。
「横着なんじゃなくて、雛鳥なんです」
「は?」
「餌を運んで貰わないと、なーんにも出来ない、無力なヒヨコちゃん」
別にふざけているのではない。串を持つのも億劫なほど、精神的ダメージを受けているのだ。
「ニワトリを食うヒヨコちゃんか」
「なにか?」
「……シュールだな」
言われてみれば、パンチのきいた光景だ。
けど……どうだろう。
「自分の誕生日に、恋人と後輩のナニを見せられる三十路と、鶏を食べるヒヨコって、どっちがシュールだと思います?」
私が質問すると、二階堂部長はギョッして、わざとらしく咳ばらいをする。
「ほら、酒を注いでやろう」
なみなみと満たされる、焼酎。黒いぐい飲みの中に、月が映り込んで揺れていた。
ぼんやりとそれを眺めながら呟く。
「仕事……がんばり過ぎたのかな」
思えば企画部に転属したあたりから、違和感があった。あの頃から陽介の気持ちは、ゆっくりと離れていったのかもしれない。
優しくて、いつも笑顔だった陽介。彼とは入社式の日に意気投合して、一ヵ月後には付き合うことになった。
「実は一目ぼれだったんだ、すっげえ好き、俺の彼女になって!」
あんまりストレートな告白に、思わず笑ってしまったのを覚えている。
陽介と一緒にいれば、ずっと笑顔でいられる。そう信じていた。そしてそれは、間違いではなかった。
「七海、信じられないくらい美味い焼き鳥屋、見つけたんだ!」
ぼんじりが好きになったのは、彼に連れられて行ったお店で食べたそれが、あんまり美味しかったから。
「初めて女の子に花、買っちゃった。ひい~っ恥ずかしいっ!」
誕生日には、レインボーカラーの薔薇をプレゼントしてくれた。
「大丈夫、七海なら絶対に企画部に入れるって!」
毎年そう言って励ましてくれたし、資格の勉強で忙しくても、文句ひとつ言わずに応援してくれた。
本当に大好きだった。彼の笑顔は、元気の源だった。なのに……どうして、心変わりに気付かなかったのだろう。
数時間後。
私は日本酒の瓶に顎をのせ、タチの悪いくだを巻いていた。すでに瓶の中身は空っぽで、今は二階堂部長が自室から持って来てくれた、安い焼酎を飲んでいる。
「ほら、最後のぼんじりだぞ」
「ンアッ!」
目の前に焼き鳥串が差し出されたので、顎乗せスタイルのままパカッと口を開く。すると二階堂部長は、露骨に嫌そうな顔をした。
「なんだよ、まさか食わせろって?」
「ンアッ、ンアッ」
答えの代わりに二度、口を開閉する。呆れ顔でため息をついた彼だったが、口元まで串を運んでくれた。
ああ……美味っ。
プリンとした肉を噛みしめると、荒塩と絡んだ良質な脂が溶けだして、極上の幸せに包まれる。
今度どこの焼き鳥屋さんか教えて貰お。
そう思いながら、ゆっくりと味わう。
「こんな横着な女、見たことがない」
彼は文句を言いながらも、最後の一切れまで食べやすいように串の位置を調整してくれた。
「横着なんじゃなくて、雛鳥なんです」
「は?」
「餌を運んで貰わないと、なーんにも出来ない、無力なヒヨコちゃん」
別にふざけているのではない。串を持つのも億劫なほど、精神的ダメージを受けているのだ。
「ニワトリを食うヒヨコちゃんか」
「なにか?」
「……シュールだな」
言われてみれば、パンチのきいた光景だ。
けど……どうだろう。
「自分の誕生日に、恋人と後輩のナニを見せられる三十路と、鶏を食べるヒヨコって、どっちがシュールだと思います?」
私が質問すると、二階堂部長はギョッして、わざとらしく咳ばらいをする。
「ほら、酒を注いでやろう」
なみなみと満たされる、焼酎。黒いぐい飲みの中に、月が映り込んで揺れていた。
ぼんやりとそれを眺めながら呟く。
「仕事……がんばり過ぎたのかな」
思えば企画部に転属したあたりから、違和感があった。あの頃から陽介の気持ちは、ゆっくりと離れていったのかもしれない。
優しくて、いつも笑顔だった陽介。彼とは入社式の日に意気投合して、一ヵ月後には付き合うことになった。
「実は一目ぼれだったんだ、すっげえ好き、俺の彼女になって!」
あんまりストレートな告白に、思わず笑ってしまったのを覚えている。
陽介と一緒にいれば、ずっと笑顔でいられる。そう信じていた。そしてそれは、間違いではなかった。
「七海、信じられないくらい美味い焼き鳥屋、見つけたんだ!」
ぼんじりが好きになったのは、彼に連れられて行ったお店で食べたそれが、あんまり美味しかったから。
「初めて女の子に花、買っちゃった。ひい~っ恥ずかしいっ!」
誕生日には、レインボーカラーの薔薇をプレゼントしてくれた。
「大丈夫、七海なら絶対に企画部に入れるって!」
毎年そう言って励ましてくれたし、資格の勉強で忙しくても、文句ひとつ言わずに応援してくれた。
本当に大好きだった。彼の笑顔は、元気の源だった。なのに……どうして、心変わりに気付かなかったのだろう。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
上司と部下の溺愛事情。
桐嶋いろは
恋愛
ただなんとなく付き合っていた彼氏とのセックスは苦痛の時間だった。
そんな彼氏の浮気を目の前で目撃した主人公の琴音。
おまけに「マグロ」というレッテルも貼られてしまいやけ酒をした夜に目覚めたのはラブホテル。
隣に眠っているのは・・・・
生まれて初めての溺愛に心がとろける物語。
2019・10月一部ストーリーを編集しています。
変態御曹司の秘密の実験
綾月百花
恋愛
10社落ちてやっと入社できた会社で配属された部署は、大人の玩具を開発する研究所の社長専属秘書だった。社長専属秘書の仕事は、人体実験!処女なのにあれこれ実験されて、仕事を辞めたいけど、自宅は火事になり、住む場所もなくなり、家族親類のいない亜梨子は、変態社長と同居?同棲?することになった。好きだとか愛してるとか囁いてくる社長に、心は傾けど意地悪な実験で処女なのに快感に翻弄されて。ああ、もう辞めたい!やっと抱いてくれると思ったら、お尻に入れられて欲しい場所にくれない。ALICEプロジェクトという実験は一体なんでしょう?エッチで悶々しちゃう亜梨子のシンデレラストーリーです。
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
【完結】一夜の関係を結んだ相手の正体はスパダリヤクザでした~甘い執着で離してくれません!~
中山紡希
恋愛
ある出来事をキッカケに出会った容姿端麗な男の魅力に抗えず、一夜の関係を結んだ萌音。
翌朝目を覚ますと「俺の嫁になれ」と言い寄られる。
けれど、その上半身には昨晩は気付かなかった刺青が彫られていて……。
「久我組の若頭だ」
一夜の関係を結んだ相手は……ヤクザでした。
※R18
※性的描写ありますのでご注意ください
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
交際0日。湖月夫婦の恋愛模様
なかむ楽
恋愛
「いらっしゃいませ」
「結婚してください」
「はい。いいですよ。……ん?」
<パンののぞえ>のレジに立つ元看板娘・藍(30)の前にやって来たのは、噂では売れない画家で常連客の舜太郎(36)だった。
気前よく電撃結婚をした藍を新居で待っていたのは、スランプ中の日本画家・舜日(本名・湖月舜太郎)との新婚生活だった。
超がつく豪邸で穏やかで癒される新婚生活を送るうちに、藍は舜太郎に惹かれていく。夜の相性も抜群だった。
ある日藍は、ひとりで舜太郎の仕事場に行くと、未発表の美しい女性ただ一人を描き続けた絵を見つけてしまった。絵に嫉妬する。そして自分の気持ちに気がついた藍は……。(✦1章 湖月夫婦の恋愛模様✦
2章 湖月夫婦の問題解決
✦07✦深い傷を癒して。愛しい人。
身も心も両思いになった藍は、元カレと偶然再会(ストーキング)し「やり直さないか」と言われるが──
藍は舜太郎に元カレとのトラブルで会社を退職した過去を話す。嫉妬する舜太郎と忘れさせてほしい藍の夜は
✦08✦嵐:愛情表現が斜め上では?
突如やって来た舜太郎の祖母・花蓮から「子を作るまで嫁じゃない!」と言われてしまい?
花蓮に振り回される藍と、藍不足の舜太郎。声を殺して……?
✦09✦恋人以上、夫婦以上です。
藍は花蓮の紹介で、舜太郎が筆を折りかけた原因を作った師匠に会いに行き、その真実を知る。
そして、迎えた個展では藍が取った行動で、夫婦の絆がより深くなり……<一部完結>
✦直感で結婚した相性抜群らぶらぶ夫婦✦
2023年第16回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました!応援ありがとうございました!
⚠えっちが書きたくて(動機)書いたのでえっちしかしてません
⚠あらすじやタグで自衛してください
→番外編③に剃毛ぷれいがありますので苦手な方は回れ右でお願いします
誤字報告ありがとうございます!大変助かります汗
誤字修正などは適宜対応
一旦完結後は各エピソード追加します。完結まで毎日22時に2話ずつ予約投稿します
予告なしでRシーンあります
よろしくお願いします(一旦完結48話
副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~
真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる