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第2部・社会人編

再会・5

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「お願いだから落ち着いて」

他のお客さまの迷惑になるから、と窘めるけど、心配はいらなかった。

「よっ、花ちゃん、今日も愛されてるねえ!」
「比呂ー、頑張れえ!」

馴染みの店ということもあって、いたるところからヤジが飛んでくる。

「皆さんも煽らないでください!」

ここに来るたび、ほぼ毎回繰り返される度を越した溺愛祭りは、どうやら名物化しているらしい。
たまに穏やかに飲んでいると「どうした今日はなんもねえのか」なんて、不思議そうな顔をされる始末だ。
でも今回は、雰囲気に流されるわけにはいかない。

「茶化さないでっ、聞いてってば!」

テーブルを叩いて立ち上がる。

「は……な?」

いつもと違うことに気が付いたのだろう。
比呂たちが静止した。

「ねえ、お願いだから……ちゃんと聞いて」

周りの酔客も息をのんで私を見ている。
まずい――と、思った。
こんな空気にするつもりじゃなかったのに。

「あっと……ごめんなさいっ、変な酔い方しちゃったかなあ」

アハハと笑って見せたけど、奈々美の表情が変わった。

「花……あんた、神谷君となにがあったの?」

ああ、やっぱり敵わないなあ。
奈々美は店長に断ってから、私と比呂を店の奥にある個室に先導した。

「ここなら、落ち着いて話せるでしょう」

逃げ場を失ってしまい、あきらめた私は、比呂と奈々美の顔を順番に見て口を開いた。

「悠には……逢えたよ」
「なんだ、よかったじゃん!」
「比呂、あんたちょっと黙って」

続けて――と奈々美に促され、言葉を慎重に選ぶ。

「逢えたんだけどね……すごく立派になってて……私とは世界が違うんだなって、そう思った」
「話はできたの?」
「うん、まあ……だけど悠はもう私のことなんて――」

そこまで言って、言葉に詰まる。
昼間のやり取りが鮮明に浮かんで、胸が苦しくなった。

――谷村さんでしたっけ。僕のこと、覚えてますか?

そんな質問が出来るくらい、彼にとって、この恋は過去になっていた。
いや、もしかしたら最初から、ちょっとした火遊びくらいにしか思っていなかったのかもしれない。

「……花?」

比呂が心配そうに私の顔を覗き込む。
ああ、だめだめ――、また心配をかけてしまう。

「あっと、ごめん……そうだなあ、体当たりは失敗したから、作戦の練り直し……かな」

明るく笑ってはみたけれど、酷く情けない笑顔だったと思う。
それでも奈々美は私の気持ちを汲んでくれたのだろう。

「分った……でも、きつくなったら、いつでも言うんだよ」

私の心を丸ごと包んでくれた。

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