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第1部 高校生偏

雪の日に ・3

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彼にとっては、なんてことない仕草だったのかもしれない。


でもっ、こんなのは反則だ!
イケメンの頭ポンポンなんて、心臓に悪すぎる。
ドラマや少女漫画の世界で堪能するくらいがちょうどいい。


「はっ、早く行こう!」


真っ赤になっているだろう顔を隠したくて、信号が青になると同時に早足で歩きだす。
後ろで「転ぶなよ」と、呆れ声が聞こえ、数秒後には追い付かれた。


並んで歩く彼は、わたしから顔を背け、まだ肩を揺らしている。
結局センターにつくまで、笑い続け。


でも――。


『温水設備故障のため、休館いたします』



正面玄関の張り紙を見て、ようやく真顔になった。


「マジか」
「みたいだ……ね」


悠の表情からみるみる生気が失われ、終いにはガックリと肩を落として項垂れてしまった。


「……大丈夫?」
「あー、うん」



よほど泳ぎたかったのだろう。
ちっとも大丈夫そうではない。


けど不思議だ。
そんなに泳ぐのが好きなら、どうしてクラブチームや、スクールに入らないのだろう。スポーツ推薦で入学するほどの実力者。それにお家も大金持ちなのに、どこにも所属しないなんて違和感がある。


「あのさ、悠」
「ん?」


彼があまり自分のことを語りたがらないのは分かっている。
でも聞かずにはいられなかった。


「もしかして……お家の方は、悠が泳ぐのを嫌がってたりする?」


その質問に、悠の表情が強張った。
黙り込んだ彼の動揺を、不自然に揺れる目が物語っている。


「あ……ごめん、余計なこと聞いちゃった?」


気まずい空気を変えようと、明る言った。
少しして返ってきたのは、質問への答えではなく、思ってもみない問いかけだった。


「俺も、花みたいに強くなれるかな」
「強い?……わたしが?」


俯いていた彼が顔を上げる。


「うん、最初はヘラヘラして能天気な女だなって、そう思ってたんだけどな」
「えっ……ヘラヘラって」
「入学式の日に遅刻してきたろ」
「やだ、覚えてたんだ」


確かに入学式に、大遅刻をした。
いや、正確に言うと式には出ていない。


ホームルームが始まってから教室に忍び込もうとして、あっさり見つかってしまった。


奈々美がメッセージでクラスと席順を教えてくれていたから、しれっと座ってればバレないと思ったんだけど……。


それを正直に口に出してしまい、入学早々大目玉をくらったのは、今となって良い思い出だ。


「忘れねえだろ、あんな強烈な登場シーン」
「ハハ、それもそうだね」


できれば、忘れて欲しいのですが。


「あのときお前、ひとことも言い訳しなかったよな」
「え、ああ……うん」


入学式の朝、わたしはおばあちゃんの顔が赤いことに気が付いた。


数日前から風邪気味だと言っていたから、きっとこじらせたのだろう。


そう思って無理矢理に熱を計ってもらうと、38度もあった。


それでもおばあちゃんは、平気だと言いはり、一緒に式に出ようとしてくれた。だから必死に説得した。見た目は若々しいけど、もう68歳なのだ。式なんかいいから、病院に行こうって。


押し問答の末、ようやく折れてくれたおばあちゃんを連れて病院に行って、それから学校に向かった――というのが事の顛末。


「どうして言わなかったんだ?」
「うーん、なんでって言われても、なんとなく……としか」


口ごもったわたしを、悠は差すような目でみつめる。


「本当に?」
「……え」


彼の視線に、ドキンと心臓が跳ね上がった。


「知られたくなかったんだろ、ご両親のこと」

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