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第1部 高校生偏
届かぬ思い・3
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めんどうくさい男だ。
思いながらも、見捨てることはできない。
「ほら、これあげるから立って。朝五時に起きて、手絞りで作ったんだから、美味しいよ」
スポーツドリンクを差し出す。
と――、その瞬間、ドリンクが消えた。
頭上から伸びてきた手に奪われたのだ。
(ん……?)
驚いて振りかえると、悠が立っていた。
苦虫を噛んだみたいな顔で。
「悠、どうしたの?」
問いかけに彼は、眉を寄せたまプイと顔を背ける。
なにか気に障るようなことをしてしまったのだろうか。
いや、気に障るもなにも、そもそもずっと無視されているわけだし。
悩み込むわたしを尻目に、悠は乱暴にボトルの蓋を開け、中身を一気に飲みほしてしまった。
「うまかった」
唖然とするわたしの手に、ボトルが戻される。
「え……あ、ありがとう」
思わず口をついた言葉に、少しだけ悠の表情が緩んだ。
「それって俺の台詞じゃね?」
「へへっ、へへへ……そうかな」
確かに感謝すべきは悠の方なのだろう。けれど、飲んで貰えるとは思っていなかった上に、美味しいと言われたのだ。こんなに嬉しいことはない。
このまま、一気に距離を縮めることが出来たら――と、次の言葉を探しているときだった。
「……神谷って、ツンデレだったんだ」
不意にギャラリーから、爆弾が投げられる。
威力は抜群だったようで、悠の顔が一瞬にして強張った。
それを見た部員たちは、口々に騒ぎ始める。
「おい、神谷が照れてるぞ」
「見ろよ、顔が赤くなっていく」
逃げ出そうとした悠の背後で、さらなる爆弾が投下される。
「花ちゃん、神谷っていつもこんな感じなの?」
わたしは大きく頷いた。
「うん、本当はすっごく優しいんだよ」
「へえ、意外」
「実はね、笑顔もクシャッーって、可愛いし」
「おい、なに言って――」
切れ長の目を大きく見開いた悠が割って入る。
もちろん、やめるつもりなどない。
部内で浮いている悠を、みんなに知ってもらうチャンスなのだから。
「わたしが泣いていたときにね、大丈夫だよって、ずっと頭を撫でてくれて」
「バカ、やめろ」
「それから、情熱的なキ――」
「花っ!!」
浮足立ったプールサイドに、悠の大声が響いた。
(え……今、花って……呼んでくれた?)
驚いたのはわたしだけではない。
どよめきが起こった。
興味津々の部員たちが、悠の肩に手を回して問い詰める。
「なんだ、やっぱ付きあってんじゃん」
「違っ――」
「クールなふりして、実は陰でデレてたんだ」
こうなってはもう、収集がつかない。
孤高の存在だった悠は、揉みくちゃにされ。
比呂も負けじとその輪に飛びついた。
「ふざけんな、よくも俺を噛ませ犬にしやがったな!」
「知るか、離せっ!」
「離すもんか、この変態キス野郎!」
遠くから顧問が「なんの騒ぎだ」と走って来たけど。
その日、水泳部の騒ぎが治まることはなかった。
思いながらも、見捨てることはできない。
「ほら、これあげるから立って。朝五時に起きて、手絞りで作ったんだから、美味しいよ」
スポーツドリンクを差し出す。
と――、その瞬間、ドリンクが消えた。
頭上から伸びてきた手に奪われたのだ。
(ん……?)
驚いて振りかえると、悠が立っていた。
苦虫を噛んだみたいな顔で。
「悠、どうしたの?」
問いかけに彼は、眉を寄せたまプイと顔を背ける。
なにか気に障るようなことをしてしまったのだろうか。
いや、気に障るもなにも、そもそもずっと無視されているわけだし。
悩み込むわたしを尻目に、悠は乱暴にボトルの蓋を開け、中身を一気に飲みほしてしまった。
「うまかった」
唖然とするわたしの手に、ボトルが戻される。
「え……あ、ありがとう」
思わず口をついた言葉に、少しだけ悠の表情が緩んだ。
「それって俺の台詞じゃね?」
「へへっ、へへへ……そうかな」
確かに感謝すべきは悠の方なのだろう。けれど、飲んで貰えるとは思っていなかった上に、美味しいと言われたのだ。こんなに嬉しいことはない。
このまま、一気に距離を縮めることが出来たら――と、次の言葉を探しているときだった。
「……神谷って、ツンデレだったんだ」
不意にギャラリーから、爆弾が投げられる。
威力は抜群だったようで、悠の顔が一瞬にして強張った。
それを見た部員たちは、口々に騒ぎ始める。
「おい、神谷が照れてるぞ」
「見ろよ、顔が赤くなっていく」
逃げ出そうとした悠の背後で、さらなる爆弾が投下される。
「花ちゃん、神谷っていつもこんな感じなの?」
わたしは大きく頷いた。
「うん、本当はすっごく優しいんだよ」
「へえ、意外」
「実はね、笑顔もクシャッーって、可愛いし」
「おい、なに言って――」
切れ長の目を大きく見開いた悠が割って入る。
もちろん、やめるつもりなどない。
部内で浮いている悠を、みんなに知ってもらうチャンスなのだから。
「わたしが泣いていたときにね、大丈夫だよって、ずっと頭を撫でてくれて」
「バカ、やめろ」
「それから、情熱的なキ――」
「花っ!!」
浮足立ったプールサイドに、悠の大声が響いた。
(え……今、花って……呼んでくれた?)
驚いたのはわたしだけではない。
どよめきが起こった。
興味津々の部員たちが、悠の肩に手を回して問い詰める。
「なんだ、やっぱ付きあってんじゃん」
「違っ――」
「クールなふりして、実は陰でデレてたんだ」
こうなってはもう、収集がつかない。
孤高の存在だった悠は、揉みくちゃにされ。
比呂も負けじとその輪に飛びついた。
「ふざけんな、よくも俺を噛ませ犬にしやがったな!」
「知るか、離せっ!」
「離すもんか、この変態キス野郎!」
遠くから顧問が「なんの騒ぎだ」と走って来たけど。
その日、水泳部の騒ぎが治まることはなかった。
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