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第1部 高校生偏

はじめてのキス・3

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た……助かった。
いや、助けて貰えた。
それも、あの神谷悠に。


いつの間にか夕日が落ち、静かな闇が広がり始めていた。
わたしの腕を掴んだまま、神谷くんがぽつりとつぶやく。


「泳げないくせに、なにやってんの」
「だって……神谷くんが教えてくれないから」


そう――実は、わたしが憧れていたのは、彼の泳ぎなのだ。


1ヶ月前、プールで泳ぐ神谷くんを見て、一瞬で心を奪われた。
水中の彼はこの世のなによりも自由で、世界中の娯楽を一纏めにしても敵わないくらい、楽しそうだった。


それはもう、カナヅチ女のわたしにとって、衝撃だった。


わたしにも泳ぎを教えて、神谷くんみたいに泳ぎたい――。


その気持ちをストレートにぶつけたけど、相手は〝気難しくて感じの悪い変人〟だ。


は? 無理――。


秒速で断られた。
でも、めげなかった。


ねえ神谷くん、息継ぎってどうやるの?――。

水中の神谷くんって、ほんと気持ちよさそう――。

お魚みたいな神谷くんが大好きだよ――。


どんなに無視されても、彼の泳ぎを見つめ続けた。
見ているだけで、心が軽くなるような気がした。
自分も彼のようになりたいと願って。


そうして思いは募り、休日の誰もいないプールに忍び込んでしまったのだ。


そんな憧れの彼が、わたしを助けてくれた。
こんなチャンス、もう二度とないかもしれない。


支えてくれていた手を、両手で握り返した。


「神谷くん、泳ぎ……教えて」
「は?」


予想外の言葉だったのだろう。
切れ長の目が、丸く見開かれる。


「お前、襲われそうになったんだぞ」
「うん、でも未遂だった」
「そういう問題じゃ――」
「神谷くんも今から泳ぐつもりだったんでしょう?」


競泳用パンツでこの場所にいるのが何よりの証拠だ。


それを指摘すると、彼はあきらめたように、ため息をついた。


「少し泳いだら帰れよ」
「ホント、嬉し……い……え、あれっ?」


突然、体がガクンと崩れた。
水中に投げ出される寸前に、彼の腕が支えてくれる。


「おい、谷村!?」
「あれ……おかしいな……」


それまでは気持ちが高ぶっていたのだろう。
安心と引き換えに、張り詰めていた糸がプチンと切れたみたい。


「とりあえず出よう、歩けるか?」


その問いに答える前に、体から全ての力が抜け落ちた。
彼はわたしを抱いたまま、プールサイドに向かって泳ぎ始める。


それは心地よい水のゆりかごみたいで、うっとりと目を閉じ。
途端に、色んな感情が溢れ出した。


押さえつけられ、体を触られた感触。
水中に沈められたときの恐怖。


「怖かった、苦しかった……キスもね、初めてだったの」


わたしは、泣いた。
大きな胸にしがみついて。


神谷くんは、わたしの髪を撫でてくれた。


どうしたんだろう。
いつもの、彼じゃないみたい。


「泣くなって……もう、大丈夫だから」


困ったようにわたしを見下ろす、神谷くん。
その瞳はまるで、夕焼け空を写し取ったみたいに優しかった。


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