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猫又修業・1

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 真っ白な……何もない世界。
 もう息苦しくもないし、体も痛くない。
 まるで羽が生えたように体が軽い。


「おい、虎徹」


 不意に名前を呼ばれて振り返ると、そこには巨大な猫がいた。
 真っ白の弛んだ体に大きくて丸い顔。目つきは柔らかいが、口を開けると歯がギザギザと尖っていて、尻尾が2本。ん? 二本?


「お前……まさか猫又か?」
「いかにも。猫又のミミタンじゃ」


 なんだ、こいつ。この顔でミミタン? フザケルナ。どう見ても、ブータンだろうが――って、そんなのはどうでもいい。偉そうに頷いたブー……いやミミタンに飛びかかった。


「おい、頼む! 俺、まだ一九年しか生きてねえけど、あと一年足りねえけど、なんとか猫又になれねえか」


 願いを聞き入れるまでテコでも離れねえつもりで、ミミタンにくらいついた。
 驚いた巨体が宙を駆け回る。けど、こちとら志乃との約束がかかってんだ。


「は、離さんか!」
「猫又にしてくれるまでは、離さない」
「分かった、分かったから!」
「本当か!?」


 ピョンと飛び降りた俺は、ピシリと猫背を伸ばして立ち上がった。


「猫又にしてくれるのか?」
「ううーーん」


 ミミタンが渋い顔をして俺を見る。


「なんだよ、分かったって言ったじゃねえか」


 再び両手を踏ん張って臨戦態勢に入る。


「待て、分かった! 分かったから……ただ……」
「ただ、なんだよ」
「猫又になったところで、妖怪としては機能せんぞ」
「と言うと?」


 ミミタンはひとつ咳ばらいをして、大きな口を開いた。


「猫又といえば、人を食らうの顎の力と闇を切り裂く爪を持ち、素早さは妖怪の中でもピカイチじゃ」


 口をカーッと開いたり爪で空を掻いたりと、大袈裟なアクションを繰り広げていたミミタン。
 しかし、急に体を小さく縮めて小首を傾げる。


「だが今のお前が猫又になったところで、尻尾が2本になって、歯がギザギザ。二本足で歩いて人間の言葉をしゃべる。その程度だぞ」


 な、意味がないだろう、と諭すような顔をした瞬間、俺の尻尾はブワリと太くなる。


「……なんだと」


 興奮が腹の底から沸き上がった俺は『ニヤッホォーイ!』と歓声を上げた。


「ど、どうしたんじゃ」
「おい、最高じゃないか! まさに俺が理想とする猫又像だ。今すぐやってくれ」
「……本気でそんな情けない妖怪になるというのか?」


 早くしろ、とせかす俺に、ミミタンは呆れたようにため息をついた。


「変なヤツを迎えに来てしまったもんだ。まあいい、ほれ、目を閉じろ」


 言われたとおりに目を閉じると、なんともいえない浮遊感に襲われて。続いて尻尾に激痛が走り……俺様としたことが情けない。絶叫して意識を失ってしまったのだった。




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