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あるカタストロフィ 〜マリウス〜

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「じゃあね、マリウス。」


暖かな光に包まれたリアはいつものように、また明日、とでも言うような軽さで笑って言った。そして光はスッと消え去り彼女はフラリと後ろに倒れる。

「リア!!!!!!!」

嘘だ、いやだ、なんでこんな事に。リアにとって殿下との婚約が不本意だったのは分かっていたがそれでも俺たち平民にはどうする事もできないし、それに陛下や王太子殿下も良い人達だったし殿下なら将来金に苦労する事はまずないからきっとそれなりに幸せに暮らせるだろうと、そう思って見守ってきたのに。殿下が幸せにしてくれるだろうと、信じていたのに。
 全力で治癒魔法をかけてもリアの体は冷たくなっていく一方で、治っている手ごたえもない。ふざけんなふざけんなふざけんな、リアは助かるし助けてみせる、死ぬだなんて認めねぇ、リアはあんなに努力して我慢して頑張ってきたのに、こんな終わり方なんて認めねぇ…!

 ───なんて、必死で治癒魔法を使ったものの。結局リアが目を覚ます事はなかった。リアの葬儀を終えると、俺はマスターから形見として犬のぬいぐるみをもらった。これはリアがまだ初等学校低学年の頃、建国祭で迷子になって泣いていたリアを宥めるために射的で当ててプレゼントしたものだった。まだ持っていたとは。俺はぬいぐるみに学生時代に模擬戦で優勝した時にもらったきりしまいこんでいた冠をぬいぐるみに被せた。…本当、今更すぎて馬鹿馬鹿しくて、我ながら笑えてくる。…あぁ、本当に、アホらしい。

「───なぁ、リア。」

リアがいなくなってから、どんなに仕事に打ち込んでも体力を使い果たすまで動き回っても夜は中々寝付けなかった。自室で1人酒を呷りながら、ぬいぐるみを前に独り言を零す。

「お前への気持ちは親愛だって、恋なんかじゃねぇって、ずっとそう自分に言い聞かせて今までお前を見守ってきた。…けど。」

本当は、そうじゃなかった。手のかかる妹なんかじゃなくて、異性として好意を抱いていた。…お前がいなくなってから気付くなんて…。

「…本当、馬鹿げてるよな。」

フ、と自嘲が漏れた。グラスをテーブルに置き、すぐそばの出窓の所に腰掛け夜空を見上げる。

「…何もしてやれなくて、ごめんな。」

陰謀に気付けなくてごめん。守ってやれなくてごめん。この気持ちにずっと目を逸らしてきてごめん。ただ見守るだけで、何もしてこなくてごめん。


『私の魔法はね、太陽よりも星からの力を借りてるんだよ。』
『へぇー。…あ、そうだ、リアちゃん知ってる?人は死んだら星になるって言い伝え。』
『ううん、それは初めて聞いた。』
『確かどこか別の国の言い伝えだったかな。…きっと、星の力を使うリアちゃんはいつかきれいな星になってみんなを見守ってるんだろうね。』
『ふふ、そうだね。心配でずっと見ちゃうかも。』


 ──いつだったか、リアやニゲルが星を見上げながらそんな話をしていたのをふと思い出した。死んだら星になる、か。確かにリアならあり得そうだ。けど、勝手に置いて行かれて見守られるくらいなら…。

「…他に何もいらねぇから、もっとお前と冒険がしたかった。」

冒険に目を輝かせるお前を見ていたかった。お前の笑顔を見ていたかった。ただ、それだけで良かったんだよ。

 ──なぁ、




「…リア。」



 弾かれるように目を覚ます。現在俺達はリアの提案で王都オルビスからかなり離れた場所にあるダンジョン、ソリトスに来ている。ここは安全地帯の中なので朝だろうが夜だろうが暗いままなのだが、隣で眠るアレクはまだ爆睡しているので起きるにはそれなりに早い時間だろう。時計を確認しようと横を向くと、ちょうど仕切りのカーテンからリアがそっと顔を覗かせた。

「…おはよう、マリウス。呼んだ?」

リアは小声でそう尋ねた。───さっきのはただの夢なんかではなく、間違いなくかつて体験した出来事だった。俺とリアは勇者パーティーに抜擢され、リアが殿下と婚約し、そして殺された。

──全部、思い出した。

「マリウス…、って、わ⁉︎」

俺は不思議そうにベッドから降りたリアをこちらに引き寄せて抱きしめた。寝起きのリアの体は温かい。──生きてる。
 今までの事を振り返ってみると、リアはきっとあの時の事を学院に入学する前から思い出していたのだろう。だから王立学院を避け、勇者パーティーの選考が始まるであろうこの時期に通信魔道具が使えないタイプのダンジョンであるソリトスに行こうと言い出し、中々帰りたがらないのだろう。

「…マリウス?」

リアは困惑したように俺を見上げた。…大丈夫、大丈夫だ。リアはちゃんと、生きてる。あれはただの悪い夢だ。

「…生きてて、良かった。」
「え?」

良い事でもあったの?とリアは首を傾げる。

「もう同じ事は繰り返させねぇ。お前は、お前にはあんな最後は似合わねえ。」
「…!まさか…。」
「なぁリア、頼むから…」

大層な神の加護なんかくれなくて良いし、どんなに手を伸ばしたって届かない場所から見守ってくれなくていい。お前が幸せなら俺の気持ちは報われなくても良い。お前が笑って元気に生きてるならなんだって良い。他に何もいらねぇよ。
…だから。

「…頼むから、俺を置いて1人で行くな。」
「…。」

リアは暫く俺を見つめると、俺の背に手を回してうん、と頷いた。

「…うん。しないよ。」


 どうやら俺達はそのまま二度寝をしたようで、目覚ましに起こされると俺の真横にはリアの姿があった。布団の上で眠るリアは寒かったのかいつの間にか布団を取られていた。
 気を取り直して俺達は今日もダンジョンを攻略していく。俺ももうすぐ5年だ。俺やリアが“前”の時に勇者パーティーに加わらないかと打診が来たのが新学期に入る直前頃で、その前に一度マスターの方に話が持ちかけられていたから、恐らく今王宮では俺達と暫く連絡がつかないと知り慌てている事だろう。それに前も今も最近魔物が急に増えて凶暴になって来たと噂になっていて、リアもマスターに

「もし私達がいない間に勇者パーティーに加わるよう打診が来ても絶っっっ対勝手に了承しないでよね。私のパーティーはノウムアルゴーだけだから!マリウスもアレクもヘレナも渡さないから!!」

と何度も言っていたしマスターも人生に関わる重要な決定を本人のいないところで勝手に決めてしまうような人でもないので恐らく大丈夫だろう。貴族達が強行しようとしてもルキウス兄がいるからなんとかなるはずだ。…あぁ、確かにこれは暫く帰りたくねぇな。

 出来るだけ隠し部屋を探したり同じ階層を探索して魔物を倒して経験値を稼いだりしながらダラダラと進んで行き、新学期が始まる前日になってやっと俺達は最下層にやって来た。ダンジョンボスのいる部屋の扉をリアが開く。

「ギイィァァァァァアア!!!」

ソリトスのダンジョンボス、マルディシオンの咆哮が耳を劈く。マルディシオンは確かこいつの攻撃を食らうと呪い状態になるんだったよな…。

「攻撃に気をつけろ、呪われるぞ。」
「マジか。」
「因みに呪われるとどうなるの?」
「少しずつ体が怠くなって、放置しすぎると死ぬ。」
「気をつけまーす!!」

ヘレナはそう言いながらアレクと共に先制攻撃を仕掛けた。反撃を躱してリアが魔法を叩き込み、俺は念のため全員に呪い耐性が上がる魔法をかけておく。

「ホーリーレイ」
煉獄インフェルノ!」
「ギャアァァァァアア!!!」

マルディシオンの弱点は火なのでアレクの魔法がよく効いている。マルディシオンはアレクに狙いを定めた。

「させねぇよ。アイスウォール」

アイスウォールを少し応用させてマルディシオンの口を凍らせた。これで口からの攻撃は一瞬でも止められる。

「ナイス、マリウス!」
「みんな、頭上注意!」

ヘレナはマルディシオンの足めがけて魔力弾を投げた。すかさずリアが足元に無数の風の刃をお見舞いし、俺も雷撃で一瞬麻痺させる。

「アレク!」
「っしゃあ!これで終わりだ!!」

高く飛んだアレクは炎を纏わせた剣でマルディシオンの首を落とした。綺麗な断面だ。

「やったぁ!!ソリトス攻略!!!」
「あぁ、終わったな。」
「今回はアレクと相性が良かったね!」
「だな、まぁ何はともあれやったな!」

俺達は半月に渡るダンジョン攻略が完了した事を喜ぶ。

「よし、じゃあ素材回収して帰るかー。」
「もう明日から新学期だもんね。」
「早いねえ。」

そんな話をしながら素材を回収し、ダンジョンを後にした。出口から出ると久々に見る空はオレンジ色に染まっていた。

「もう夕方か。」
「どうする?ギルドまでテレポートする?」
「かなり距離あるからな…。」
「俺とエミリアの魔力両方使ってなんとかギリギリってとこだろうな。」
「じゃあ今日は妖精の森までテレポートしてそこで休もう。で、明日の朝起きたら学院まで直接テレポートしよう。」

リアの提案に俺達は頷いた。妖精の森は安全だし、ここと学院の中間くらいの地点だからちょうど良いだろう。

 そして翌日、登校した俺達はギルドのメンバーに見つかるなりもみくちゃにされ、新学期初日から騒がしい1日となるのだった。
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