僕と松姫ちゃんの妖怪日記

智春

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瞳の記憶

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8月6日明け方


ヒキガエル姿のあんご爺ちゃんを肩に乗せた猩々を真ん中に、みんなで手を繋ぎ円陣を組んだ。そして僕だけ右手を離して、あんご爺ちゃんの背に触れた状態になっている。

「大希、まだか?早うせい」

「うん」

ギリギリ起きている松姫ちゃんも祖父ちゃんと祖母ちゃんの間に収まって、天狗はお気に入りの父さんと僕を堂々と握れてニヤニヤしてる。
僕の手を、嬉しそうに親指の腹で撫でていてキモいけど、無言で俯いてる猩々のために今は我慢。

一同をぐるっと見渡して、ぶよっと柔らく湿ったあんご爺ちゃんの背中をポンと叩いた。

「爺ちゃん、準備できたよ」

「ならば、皆の者、目を閉じよ」

一同が目を閉じたと察した爺ちゃんはブルルンっと身震いした。

続けて、ぐぶうっと喉を膨らませ、ぶぅっと息を吐いた。それを何度か繰り返すうち、僕たちの立っている地面が大きくグラッと揺れたみたいな感覚がした。

「おぉ?なんだ、こりゃ」

まだ足の怪我が完治していない祖父ちゃんは、ちょっとよろめいた。

まだ揺れるかも?っと、衝撃に備えて足を踏ん張ろうとした瞬間、パッと瞼の裏に映像が見えた。
とてもクリアで、臨場感のあるビジョンだ。正面の風景は祖父ちゃん家の玄関内だけど、今とどこか違う。屋内を見ているこの視線も僕よりだいぶ高い。

「・・・これ、猩々の視界?」

そうだ、きっとこれは猩々の見ていた風景なんだ。彼の視線のアングル。それを全員で追体験しているんだ。

瞼の裏の猩々目線は玄関を上がり、閉められた客間の襖の前までやってきた。そこで、ふと何かが聞こえた。

「大希の泣き声・・・?」

天狗を挟んで並んでいる父さんが呟いた。

僕の声?

父さんの言葉に僕の当時を知る人たちから同意するリアクションが息遣いで伝わってきた。
なんかちょっと恥ずかしい。けど、気づかないふりして耳を澄ました。

ぎゃんぎゃんと火が付いたみたいに泣き騒ぐ赤ちゃんの声に紛れて、時折、甲高い男の子の声も聞こえてきた。

「これは雅志の声だな」

祖父ちゃんがそう言って「そうですね」と祖母ちゃんが答える。

「俺、覚えてねぇぞ?」

大天狗に妖怪を見るスキルと一緒に当時の記憶も封じられている叔父さんは、納得いかなそうな言い方をした。

猩々の手が襖を開けると、客間に敷かれた子供用布団の上に座り込み、泣き止まない乳児を抱いて半泣きになっている男の子がいた。
和室に入ってきた山の妖怪を見上げた彼は、救いの主が現れたみたいに強ばった表情が緩んだ。

猩々は、静かに彼らの側に座った。

まだ子供の叔父さんは、子守を頼まれたけど初めてでどうしたらいいか分からないと泣き出した。さらに赤ちゃんが起きてからずっと泣き続けている言うと、自分まで声を上げて泣き出した。

「まさし、なかないで」

頭を撫でる彼を見上げ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった子供の叔父さんは、赤ちゃんを落とさないようにゆっくり猩々の方へ差し出した。

「どうしたらいいの?助けて、猩々・・・」
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