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英子と甘柿
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7月23日昼間
柿の大樹の根元に、艶やかな和服美人が待っていた。
「もう体調は回復したの?秋香さん」
「はい」
鈴の音のような声で答えた彼女の笑顔は、夏の日差しに負けないくらい輝いている。理由は分かってるよ。
「権現様からうかがいました。大希様、この家の跡取りになられるのでございますね」
色っぽい流し目に、つい頷きそうになるところをグッと堪えて首を振った。
「勘違いだよ。祖父ちゃんが勝手に言ってるだけで、僕はそんな気さらさらないって・・・」
そこまで言って、ハッと気づいた。跡取り候補、もう一人いるじゃん!
「後を継ぐなら叔父さんがいるじゃん。祖父ちゃんの息子だし、血筋的にも体格的にも合格じゃない?」
なんで忘れてたんだろ。バッチリの人選じゃないか!けれど秋香さんは、とても気まずそうな顔で「雅志様は・・・」と返した。
「あの方は、目が塞がっておりますので・・・」
「あ!」
肝心なとこ忘れてた。叔父さんって、秋香さん以外の神様や物の怪を感知できない残念な体質だったっけ。それじゃ、みんなと付き合っていくことができないか。
「もし父さんがこの家を継いでいたら、僕もこんふうに悩まなかったんだろうね」
ため息をつく僕に、秋香さんは躊躇いながらこう言った。
「久志様は、この里がお嫌いなのでございます。二度と戻りたくないと思われるほどの傷を、深くお心に負ったのでございますから」
「父さんが?なんで?もしかして、僕が赤ちゃんの時に巻き込まれた騒動ってやつに関係してるの?」
「それは・・・」
袖で口元を隠した彼女は、言葉を選んでいるようにゆっくり答えた。
「件の騒動について私の口からは詳しく申せませんが、おそらく英子様のことも里を捨てた一因でございましょう」
「母さん?」
「はい。この里をたいそう好いてくれた奥様が亡くなられたことで、この地から離れたくなったのやもしれません。嫌でも在りし日の奥様を思い出しますし・・・」
僕を生んだ後、体調を崩して病床についき、そのまま亡くなった母さん。体力的に出産に耐えられないと言われても、父さんの子供を、この家の跡取りを産もうと命を賭けた強い女。
自分と家のせいで最愛の妻を死なせたと悔やむ父さんが、実家を拒みたくなる気持ちも分からなくはない。
「英子様は柿がお好きな方で、今際のきわに、柿が召し上がりたいとご所望されたのでございますよ」
「母さんが柿を?」
「今頃の時期でございましたが、私が青い実で甘柿を実らせ、最期の願いを敵えて差し上げたのでございます」
母さんは臨終間際、秋香さんの柿を口にして息を引き取ったそうだ。父さんは母さんの話をしたがらないから、初めて聞く話だった。
「母さんがお世話になったみたいで、ありがとうございます。僕ら親子にとって、秋香さんは恩人だったんだね」
「いいえ、私など・・・あ!頭を上げてくださいませ。命を救ってくださった昭夫様のご家族のために、微力ながらお役に立てたこと、私の方こそ光栄でございます」
「じゃ、お互い恩人同士だね」
お互い顔を見合わせて笑った。
ここでは人も妖怪も神様も、みんな助け合って生きているんだね。あったかい絆が、目に見えなくても結ばれていて羨ましいな。
その絆は、他所者の僕にも繋がっているのかな ・・・
「大希様は、いずれこの家を出て行ってしまうのでございますね」
「うん」
「では、昭夫様の代でこの家も途絶えてしまうということでございますか・・・残念ですが、それが運命なら受け入れねばなりません」
誰も継ぐ人がいなければ家は廃れる。当たり前のことだけど、今までは他人事だと思って考えもしなかった。どこかの田舎の誰かの家の話だって。
誰もいなくなったら、この人たちはどうなるんだろう。
「大希くん、権現様が大変なことに!」
「大変ってなにしたの?」
話に割って入った天狗に言われて納屋の方をふり返ると、化け狸たちにもみくちゃにされてモコモコの茶色い団子になっている清蟹くんの手足が見えた。
「清蟹くん、神様の威厳ゼロだから完全に舐められてるね。ウケる」
この家のことは、一度、真剣に考えなきゃいけないもかもしれない。僕のためにも、みんなのためにも。
天狗に腕を引っ張られ、狸団子の中から清蟹くんを救出に向かう前に、気丈に微笑む秋香さんに手を振った。
柿の大樹の根元に、艶やかな和服美人が待っていた。
「もう体調は回復したの?秋香さん」
「はい」
鈴の音のような声で答えた彼女の笑顔は、夏の日差しに負けないくらい輝いている。理由は分かってるよ。
「権現様からうかがいました。大希様、この家の跡取りになられるのでございますね」
色っぽい流し目に、つい頷きそうになるところをグッと堪えて首を振った。
「勘違いだよ。祖父ちゃんが勝手に言ってるだけで、僕はそんな気さらさらないって・・・」
そこまで言って、ハッと気づいた。跡取り候補、もう一人いるじゃん!
「後を継ぐなら叔父さんがいるじゃん。祖父ちゃんの息子だし、血筋的にも体格的にも合格じゃない?」
なんで忘れてたんだろ。バッチリの人選じゃないか!けれど秋香さんは、とても気まずそうな顔で「雅志様は・・・」と返した。
「あの方は、目が塞がっておりますので・・・」
「あ!」
肝心なとこ忘れてた。叔父さんって、秋香さん以外の神様や物の怪を感知できない残念な体質だったっけ。それじゃ、みんなと付き合っていくことができないか。
「もし父さんがこの家を継いでいたら、僕もこんふうに悩まなかったんだろうね」
ため息をつく僕に、秋香さんは躊躇いながらこう言った。
「久志様は、この里がお嫌いなのでございます。二度と戻りたくないと思われるほどの傷を、深くお心に負ったのでございますから」
「父さんが?なんで?もしかして、僕が赤ちゃんの時に巻き込まれた騒動ってやつに関係してるの?」
「それは・・・」
袖で口元を隠した彼女は、言葉を選んでいるようにゆっくり答えた。
「件の騒動について私の口からは詳しく申せませんが、おそらく英子様のことも里を捨てた一因でございましょう」
「母さん?」
「はい。この里をたいそう好いてくれた奥様が亡くなられたことで、この地から離れたくなったのやもしれません。嫌でも在りし日の奥様を思い出しますし・・・」
僕を生んだ後、体調を崩して病床についき、そのまま亡くなった母さん。体力的に出産に耐えられないと言われても、父さんの子供を、この家の跡取りを産もうと命を賭けた強い女。
自分と家のせいで最愛の妻を死なせたと悔やむ父さんが、実家を拒みたくなる気持ちも分からなくはない。
「英子様は柿がお好きな方で、今際のきわに、柿が召し上がりたいとご所望されたのでございますよ」
「母さんが柿を?」
「今頃の時期でございましたが、私が青い実で甘柿を実らせ、最期の願いを敵えて差し上げたのでございます」
母さんは臨終間際、秋香さんの柿を口にして息を引き取ったそうだ。父さんは母さんの話をしたがらないから、初めて聞く話だった。
「母さんがお世話になったみたいで、ありがとうございます。僕ら親子にとって、秋香さんは恩人だったんだね」
「いいえ、私など・・・あ!頭を上げてくださいませ。命を救ってくださった昭夫様のご家族のために、微力ながらお役に立てたこと、私の方こそ光栄でございます」
「じゃ、お互い恩人同士だね」
お互い顔を見合わせて笑った。
ここでは人も妖怪も神様も、みんな助け合って生きているんだね。あったかい絆が、目に見えなくても結ばれていて羨ましいな。
その絆は、他所者の僕にも繋がっているのかな ・・・
「大希様は、いずれこの家を出て行ってしまうのでございますね」
「うん」
「では、昭夫様の代でこの家も途絶えてしまうということでございますか・・・残念ですが、それが運命なら受け入れねばなりません」
誰も継ぐ人がいなければ家は廃れる。当たり前のことだけど、今までは他人事だと思って考えもしなかった。どこかの田舎の誰かの家の話だって。
誰もいなくなったら、この人たちはどうなるんだろう。
「大希くん、権現様が大変なことに!」
「大変ってなにしたの?」
話に割って入った天狗に言われて納屋の方をふり返ると、化け狸たちにもみくちゃにされてモコモコの茶色い団子になっている清蟹くんの手足が見えた。
「清蟹くん、神様の威厳ゼロだから完全に舐められてるね。ウケる」
この家のことは、一度、真剣に考えなきゃいけないもかもしれない。僕のためにも、みんなのためにも。
天狗に腕を引っ張られ、狸団子の中から清蟹くんを救出に向かう前に、気丈に微笑む秋香さんに手を振った。
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