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勝手に決めないで!
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7月22日午後
「大希くんがこの家を継ぐのですよ、土地神様!喜ばしいことです」
「めでたいでござる!祝宴を一席もうけとうござるな」
「良きかな、良きかな。グワッグワッグワッ」
裏庭に置かれた木桶の辺りで、にぎやかな声が上がった。あんご爺ちゃんに行水させながら、清蟹くんと天狗が好き勝手なことを言って盛り上がっている。
「ちょっと!本人の意思は無視なの?もう!」
きゃっきゃっと楽しそうな笑い声に背を向けて、ふて顔で井戸の上のお猪口にお神酒を注いだ。
早朝、祖父ちゃんが「跡取り」なんて言うから、清蟹くんが本気にしてしまった。しかも、朝ご飯を食べに山から下りてきた天狗にまで話しちゃったから収集つかなくなっていた。
いくら否定しても、みんな全然聞いてくれない。
「そりゃ、現在無職だし、就活もしてないから、一時的になら祖父ちゃんの手伝いをしろって言われたら断りづらいけどさ・・・」
跡取りとかいうなら話は別だ。コンビニも歩いて行ける距離にない田舎に一生住むなんて考えられないよ。
一升瓶を持ったまま立ちつくす僕に、井戸の中から低い声が呼びかけてきた。
「・・・大希、そこにいるか?」
「わ!蟒蛇?珍しいね、話しかけてくるなんて」
引きこもりの上に人見知りの大蛇・蟒蛇と話したのは一度だけだ。それも気さくな会話ってわけじゃなくて、クレームだったんだっけ。
その彼が自分からコミュニケーション取ってくるなんて超レアだ。
「大希、土地神様たちの話されていることは真実か?お前が、跡を継ぐというのは偽りなきことか?」
心地良い低音の声は、僕を気遣うように静かに訊いてきた。
「ううん。祖父ちゃんが勝手に言ってるだけだよ。僕はそんな気さらさらないし」
「・・・そうか」
「何?やっぱり蟒蛇も、僕がずっとこの家に住めばいいって思ってるの?」
「いや、私は大希の意思を尊重したいと思っている。お前は自身はどうしたいのか、その真意を知りたい」
「どうって決まってるじゃん。祖父ちゃん退院したら自分の家に帰るよ。それ以外の予定はないね」
僕の答えに「そうか」と言った蟒蛇は、寂しそうにぽつりと漏らした。
「それほどまでに、この里が嫌いか・・・」
「え?」
「私たちは皆、この里や山々や谷川を慈しみ大事に守ってきた。しかし、大希はそれほどまでに嫌っているのだな。悲しいことだが、仕方あるまい」
蟒蛇はそのまま井戸の奥へ潜ったのか、ふっと気配が消えてしまった。
「やめてよ。悲しいとかさ。そんなふうに言われると、嫌な気分になるじゃん」
僕が出会った神様や妖怪たちは、みんなこの田舎が大好きなのは分かる。祖父ちゃんや父さんたちが育った集落が愛されていて嬉しい。
けど、都会育ちの僕には今までの生活習慣を捨てて、不便でしかない土地に移り住むまでの情熱はない・・・
「どうせ、来月中には帰るんだし、みんなには言いたいように言わせておけばいいか」
そう言いながらも、ちくんと胸が痛んだ。
本当に帰らなきゃ行けないのかな?帰っても何ない都会へ。誰も待っているわけでもない場所へ、本心から帰りたいと思っているのかな、僕は・・・
ゲリラ豪雨みたい突然やって来て引っかき回して去って行った祖父ちゃんが残した波紋が、いつまでも心をゆらゆら乱していた。
「大希くんがこの家を継ぐのですよ、土地神様!喜ばしいことです」
「めでたいでござる!祝宴を一席もうけとうござるな」
「良きかな、良きかな。グワッグワッグワッ」
裏庭に置かれた木桶の辺りで、にぎやかな声が上がった。あんご爺ちゃんに行水させながら、清蟹くんと天狗が好き勝手なことを言って盛り上がっている。
「ちょっと!本人の意思は無視なの?もう!」
きゃっきゃっと楽しそうな笑い声に背を向けて、ふて顔で井戸の上のお猪口にお神酒を注いだ。
早朝、祖父ちゃんが「跡取り」なんて言うから、清蟹くんが本気にしてしまった。しかも、朝ご飯を食べに山から下りてきた天狗にまで話しちゃったから収集つかなくなっていた。
いくら否定しても、みんな全然聞いてくれない。
「そりゃ、現在無職だし、就活もしてないから、一時的になら祖父ちゃんの手伝いをしろって言われたら断りづらいけどさ・・・」
跡取りとかいうなら話は別だ。コンビニも歩いて行ける距離にない田舎に一生住むなんて考えられないよ。
一升瓶を持ったまま立ちつくす僕に、井戸の中から低い声が呼びかけてきた。
「・・・大希、そこにいるか?」
「わ!蟒蛇?珍しいね、話しかけてくるなんて」
引きこもりの上に人見知りの大蛇・蟒蛇と話したのは一度だけだ。それも気さくな会話ってわけじゃなくて、クレームだったんだっけ。
その彼が自分からコミュニケーション取ってくるなんて超レアだ。
「大希、土地神様たちの話されていることは真実か?お前が、跡を継ぐというのは偽りなきことか?」
心地良い低音の声は、僕を気遣うように静かに訊いてきた。
「ううん。祖父ちゃんが勝手に言ってるだけだよ。僕はそんな気さらさらないし」
「・・・そうか」
「何?やっぱり蟒蛇も、僕がずっとこの家に住めばいいって思ってるの?」
「いや、私は大希の意思を尊重したいと思っている。お前は自身はどうしたいのか、その真意を知りたい」
「どうって決まってるじゃん。祖父ちゃん退院したら自分の家に帰るよ。それ以外の予定はないね」
僕の答えに「そうか」と言った蟒蛇は、寂しそうにぽつりと漏らした。
「それほどまでに、この里が嫌いか・・・」
「え?」
「私たちは皆、この里や山々や谷川を慈しみ大事に守ってきた。しかし、大希はそれほどまでに嫌っているのだな。悲しいことだが、仕方あるまい」
蟒蛇はそのまま井戸の奥へ潜ったのか、ふっと気配が消えてしまった。
「やめてよ。悲しいとかさ。そんなふうに言われると、嫌な気分になるじゃん」
僕が出会った神様や妖怪たちは、みんなこの田舎が大好きなのは分かる。祖父ちゃんや父さんたちが育った集落が愛されていて嬉しい。
けど、都会育ちの僕には今までの生活習慣を捨てて、不便でしかない土地に移り住むまでの情熱はない・・・
「どうせ、来月中には帰るんだし、みんなには言いたいように言わせておけばいいか」
そう言いながらも、ちくんと胸が痛んだ。
本当に帰らなきゃ行けないのかな?帰っても何ない都会へ。誰も待っているわけでもない場所へ、本心から帰りたいと思っているのかな、僕は・・・
ゲリラ豪雨みたい突然やって来て引っかき回して去って行った祖父ちゃんが残した波紋が、いつまでも心をゆらゆら乱していた。
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