僕と松姫ちゃんの妖怪日記

智春

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黒いの霰

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7月21日夕暮れ間近


「あぁ、危なっかしくてたまりません。意地を張らずに、私に抱っこさせてください」

「絶対イヤ!」

僕の腰に腕を回している天狗は、「左側に木の根がある」とか、「木の枝が低く伸びている」ってうるさい。
ペナルティー明けの反動で、僕への過保護が悪化してる。頭を冷やしてもらおうと遠ざけたのは逆効果だったみたい。

「昨日はコケたけど、気をつけてれば大丈夫だってば」

「いけません。大事な大希くんにこれ以上ケガさせたら、久ちゃんに顔向けできません」

「父さんなら鈍くさい奴って笑うだけだよ」

どう言っても、ガッチリした腕を離す気はないらしい。仕方ない、目的地までもう少しだし、抵抗は諦めよう。

僕たちは、昨日仕掛けたカブトムシ捕獲のトラップを回収に来ていた。
先導する清蟹くんは、僕を気遣ってちょいちょいふり返っている。昨日、一瞬とはいえ僕を見失ったことが気にかかるのかもしれない。きっと今日は大丈夫だよ、重いモノが絡みついてるから。

「ここですか」

立派な幹が乱立する椚の森を見上げた天狗は、「罠はどれですか?」と訊いてきた。

「捕獲の仕掛けは、この辺りの椚の木にいっぱい吊して・・・」

ない!
一個もない!

「あれ?ここだよね?清蟹くん」

「さ、左様にござる!間違いなくこの辺りの木々へ・・・あ!!」

何かに気づいた清蟹くんは、椚の木の根元に走った。

「だ、大希殿!これは」

そこには、中身の空っぽになったトラップの残骸が積み上げられていた。

「どういうこと?なんでこんなことに・・・」

谷川沿いのこの辺りには、集落の人でも足を向けないから穴場だと清蟹くんは言っていた。なら、何がこんなことをしたのだろう。

「どうしよう。これじゃカブトムシ一匹も捕まえられないじゃん」

「まずいでござる。松姫の機嫌を損ねてしまいますな」

青い顔色でお互いを見合わせた僕と清蟹くんに、天狗はさらっとこう言った。

「お任せください、大希くん。今宵、私が山で探してきますよ。明日には堂々たる角ぶりのカブトムシを献上しましょう」

「ダメだよ、明日じゃ間に合わないんだよ。今夜までに捕まえて帰らないと、松姫ちゃんに手討ちにするって言われてるの!」

「手討ち!?」

それは大事だと天狗は慌てたけど、何をしても間に合うとは思えない。だって、もう日が落ち始めてるし。
そもそも天狗がベタベタして作業邪魔しなきゃ、もっと早い時間に回収に来られたし、対策も立てられたのに。

仕方ない。清蟹くんには悪いけど、おとなしくお仕置きを受けることにするか・・・
覚悟を決めて帰路につこうとした、その時だ。

ポトッ

足下に何か落ちた。
シューズの先に転がっているソレは、黒光りする体をひっくり返してもぞもぞと動いている。

「カブトだ!」

落ちてきた?上から?

高い梢を見上げた。天辺にわずかに覗く夕空に何か黒いモノが跳ねたように見えた。

次の瞬間、あられにように大量に降ってきた。

ボトボトボトッ

「うわぁ!!」

「だ、大希殿!」

「私の下に隠れてください!大希くん!」

わずかな間に、椚の森の地面にはおびただしい数のカブトムシが蠢いていた。松姫ちゃんに手討ちにされずに済むけど、この光景ってちょっと・・・

「大量のカブトムシって、違う虫みたいでキモいね」
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