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椚の森で、
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7月20日昼過ぎ
鬱蒼とした谷川沿いの森は、昼間でも薄暗かった。
椚が多く生えるポイントへの案内役を買ってくれた清蟹くんは、山の地形に悪戦苦闘する僕を気遣いながら先導している。
「大希殿、足の具合はいかがでござるか?」
「だ、大丈夫。た、たぶん」
息を切らせてなんとか返事した。
蕩々と流れる谷川の水は岩に当たった飛沫で虹をつくっている。こんな状況じゃなきゃ、清々しくて心洗われる風景なんだと感動できるんだけどな。
僕たちは、松姫ちゃんの命令でカブトムシを捕まえるトラップを仕掛けるために山中を行軍していた。背負ったリュックには、焼酎と砂糖に漬けて発酵させたバナナの餌と、ケージ代わりのペットボトルが入っている。
これを椚に吊し、明日の朝回収に来ることになっている。
「もうすぐでござるよ」
「う、うん」
木の根が蛇みたいにうねって伸びている地面を踏みしめて、水干姿の男の子の背中を負った。
昨日は子供に頃にできなかった夏休み的なイベントが体験できるって喜んだけど、体力が落ちていることを考慮してなかった。自分がオッサンに近づいているって、完全に忘れてたよ。
野ネズミのような身のこなしでだいぶ先を歩いていた清蟹くんがピタッと立ち止まった。
「大希殿!ここでござる。もう一踏ん張りでござるよ」
「はぁ、や、やっとゴールか・・・」
清蟹くんが小さな背中に括っていた風呂敷を解いて、トラップの材料を地面に並べて準備しているのが見えた。
もうすぐ休める。
そう思った瞬間、木の根に足を取られた。
「う、わぁ!」
しまった!
油断して、とんでもない場所でバランスを崩しちゃった。谷川まで数メートル落差がある。そこを転落したら無事では済みそうにない。
清蟹くんは気づいていない。いや、気づいていたとしても間に合わない。
ヤバい!落ちる・・・
「誰か、助けて!」
・・・ドスッ!
「!?」
全身が大きな何かにぶつかった。と、同時に目に前が真っ暗になった。
「な、何?何なのこれ!?」
落下している感覚はない。柔らかな毛皮に巻かれたみたいな触覚があるけど、大人を包み込むような動物って何がある?ふわっと生温かい獣臭さも漂う。
まさか、熊とか?
でも、これって・・・
「き、清蟹くん!」
むちゃくちゃに暴れながら、ありったけの声を張り上げて、清蟹くんを呼んだ。
「大希殿!どこでござるか!?大希殿?」
「こ、ここだよ!」
清蟹くんの声が近づいて来る。助けに走ってきてるのだろう。彼の気配を察知したのか、僕の全身を巻いている毛皮がふわっと緩んだ。
「大希殿!どこへ行っていたでござるか?一瞬、姿が見えなくなっていたでござるよ」
「え!ずっとここにいたよ?木の根っこにコケて谷川に落ちそうになったけど、清蟹くんの後ろにちゃんといたよ」
「左様か?声がすれども姿が見えぬので、谷に落ちたかと思い肝を冷やしたでござるよ」
僕の姿が消えてた?目を塞がれる直前まで、僕からは清蟹くんが見えていたのに。
とにかく、谷川へ落下することはなかったようだ。アレが何だったのか分からないけど、助かった。
「日が落ちる前に罠を仕掛けてしまうでござる。明るいうちに戻らねば、夕暮れの森は危のうござるので」
「そうなの?」
「この辺りは昔から、神隠しに遭うと言われておる故、用心するにこしたことはないでござる」
神隠し?それって、何?
後で検索してみよう、なんて考えながら、清蟹くんと分担して椚の木々にトラップを吊して回った。
鬱蒼とした谷川沿いの森は、昼間でも薄暗かった。
椚が多く生えるポイントへの案内役を買ってくれた清蟹くんは、山の地形に悪戦苦闘する僕を気遣いながら先導している。
「大希殿、足の具合はいかがでござるか?」
「だ、大丈夫。た、たぶん」
息を切らせてなんとか返事した。
蕩々と流れる谷川の水は岩に当たった飛沫で虹をつくっている。こんな状況じゃなきゃ、清々しくて心洗われる風景なんだと感動できるんだけどな。
僕たちは、松姫ちゃんの命令でカブトムシを捕まえるトラップを仕掛けるために山中を行軍していた。背負ったリュックには、焼酎と砂糖に漬けて発酵させたバナナの餌と、ケージ代わりのペットボトルが入っている。
これを椚に吊し、明日の朝回収に来ることになっている。
「もうすぐでござるよ」
「う、うん」
木の根が蛇みたいにうねって伸びている地面を踏みしめて、水干姿の男の子の背中を負った。
昨日は子供に頃にできなかった夏休み的なイベントが体験できるって喜んだけど、体力が落ちていることを考慮してなかった。自分がオッサンに近づいているって、完全に忘れてたよ。
野ネズミのような身のこなしでだいぶ先を歩いていた清蟹くんがピタッと立ち止まった。
「大希殿!ここでござる。もう一踏ん張りでござるよ」
「はぁ、や、やっとゴールか・・・」
清蟹くんが小さな背中に括っていた風呂敷を解いて、トラップの材料を地面に並べて準備しているのが見えた。
もうすぐ休める。
そう思った瞬間、木の根に足を取られた。
「う、わぁ!」
しまった!
油断して、とんでもない場所でバランスを崩しちゃった。谷川まで数メートル落差がある。そこを転落したら無事では済みそうにない。
清蟹くんは気づいていない。いや、気づいていたとしても間に合わない。
ヤバい!落ちる・・・
「誰か、助けて!」
・・・ドスッ!
「!?」
全身が大きな何かにぶつかった。と、同時に目に前が真っ暗になった。
「な、何?何なのこれ!?」
落下している感覚はない。柔らかな毛皮に巻かれたみたいな触覚があるけど、大人を包み込むような動物って何がある?ふわっと生温かい獣臭さも漂う。
まさか、熊とか?
でも、これって・・・
「き、清蟹くん!」
むちゃくちゃに暴れながら、ありったけの声を張り上げて、清蟹くんを呼んだ。
「大希殿!どこでござるか!?大希殿?」
「こ、ここだよ!」
清蟹くんの声が近づいて来る。助けに走ってきてるのだろう。彼の気配を察知したのか、僕の全身を巻いている毛皮がふわっと緩んだ。
「大希殿!どこへ行っていたでござるか?一瞬、姿が見えなくなっていたでござるよ」
「え!ずっとここにいたよ?木の根っこにコケて谷川に落ちそうになったけど、清蟹くんの後ろにちゃんといたよ」
「左様か?声がすれども姿が見えぬので、谷に落ちたかと思い肝を冷やしたでござるよ」
僕の姿が消えてた?目を塞がれる直前まで、僕からは清蟹くんが見えていたのに。
とにかく、谷川へ落下することはなかったようだ。アレが何だったのか分からないけど、助かった。
「日が落ちる前に罠を仕掛けてしまうでござる。明るいうちに戻らねば、夕暮れの森は危のうござるので」
「そうなの?」
「この辺りは昔から、神隠しに遭うと言われておる故、用心するにこしたことはないでござる」
神隠し?それって、何?
後で検索してみよう、なんて考えながら、清蟹くんと分担して椚の木々にトラップを吊して回った。
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