僕と松姫ちゃんの妖怪日記

智春

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カブトムシが欲しい

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7月19日夜


「カブトムシを捕まえに行きたい」

「はい?」

定位置の三枚重ねのザブトンの上から、姫様は家来に突飛な使命を申しつけた。

「立派な角を持つ大きな雄が良い」

そう言いながら両腕を思いっきり広げて、巨大な角を表現している。
そんな常識外れにデカいカブトムシ、いたら危険すぎて山歩けないよ。そのサイズ、絶対肉食じゃない?

「ほら、行くぞ。早う、支度せい!」

「ちょっと待ってよ。どうしたの?なんで突然カブトムシ欲しくなったの?」

顔を紅潮させて興奮している松姫ちゃんは、夕方起きてきた時にテレビで観た、ローカルニュースの内容を話し出した。

「虫同士で力強く相撲をしておったのじゃ!こう、相手を下から突き上げて、ポンと投げて土俵から放り投げてな。妾もそれがしたくてたまらぬ」

「カブト相撲がしたいってこと?」

「そうじゃ」

小さな拳を握りしめ、僕の膝に座っている清蟹くんに「清も相撲好きじゃろう?」と仲間に取り込もうとしている。

「大希殿、我も相撲しとうござる!お供つかまつる!」

「え!マジで今から探しに行くの?夜だよ?明日ホームセンターで買えばいいじゃん」

「何を戯けたことを申すか!」

僕の言葉に松姫ちゃんの顔色が変わった。

「養殖の温室育ちの虫では話にならん!荒野で逞しく、己の力だけで生き抜いた虫でなければ、良き力士になれぬのじゃ!」

「荒野って・・・」

「今宵見つけられねば、手討ちにしてくれようぞ!」

手打ちって、何なの?お仕置きのこと?

座布団から飛び降りて僕の背中をドスドス蹴りつける松姫ちゃんは、なにがなんでもカブト相撲をしたいようだ。欲求が果たされるまで、諦める気配はないっぽい。

「我が案内いたそう。谷川沿いに良きクヌギの木が繁っている森がある故」

嘘でしょ?この状況で、清蟹くんまで遣る気になちゃったの?いやだな、真っ暗な夜の山の中を歩き回るなんて。

「そ、そうだ。闇雲に捜索したって強いカブトムシを上手く見つけられないかもよ?ちゃんと下準備してからにしてみない?」

馬鹿にしたように目を細めて僕を見る松姫ちゃんは、フンと鼻で笑った。

「臆したか。夜の山が怖いのであろう?」

「違います!効率よく行動したいだけです。昔の合戦だって、事前に情報集めて戦略を練るでしょ?」

確か、カブトムシを捕まえるトラップを仕掛けて早朝確認に行く方法があった気がする。そうすれば、夜の山に僕の悲鳴が響くことは避けられる。

「なるほど、戦にたとえるとは賢いな。見直したぞ、大希」

「それで、どういう手法で捕らえるでござるか?参謀殿」

「清蟹くんが教えてくれたポイントに明日の昼間に罠を仕掛けて、一晩経ってから捕まえに行くんだよ」

「相分かった!」

僕たちはさっそく、ノートパソコンでカブトムシの捕まえ方を検索して、ペットボトルを使ってトラップの仕掛けを作り始めた。
バナナで餌を作るって、初めて知ったよ。

こんなこと、子供の頃にもやったことない。

カブトムシやクワガタは飼ったことあるけど、みんな買ってきたものだけで自分で捕まえたことは一度もなかった。兄弟もいないし、父さんはこういうことを面倒くさいってやりたがらなかったから、スゴく新鮮で面白い。

もう大人だけど、夏休みがもう一回やってきたみたいで、ちょっとわくわくした。
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