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ご飯が炊けるまで
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7月12日昼
「ごめんなさい。まだご飯炊けなくて」
「ふふっ良いですよ。いくらでも待ちましょう」
浅黒いの肌のイケメンに微笑まれ、そっちの気はないはずなのにドキッとしてしまった。
キレイな人って、男女問わず人をたらし込むスキルが標準装備されているのかもしれないね。
ニコニコお行儀良く座って僕を見つめている細マッチョ系イケメンは、この辺りの山に棲む天狗だそうだ。先代・大天狗の末の息子で、今は兄たちと山を守っているのだと言う。
なぜ天狗がご飯が炊けるのを待っているかというと、例の作業欄にあった「おにぎり」の件が関わってる。実は毎朝作るおにぎりは、彼のために用意していたものだそうだ。
「私の友人である稲荷から昭夫夫妻が不在だということは知っていましたが、留守番が大希くんだとは思いませんでした」
「残り物なんか食べさせちゃってごめんね。次回から炊きたてのご飯を用意するから・・・」
「いえいえ、親父さんのご飯は冷めても美味しいですから、お構いなく」
「そうなの?」
「親父さんのご飯がいただけるなら、残った物でも十分ですよ。キミの手間でなければね」
「じゃぁ、それでいいなら、そういうことで」
この天狗は物腰が柔らかく品が良い。体はデカいし、翼が窮屈そうだけど。
数十分前、この台所に乱気流を起こした犯人はこの天狗だった。自分のご飯を横取りした叔父さんを懲らしめたのだそうだ。
最初は叔父さんに口頭で注意していたみたいだけど、ポンコツ妖怪センサーの持ち主の筋肉バカはガン無視。その態度にキレた天狗が腕力(?)でねじ伏せたのだそうだ。
優しそうな顔だけど、実は短気なのかな。吹っ飛ばされた叔父さんは、まだ白目をむいて床に伸びている。
「あれが雅志だって気づきませんでしたよ。あの子があんなに体格良くなっているとは思わないし、私を認識できないので、てっきり他所から来た不審者かと」
「あはは。確かに不審者っぽいよね。盗み食いしてたら」
炊飯器のタイマーを確認しつつ談笑していると、「懐かしいです」と天狗は言った。
「キミは笑うと本当に久ちゃんに似ています。彼の若い頃を思い出しますよ」
「仲良かったの?」
「はい。子供の頃からずっと一緒にいました。大人になってからは、キミの母親となる英子ちゃんともね」
「母さんも?」
「はい」
嬉しそうに頷く天狗。思いがけず母さんを知っている人に会えて、僕の心は震えた。
母さんは、僕が物心つく前に病死している。それよりも前にこの家を出たと聞いていたので、彼女を覚えていてくれたことが嬉しかった。
「英子ちゃんのことはよく覚えていていますよ。他所の土地の娘だけど、私のことを怖れることなく対等に接してくれて・・・」
「へぇ。僕には母さんがどんな人かって思い出がないから、教えてくれると嬉しいな」
「そうですか。私もキミがこの姿を怖がるかと心配でしたが、迎え入れてもらえて安心しました」
天狗は大きな手で、僕の両腕をぎゅっと握って微笑んだ。
「久ちゃんとの約束もあって、キミの前に現れることを躊躇っていたのですが、これからは堂々とご飯をいただきに来てもいいですか?できれば一緒に食事も・・・」
「うん。遠慮なくどうぞ」
彼の笑顔に応え、僕も快く引き受けた。でも、ちょっと腕を掴む力が強くない?それに長くない?
「あぁ、キミは本当に久ちゃんに良く似ていますね。こんなに華奢で、愛らしいです」
「あ、ありがとう・・・って、え?あの、もう手を離して・・・」
「キミは独身ですか?好きな子いますか?」
「え?は?」
「大好きな久ちゃんは英子ちゃんに取られましたけど、こうして大希くんに出会えたのだから許します」
「??」
何言ってるの、この天狗は?
筋肉質な両手でがっちりホールドされて身動きとれない僕の背中で、炊飯器は炊きあがりのメロディーを奏でた。
「ごめんなさい。まだご飯炊けなくて」
「ふふっ良いですよ。いくらでも待ちましょう」
浅黒いの肌のイケメンに微笑まれ、そっちの気はないはずなのにドキッとしてしまった。
キレイな人って、男女問わず人をたらし込むスキルが標準装備されているのかもしれないね。
ニコニコお行儀良く座って僕を見つめている細マッチョ系イケメンは、この辺りの山に棲む天狗だそうだ。先代・大天狗の末の息子で、今は兄たちと山を守っているのだと言う。
なぜ天狗がご飯が炊けるのを待っているかというと、例の作業欄にあった「おにぎり」の件が関わってる。実は毎朝作るおにぎりは、彼のために用意していたものだそうだ。
「私の友人である稲荷から昭夫夫妻が不在だということは知っていましたが、留守番が大希くんだとは思いませんでした」
「残り物なんか食べさせちゃってごめんね。次回から炊きたてのご飯を用意するから・・・」
「いえいえ、親父さんのご飯は冷めても美味しいですから、お構いなく」
「そうなの?」
「親父さんのご飯がいただけるなら、残った物でも十分ですよ。キミの手間でなければね」
「じゃぁ、それでいいなら、そういうことで」
この天狗は物腰が柔らかく品が良い。体はデカいし、翼が窮屈そうだけど。
数十分前、この台所に乱気流を起こした犯人はこの天狗だった。自分のご飯を横取りした叔父さんを懲らしめたのだそうだ。
最初は叔父さんに口頭で注意していたみたいだけど、ポンコツ妖怪センサーの持ち主の筋肉バカはガン無視。その態度にキレた天狗が腕力(?)でねじ伏せたのだそうだ。
優しそうな顔だけど、実は短気なのかな。吹っ飛ばされた叔父さんは、まだ白目をむいて床に伸びている。
「あれが雅志だって気づきませんでしたよ。あの子があんなに体格良くなっているとは思わないし、私を認識できないので、てっきり他所から来た不審者かと」
「あはは。確かに不審者っぽいよね。盗み食いしてたら」
炊飯器のタイマーを確認しつつ談笑していると、「懐かしいです」と天狗は言った。
「キミは笑うと本当に久ちゃんに似ています。彼の若い頃を思い出しますよ」
「仲良かったの?」
「はい。子供の頃からずっと一緒にいました。大人になってからは、キミの母親となる英子ちゃんともね」
「母さんも?」
「はい」
嬉しそうに頷く天狗。思いがけず母さんを知っている人に会えて、僕の心は震えた。
母さんは、僕が物心つく前に病死している。それよりも前にこの家を出たと聞いていたので、彼女を覚えていてくれたことが嬉しかった。
「英子ちゃんのことはよく覚えていていますよ。他所の土地の娘だけど、私のことを怖れることなく対等に接してくれて・・・」
「へぇ。僕には母さんがどんな人かって思い出がないから、教えてくれると嬉しいな」
「そうですか。私もキミがこの姿を怖がるかと心配でしたが、迎え入れてもらえて安心しました」
天狗は大きな手で、僕の両腕をぎゅっと握って微笑んだ。
「久ちゃんとの約束もあって、キミの前に現れることを躊躇っていたのですが、これからは堂々とご飯をいただきに来てもいいですか?できれば一緒に食事も・・・」
「うん。遠慮なくどうぞ」
彼の笑顔に応え、僕も快く引き受けた。でも、ちょっと腕を掴む力が強くない?それに長くない?
「あぁ、キミは本当に久ちゃんに良く似ていますね。こんなに華奢で、愛らしいです」
「あ、ありがとう・・・って、え?あの、もう手を離して・・・」
「キミは独身ですか?好きな子いますか?」
「え?は?」
「大好きな久ちゃんは英子ちゃんに取られましたけど、こうして大希くんに出会えたのだから許します」
「??」
何言ってるの、この天狗は?
筋肉質な両手でがっちりホールドされて身動きとれない僕の背中で、炊飯器は炊きあがりのメロディーを奏でた。
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