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相撲の勝負
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7月4日夜
「大希、相撲の稽古をつけておるか?」
お気に入りの時代劇『銭形平次』の真似をして5円玉投げをしていた松姫ちゃんが、何の前触れもなく訊いてきた。
「文月に入ったし、そろそろ奴がやって来る頃じゃ。昭夫から何も聞いておらぬのか?」
「何それ、知らないんだけど」
相撲の稽古って何?そんなこと全然聞いてないいよ・・・と思った瞬間、何かが繋がった。
「あ!もしかして・・・」
僕は台所の冷蔵庫に貼ってある、この家での作業一覧を確認した。ズラッと並んだ指令の中に、思い当たる単語があった。
・・・四股を踏む、鉄砲で鍛える。
「これって、相撲のことだったんだ」
意味が分からなくて初日からずっと放置していた作業が、本気で取り組まなきゃいけないことだったみたい。冗談であってほしかったな。
「ほら!久志からの言伝にも書いてあるではないか。今宵からでも遅うない。妾が胸を貸してやってもよいぞ。さぁ、支度せい!」
「いや、遠慮しておきます」
松姫ちゃんはやる気満々だけど、そんな小さな体と組み合っても稽古にはならないよ。あぁ、もう!着物まくり上げてるし。
「ねぇ、松姫ちゃん。なんで相撲の稽古しなきゃいけないのか教えてくれない?」
着崩れた着物の裾を直してやった僕に「因縁じゃ」と一言呟き、険しい表情になった。
「あれは数十年前、まだ久志も生まれる前の頃に、一匹の蟹がやって来たのじゃ」
「カニ?」
「蟹じゃ」
「チョキチョキってハサミがある、生き物の蟹?」
「当り前じゃ!他に何がおるのじゃ」
口を挟まず黙って聞くように言ってから、お姫様は話を続けた。
「その蟹は、そこな川の淵の祠に祀られておる蟹権現の化身じゃそうで、何か食わせてくれるよう言いおった」
その蟹は、村を救った英雄だそうだ。
毎年、集落の家々を回って捧げられた供物を祠へ運ぶんだって。
でも、その年は不作の年で、さらに猿の激しい襲撃に遭って、わずかに実った農作物までかっさらわれてめちゃくちゃ機嫌の悪かった祖父ちゃんは、蟹を追い返したんだって。
猿の被害は分かるけど、蟹の化身が家に来たって言った?突っ込みたいけど、とりあえず我慢。
「貢物をもらえなかった蟹は、昭夫の態度に腹を立て、子々孫々まで祟ると言うたのじゃ。だが昭夫も負けてはおらぬ。神様の化身なら、自分を倒してみろと返したのじゃ。負けたら祟るなと。そして相撲の一番勝負をすると決まったのじゃ」
「は?」
何それ。祖父ちゃん、強気すぎ。一族の命運を勝手に賭けないでよ。
「さすが得意なもので勝負を挑んだだけあり、昭夫の圧勝じゃった。悔しがった蟹は、供物のことも忘れ、年に一度、昭夫に挑戦しに通うようになったのじゃ。今年も勝負の日は近いぞ」
「ちょっと待ってよ。じゃ、負けたら僕ら一族は末代まで蟹に祟られるってこと?」
「案ずるな。勝てば良いのじゃ」
「無理だよ。僕、スポーツの経験ないし、そんなプレッシャーが尋常じゃないギャンブル勝てる気がしないよ」
嫌がる僕に松姫ちゃんは「誰ぞ、代わりがおるか?戦わずして降伏し祟られるか?」と迫った。
相撲は女人禁制、祖父ちゃんは入院中、父さんはヘルニア持ちで戦力外・・・
「分かった。僕がなんとかするよ」
半ばやけくそで承諾すると、松姫ちゃんは飛び上がって喜んだ。時代劇の次に好きな物は相撲なんだそうだ。
そんなこんなで、僕は近日中に蟹と相撲を取ることになったんだ。
どうしよう、ムキムキの蟹だったら・・・
「大希、相撲の稽古をつけておるか?」
お気に入りの時代劇『銭形平次』の真似をして5円玉投げをしていた松姫ちゃんが、何の前触れもなく訊いてきた。
「文月に入ったし、そろそろ奴がやって来る頃じゃ。昭夫から何も聞いておらぬのか?」
「何それ、知らないんだけど」
相撲の稽古って何?そんなこと全然聞いてないいよ・・・と思った瞬間、何かが繋がった。
「あ!もしかして・・・」
僕は台所の冷蔵庫に貼ってある、この家での作業一覧を確認した。ズラッと並んだ指令の中に、思い当たる単語があった。
・・・四股を踏む、鉄砲で鍛える。
「これって、相撲のことだったんだ」
意味が分からなくて初日からずっと放置していた作業が、本気で取り組まなきゃいけないことだったみたい。冗談であってほしかったな。
「ほら!久志からの言伝にも書いてあるではないか。今宵からでも遅うない。妾が胸を貸してやってもよいぞ。さぁ、支度せい!」
「いや、遠慮しておきます」
松姫ちゃんはやる気満々だけど、そんな小さな体と組み合っても稽古にはならないよ。あぁ、もう!着物まくり上げてるし。
「ねぇ、松姫ちゃん。なんで相撲の稽古しなきゃいけないのか教えてくれない?」
着崩れた着物の裾を直してやった僕に「因縁じゃ」と一言呟き、険しい表情になった。
「あれは数十年前、まだ久志も生まれる前の頃に、一匹の蟹がやって来たのじゃ」
「カニ?」
「蟹じゃ」
「チョキチョキってハサミがある、生き物の蟹?」
「当り前じゃ!他に何がおるのじゃ」
口を挟まず黙って聞くように言ってから、お姫様は話を続けた。
「その蟹は、そこな川の淵の祠に祀られておる蟹権現の化身じゃそうで、何か食わせてくれるよう言いおった」
その蟹は、村を救った英雄だそうだ。
毎年、集落の家々を回って捧げられた供物を祠へ運ぶんだって。
でも、その年は不作の年で、さらに猿の激しい襲撃に遭って、わずかに実った農作物までかっさらわれてめちゃくちゃ機嫌の悪かった祖父ちゃんは、蟹を追い返したんだって。
猿の被害は分かるけど、蟹の化身が家に来たって言った?突っ込みたいけど、とりあえず我慢。
「貢物をもらえなかった蟹は、昭夫の態度に腹を立て、子々孫々まで祟ると言うたのじゃ。だが昭夫も負けてはおらぬ。神様の化身なら、自分を倒してみろと返したのじゃ。負けたら祟るなと。そして相撲の一番勝負をすると決まったのじゃ」
「は?」
何それ。祖父ちゃん、強気すぎ。一族の命運を勝手に賭けないでよ。
「さすが得意なもので勝負を挑んだだけあり、昭夫の圧勝じゃった。悔しがった蟹は、供物のことも忘れ、年に一度、昭夫に挑戦しに通うようになったのじゃ。今年も勝負の日は近いぞ」
「ちょっと待ってよ。じゃ、負けたら僕ら一族は末代まで蟹に祟られるってこと?」
「案ずるな。勝てば良いのじゃ」
「無理だよ。僕、スポーツの経験ないし、そんなプレッシャーが尋常じゃないギャンブル勝てる気がしないよ」
嫌がる僕に松姫ちゃんは「誰ぞ、代わりがおるか?戦わずして降伏し祟られるか?」と迫った。
相撲は女人禁制、祖父ちゃんは入院中、父さんはヘルニア持ちで戦力外・・・
「分かった。僕がなんとかするよ」
半ばやけくそで承諾すると、松姫ちゃんは飛び上がって喜んだ。時代劇の次に好きな物は相撲なんだそうだ。
そんなこんなで、僕は近日中に蟹と相撲を取ることになったんだ。
どうしよう、ムキムキの蟹だったら・・・
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