僕と松姫ちゃんの妖怪日記

智春

文字の大きさ
上 下
3 / 66

家来になりました

しおりを挟む
7月2日深夜


夜中に奥の間で、ノートパソコンで動画を観ながら膝の上に幼女を抱いている。

なぜこんな状況になったかというと、今、僕の身分はこの幼女の家来なのだからだそうだよ。日本人形から動ける人の姿に変化へんげしたこの子は、いつもこうやって過ごすことが習慣らしい。

「やはり『大岡越前』の裁きは胸がすくな!天晴あっぱれじゃ!」

昔放送されていた時代劇の動画を観ている幼女は、拍手をしてきゃっきゃと喜んでいる。ご機嫌で何よりです。

僕の主人ということになった彼女は日本人形の松姫ちゃん。曾祖母ひいばあちゃんの形見で、長い年月をかけて付喪神というモノになったらしいけど、詳しいことは現在の所有者の祖母ちゃんにも分からないんだって。

毎晩カリカリと納戸を内側から引っかくモノが野生動物ではなく日本人形だって判明したのが昨晩、松姫ちゃんの存在を父さんから知らされたのが早朝、彼女の世話・・・っていうか取り扱いを祖母ちゃんに電話で教えてもらったのが昼間。
正直、まだ全然馴染めてないんだよ。

今日の夕方、日が落ちて暗くなり始めた頃、仏間に立てかけてあった松姫ちゃんはとことこ歩いてきて、「昭夫と文代はどこじゃ?」と不安そうに訊いてきた。
あ、昭夫は祖父ちゃん、文代は祖母ちゃんの名前ね。

祖父ちゃんが宿敵の猿たちを追っかけて土手を滑り落ちて大怪我して入院したこと、それに付き添うために祖母ちゃんが病院から近い父さんの家にしばらく同居することになったから留守にすることを伝えると、ビックリするくらい目を見開いて絶句した後、しょんぼりしてしまったんだ。

昨日は事情が分からず暴れていたけど、懐いた人たちがいないって分かって急に怖くなった?人見知り発動?
ヤバい、小さい子の慰めかたって分かんない。
僕がおろおろしていると、俯いて足袋をもじもじさせていた松姫ちゃんは、小さな声でポツリと言った。

「お主が、わらわと遊んでくれるのか?」

そして、つやつやの前髪の下から切れ長の黒目でじっと見上げてきた。
反則だよ、そういうの。なんだよ、可愛いじゃん。守ってあげたくなっちゃうじゃん?

「うん、いいよ。祖父ちゃんと祖母ちゃんが帰ってくるまで、僕が面倒みてあげるから安心して」

即答したよ。
この時、もうちょっと言葉を選べばよかったって、今、ものスゴく後悔してる。

「祖父ちゃん?祖母ちゃん?」

今にも泣きだしそうだった松姫ちゃんの表情がサッと変わった。

「お主、昭夫と文代の孫か。おぉ、よく見れば、目元が息子の久志によく似ておる」

さっきと目つきが違う。彼女と向かい合って座っていた僕の膝に乗ってきて、ドンとふんぞり返った。そしてこう言い放ったんだ。

「家来の孫は家来じゃ!今宵から、昭夫たちが戻るまでの間、妾のために身を粉にして尽くすがよい。はっはっは!」

「え?今なんて?」

家来って言った?何それ。勝手にそんな設定にされても困るんだけど!

その後、髪をかされたり、散歩のお供をしたり、こき使われている。三十路手前の男が日本人形を遊んでるようにしか見えないよね。こんな姿、誰にも見られたくないよ。

「大希、動画とやらの画面が動かなくなっておるぞ!はよう、次の物語を投影させよ」

「はいはい、姫様の仰せのままに」

次の動画を再生させた。これでまた4、50分は静かにしてくれるかな。
足のしびれに耐えながら、僕は小さな主人の後ろ姿に気づかれないように、そっとため息をついた。

祖父ちゃんと祖母ちゃんが日本人形の家来だったっていう設定が、今日一番の衝撃だったな。
あ、僕も家来になったんだっけ・・・


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冷たい舌

菱沼あゆ
キャラ文芸
 青龍神社の娘、透子は、生まれ落ちたその瞬間から、『龍神の巫女』と定められた娘。  だが、龍神など信じない母、潤子の陰謀で見合いをする羽目になる。  潤子が、働きもせず、愛車のランボルギーニ カウンタックを乗り回す娘に不安を覚えていたからだ。  その見合いを、透子の幼なじみの龍造寺の双子、和尚と忠尚が妨害しようとするが。  透子には見合いよりも気にかかっていることがあった。  それは、何処までも自分を追いかけてくる、あの紅い月――。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

処理中です...