上 下
36 / 55
5.だれしも過去を抱えている

5-8

しおりを挟む
 おじいちゃんに二階の部屋を使いなさいと言われて、私とお母さんはおばあちゃんの仏壇が置いてある和室へと足を踏み入れた。
 ……何故か、直哉も。

(なんで、直哉もついてきてるの?)
 仏壇で手を合わせるお母さんの後ろでこっそりと直哉に聞くと、八の字眉になって明らかに困っていた。
(俺だって知らないよ。藤一郎さんについていて欲しいって言われたんだ)

 おじいちゃんが?
 不思議に思っていると、階段をのぼる足音がして、トレーに麦茶を乗せたおじいちゃんが部屋に入ってきた。
 三人分の麦茶をテーブルに静かに置いて、お母さんと向き合う形になった。

「千代子さん。あなたも思うところは色々あるだろう。だけどね、夕映はもう小さな子供じゃない。ここにバイトに来るようになって、夕映と頻繁に顔を合わせるようになったから、わたしも少しは夕映のことも見てきたつもりだ。夕映だってちゃんと自分の思いがあって選択した道を歩いているんだ。どうか聞いてやって欲しい」
 そう、お母さんに向かっておじいちゃんが頭を下げた。

「おじいちゃん……」
「それに、千代子さんだって頭ごなしに反対しているわけじゃないだろう? ちゃんと理由を夕映に話してごらんなさい」

「お義父さん……」
 おじいちゃんの言葉に、お母さんは戸惑ったような表情をしながらも、おじいちゃんに深く頭を下げた。
「色々と、ありがとうございます」
 毎日一緒にいるはずなのに、お母さんの顔をここしばらくちゃんと見ていなかった気がする。
 なんだか、疲れた顔してる? 表情に覇気がなくて、こんなに背中が丸かったっけ?

「あと、直哉君」
「っはい」
 急に声をかけられて、直哉の声が少し上擦った。
「本当はわたしがついていられるといいんだけど、まだ営業中でね。だから申し訳ないけど、君がついていてくれるかな」
「いや、家族の大事な話に俺なんか……」
 直哉の言い分はもっともだ。親子の話し合いに同席するなんて、居心地悪いに決まってる。
 おじいちゃんはそんな直哉に優しく笑った。

「でもねぇ、この二人。似た者同士で、すぐぶつかるんだよ。あんまり白熱し過ぎるようだったら、遠慮なく止めてやってくれないか」
 冗談交じりだと思うけど、おじいちゃんが笑いながらそう言った。
 でもそれでおじいちゃんに迷惑かけてきた私としては、絶対ないと言い切れないのが、なんとも言えないところ。

「あなた、直哉君だったのね」
 お母さんが驚いた顔をして直哉を見つめていた。
 そうか、お母さんは高校生になった直哉に会ったことがなかったのか。

「あらあら~。小学生の頃はあんなに小さかったのに、随分大きくなったのね。それに……そう。あなたも杜野高校の生徒だったの」
 多分、お母さんの記憶では小学生の頃で止まっているんだ。
 私たちはお互いの家を行き来することはなかったけど、お母さんはミニバスの保護者として大会に同行したりとかしてたから、直哉のことは知ってるもんね。

「はい……お互い知らなかったですが、高校で偶然再会しました」
 偶然、ね。実際のところは直哉が私の後をつけてきたのが正解なんだけど。
「そう、不思議な縁ね。今、ここに来ていたということは、今でも夕映と仲良くしてくれているのね」
 仲良く……仲良く、なのかな。
 小学生の頃とは何かが違う。あの頃みたいに無邪気に一緒にいる関係じゃない。だけど、確かに直哉だからこそ話せたことはある。かつての戦友、みたいなものなのかな。過去をさらけ出したあの日、あれは直哉にしか話せなかったと思う。

「仲良いかはわからないけど、直哉は私の理解者、だよ」
 お母さんにはわかってもらえなかったことを、直哉はわかってくれた。
 私のその言葉に、お母さんはハッとした表情を見せて、少しうつむいた。

「そう。それなら、お義父さんもああ言ってるし、直哉君にもいてもらいましょう。私も第三者がいる方が落ち着いて話せるかもしれないわ」
「……わかり、ました。でしたら、ここにいさせていただきますね」
 お母さんにまで言われてしまえば、直哉ももう心を決めたんだろう。
 私たちより少し離れて、部屋の隅の方で正座した。

「ありがとう、直哉君。じゃあ、夕映。千代子さん。今度はお互いの話にちゃんと耳を傾けながら、話し合うんだよ」
 諭すように私たちの顔を見て、おじいちゃんは静かに部屋を出ていった。
 冷房の音だけが響く静かすぎる部屋で、覚悟を決めるために足の上でグッと力を入れた手を見つめていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

善意一〇〇%の金髪ギャル~彼女を交通事故から救ったら感謝とか同情とか罪悪感を抱えられ俺にかまってくるようになりました~

みずがめ
青春
高校入学前、俺は車に撥ねられそうになっている女性を助けた。そこまではよかったけど、代わりに俺が交通事故に遭ってしまい入院するはめになった。 入学式当日。未だに入院中の俺は高校生活のスタートダッシュに失敗したと落ち込む。 そこへ現れたのは縁もゆかりもないと思っていた金髪ギャルであった。しかし彼女こそ俺が事故から助けた少女だったのだ。 「助けてくれた、お礼……したいし」 苦手な金髪ギャルだろうが、恥じらう乙女の前に健全な男子が逆らえるわけがなかった。 こうして始まった俺と金髪ギャルの関係は、なんやかんやあって(本編にて)ハッピーエンドへと向かっていくのであった。 表紙絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストです。

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

亡き少女のためのベルガマスク

二階堂シア
青春
春若 杏梨(はるわか あんり)は聖ヴェリーヌ高等学校音楽科ピアノ専攻の1年生。 彼女はある日を境に、人前でピアノが弾けなくなってしまった。 風紀の厳しい高校で、髪を金色に染めて校則を破る杏梨は、クラスでも浮いている存在だ。 何度注意しても全く聞き入れる様子のない杏梨に業を煮やした教師は、彼女に『一ヶ月礼拝堂で祈りを捧げる』よう反省を促す。 仕方なく訪れた礼拝堂の告解室には、謎の男がいて……? 互いに顔は見ずに会話を交わすだけの、一ヶ月限定の不思議な関係が始まる。 これは、彼女の『再生』と彼の『贖罪』の物語。

彼女に思いを伝えるまで

猫茶漬け
青春
主人公の登藤 清(とうどう きよし)が阿部 直人(あべ なおと)に振り回されながら、一目惚れした山城 清美(やましろ きよみ)に告白するまでの高校青春恋愛ストーリー 人物紹介 イラスト/三つ木雛 様 内容更新 2024.11.14

不撓導舟の独善

縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。 現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。 その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。 放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。 学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。 『なろう』にも掲載。

処理中です...