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4.前を向くのは簡単じゃない
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「へぇ。柚子ソーダにクリームも合うな」
「ソーダに合わないクリームなんてあるかなぁ? 大抵美味しいよね」
実は『カスミ』でもメニューとして表記はされていないけど、お願いすればドリンクにプラス五十円でクリームをつけられる。ソーダ以外でも可能で、夏になると常連さんはよく頼んでいる。普段ガムシロップを使わない人でも、フロートは美味しいっていう人、結構いるんだ。
カウンター席に並んで腰かけた私たち以外誰もいない店内で、ジャズピアノの音が静かに流れている。
直哉は特に話をせず、音楽に耳を傾けながら柚子ソーダを味わっている。
また、待ちの姿勢だ。
こうして話す状況にもっていくくせに、絶対に自分から聞いてこない。
聞くつもりでいるくせに、ずるいよ。
でも、前に公園で話した時よりは自分の中でハードルが下がっていた。
多分もう、情けないところを見せた後だからだろうな。
それでも話しはじめるには少し勇気がいる。
小さく深呼吸を繰り返して、直哉の方に椅子を向けた。
「気づいたかもしれないけど。昨日、コンビニで会った子がね。千歌なの」
「……藤咲、だったな」
「うん」
学校名と同じ、藤色を取り入れている制服。可愛くて憧れだった。
「千歌とはね、部活辞めてからほとんど顔合わせなかったから、お互いどこの高校に行ったかは知らなかったの。って言っても、きっと千歌は藤咲行くと思っていたんだけどね」
推薦だったのか、自力で合格したのかはわからないけど。それでも千歌は藤咲に行くだろうなとは思っていた。そこに驚きはない。
「千歌が藤咲に行ったことを悔しいとは思わない。でも、直哉に話したくなかったのと同じ。千歌と顔合わせられないの。『一緒に藤咲行こうね』なんて言っておいて、自分が敵わないからって逃げたんだもん」
直哉にこうして話していることで、ますます自分が情けなくなる。
スッパリ諦めたなら、千歌の顔見たって『久しぶり』って笑顔で言えればいいのに。
カウンターの椅子に座っているのさえ疲れちゃったから、思い切ってテーブル席のソファーへと寝転がる。
年季は入っているけれど、この沈み込む感じが今の私にちょうどいい。
「そんな豪快に倒れこんだらソファが壊れるんじゃないか?」
「大丈夫だよ。古いものって結構丈夫じゃない」
仰向けになれば、天井で回るファンが目に入る。
ゆっくり、ゆっくり、クルクル、クルクル。
「なんで、割り切れないのかな」
窓のレースカーテンは、おじいちゃんが上に行く前に閉めていったから、陽の光はそれほど眩しくない。
だけど目を開けてはいられなかった。
「なんで私、千歌に『藤咲合格おめでとう』って、言えないんだろう」
今更、あの過酷な環境に自分が身を置けるとは思っていないのに。
どこかで羨ましいと思ってしまっているのかな。
自分の気持ちがわからない。なんでこんなにぐちゃぐちゃしているんだろう。
整理がつかないまま、目の奥がツンとするのを誤魔化すように、外の光が眩しいせいだと言わんばかりに両腕で顔を覆った。
でもそんなの直哉にはお見通しだったんだろう。
少ししたら、顔にふんわりとタオルが掛けられた。
見えなくても気配でわかる。向かいの席に座った直哉が、もう残り少ない柚子ジュースの最後の一口を飲み干した音がした。
「ソーダに合わないクリームなんてあるかなぁ? 大抵美味しいよね」
実は『カスミ』でもメニューとして表記はされていないけど、お願いすればドリンクにプラス五十円でクリームをつけられる。ソーダ以外でも可能で、夏になると常連さんはよく頼んでいる。普段ガムシロップを使わない人でも、フロートは美味しいっていう人、結構いるんだ。
カウンター席に並んで腰かけた私たち以外誰もいない店内で、ジャズピアノの音が静かに流れている。
直哉は特に話をせず、音楽に耳を傾けながら柚子ソーダを味わっている。
また、待ちの姿勢だ。
こうして話す状況にもっていくくせに、絶対に自分から聞いてこない。
聞くつもりでいるくせに、ずるいよ。
でも、前に公園で話した時よりは自分の中でハードルが下がっていた。
多分もう、情けないところを見せた後だからだろうな。
それでも話しはじめるには少し勇気がいる。
小さく深呼吸を繰り返して、直哉の方に椅子を向けた。
「気づいたかもしれないけど。昨日、コンビニで会った子がね。千歌なの」
「……藤咲、だったな」
「うん」
学校名と同じ、藤色を取り入れている制服。可愛くて憧れだった。
「千歌とはね、部活辞めてからほとんど顔合わせなかったから、お互いどこの高校に行ったかは知らなかったの。って言っても、きっと千歌は藤咲行くと思っていたんだけどね」
推薦だったのか、自力で合格したのかはわからないけど。それでも千歌は藤咲に行くだろうなとは思っていた。そこに驚きはない。
「千歌が藤咲に行ったことを悔しいとは思わない。でも、直哉に話したくなかったのと同じ。千歌と顔合わせられないの。『一緒に藤咲行こうね』なんて言っておいて、自分が敵わないからって逃げたんだもん」
直哉にこうして話していることで、ますます自分が情けなくなる。
スッパリ諦めたなら、千歌の顔見たって『久しぶり』って笑顔で言えればいいのに。
カウンターの椅子に座っているのさえ疲れちゃったから、思い切ってテーブル席のソファーへと寝転がる。
年季は入っているけれど、この沈み込む感じが今の私にちょうどいい。
「そんな豪快に倒れこんだらソファが壊れるんじゃないか?」
「大丈夫だよ。古いものって結構丈夫じゃない」
仰向けになれば、天井で回るファンが目に入る。
ゆっくり、ゆっくり、クルクル、クルクル。
「なんで、割り切れないのかな」
窓のレースカーテンは、おじいちゃんが上に行く前に閉めていったから、陽の光はそれほど眩しくない。
だけど目を開けてはいられなかった。
「なんで私、千歌に『藤咲合格おめでとう』って、言えないんだろう」
今更、あの過酷な環境に自分が身を置けるとは思っていないのに。
どこかで羨ましいと思ってしまっているのかな。
自分の気持ちがわからない。なんでこんなにぐちゃぐちゃしているんだろう。
整理がつかないまま、目の奥がツンとするのを誤魔化すように、外の光が眩しいせいだと言わんばかりに両腕で顔を覆った。
でもそんなの直哉にはお見通しだったんだろう。
少ししたら、顔にふんわりとタオルが掛けられた。
見えなくても気配でわかる。向かいの席に座った直哉が、もう残り少ない柚子ジュースの最後の一口を飲み干した音がした。
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