隣の席の一五沢さん

5

　翌日。
　始業ベルが鳴る五分前に登校してきた一五沢君は、まっすぐ僕の席にやってきた。
「ほんとに座ってるの？」
「うん、今も座ってる」
　女の子は、いつもと同じように首を垂れて席に座っていた。
「何にも見えないけど」
　一五沢君はつまらなそうに言った。やっぱり僕にしか見えていないようだった。
　やがて始業ベルが鳴った。
　一五沢君は、はっと顔を上げると、自分の席の椅子を引いた。椅子に座った女の子も、一緒にがくんと下がった。
「待ってよ。女の子がいるのに――」
「だって立ってたら怒られるだろ」
　一五沢君は、かまわず椅子にどかっと座った。女の子は一瞬、一五沢君の巨体に重なるように透けたと思ったら、ふっと姿が見えなくなった。
（――女の子が消えた）
　僕はびっくりして息を飲んだ。
　その時、とつぜん一五沢君の身体が強張り、崩れるように机に突っ伏した。
　僕はぎょっとして思わず腰を浮かせた。
「どうしたの？　大丈夫？」
　こっそりと声をかけると、一五沢君はわずかに顔を上げた。
　伸びた前髪の隙間から細い目が覗く。その瞳はひどく暗かった。
「……大丈夫よ。なんともないわ」
　僕は唖然としてしまった。一五沢君の口調がまったく違っていたからだ。というか、女言葉になっている。
（女の子にとり憑かれたんだ!!）
　足元から震えがたちのぼってきた。
　一五沢君は目にかかる前髪をかきあげると、にたりと笑った。
「ここに誰かが座るのを待ってたの。――あなたが座ってもよかったのに」
　その時、がらりと教室の戸が開いて、担任教師が「おはよう」と入ってきた。まわりの生徒たちはばたばたと席に着く。
　担任は、一五沢君を見てほっとしたように笑った。
「おお、一五沢。久しぶりだなぁ」
　一五沢君は「はい」と頷いてにっこりと微笑んだ。
　その様子に、担任がぎょっと身を強ばらせたのを、僕は見逃さなかった。