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僕は親しくもない熱種さんと一緒に電車に乗り、二つ先の駅で降りた。
熱種さんは始終無言で、僕はなんだか気まずかった。
「その……一五沢さんって、どんな子?」
沈黙に耐え切れずに声をかけた僕に、熱種さんは「どんな子って?」と目を向けた。
「いや、僕、会ったことないからさ」
「会ったことないやつのために教科書届けるの? ずいぶん親切なんだね」
熱種さんはずいぶんはっきりものを言う。正直、苦手というか、少し怖かった。
「別に普通だよ。目立たない感じの。卑屈っぽいとこが中嶋君と似てるかもね」
口調に悪意を感じ、僕は閉口した。彼女を嫌っている女子になんかに聞かなきゃよかった。
その後、僕たちはこれと言った会話もせず、住宅街に入っていった。
似たような家が等間隔に建ち並んでおり、熱種さんはその中の一軒の前で立ち止まった。
「ここが一五沢の家だよ」
平凡な二階建ての家だった。僕はそれを見上げ、ごくりと唾を飲み込んだ。
ここで殺害が行なわれたかもしれないのだ。遺体もまだあるのかもしれない。今さらのように震えがこみあげてきて思わず隣を振り向くと、すでに熱種さんはいなかった。
ぎょっとしてあたりを見回すと、三軒先の家に入ってゆく熱種さんの姿を見つけた。かなりのご近所さんである。
熱種さんのことはあんなに苦手と思っていたのに一人になるとひどく心細かった。だからといって、ここまで来て何もせずに引き返すわけにはいかない。
僕は恐る恐るインターフォンを押した。
しばらくしてスピーカーから「はい」と女の人の声が聞こえた。
「あの、学校からの配布物を届けにきたんですけど……」
緊張のあまり声が裏返ってしまった。相手は気にした様子もなく「ああ、ちょっと待ってくださいね」と通話はぶつりと途切れた。
落ち着かない気持ちで待っていると、玄関ドアが開き、やつれた感じの女の人が出てきた。一五沢さんのお母さんだろうか。
「……わざわざすみませんね」
玄関先で自分用に配られたのプリントの束を渡しながら、僕は思い切って訊いてみた。
「あの、優さんはご在宅なんですか?」
「優は――いることはいるけど、誰にも会いたくないみたいで。ごめんなさいね、せっかく来てくれたのに」
母親は力なく笑った。
「あの、少しでもいいんで、顔を見れませんか?」
食い下がる僕に、母親は「そうねえ」と困ったように片頬に手を当てた。
「一応、声をかけてみるけど……。あなた、お名前は?」
僕は「佐上です」と嘘をついた。
「佐上君ね。ちょっと待っててね」
母親はドアを開けたまま、「優ちゃん、佐上君がみえてるわよ」と奥に声を張り上げた。
(――演技だ)
僕はわざとらしく呼び続ける母親の後頭部を睨みつけ、思い切ってドアの中に飛び込んだ。
母親がぎょっと目を見開いた。
「ちょっとあなた! 何を……」
「すみません、おじゃまします」
僕は三和土に靴を脱ぎ捨てると、廊下を走った。母親が何か叫んでいる声が聞こえたが、かまわず突き当りにある階段を駆け上がる。
二階は個室のドアが並び、そのうち一つに「ゆう」とプレートが下がっていた。僕はそのドアノブをひねった。
勢いよくドアを開けた僕は――ぽかんと立ち尽くした。
そこにいたのは、ジャージ姿の太った男だったのである。床にあぐらをかいて、スマートフォンを手に呆然とこっちを見ている。兄だろうか。無精髭が汚らしかった。
男はスマートフォンをジャージのポケットに押し込みながら、立ち上がった。
「な……なんだよ。誰だよ、あんた」
眼鏡の奥の細い目が泳いでいる。あからさまに動揺していた。
僕は確信した。――一五沢さんを殺したのはこの男だ。
熱種さんは始終無言で、僕はなんだか気まずかった。
「その……一五沢さんって、どんな子?」
沈黙に耐え切れずに声をかけた僕に、熱種さんは「どんな子って?」と目を向けた。
「いや、僕、会ったことないからさ」
「会ったことないやつのために教科書届けるの? ずいぶん親切なんだね」
熱種さんはずいぶんはっきりものを言う。正直、苦手というか、少し怖かった。
「別に普通だよ。目立たない感じの。卑屈っぽいとこが中嶋君と似てるかもね」
口調に悪意を感じ、僕は閉口した。彼女を嫌っている女子になんかに聞かなきゃよかった。
その後、僕たちはこれと言った会話もせず、住宅街に入っていった。
似たような家が等間隔に建ち並んでおり、熱種さんはその中の一軒の前で立ち止まった。
「ここが一五沢の家だよ」
平凡な二階建ての家だった。僕はそれを見上げ、ごくりと唾を飲み込んだ。
ここで殺害が行なわれたかもしれないのだ。遺体もまだあるのかもしれない。今さらのように震えがこみあげてきて思わず隣を振り向くと、すでに熱種さんはいなかった。
ぎょっとしてあたりを見回すと、三軒先の家に入ってゆく熱種さんの姿を見つけた。かなりのご近所さんである。
熱種さんのことはあんなに苦手と思っていたのに一人になるとひどく心細かった。だからといって、ここまで来て何もせずに引き返すわけにはいかない。
僕は恐る恐るインターフォンを押した。
しばらくしてスピーカーから「はい」と女の人の声が聞こえた。
「あの、学校からの配布物を届けにきたんですけど……」
緊張のあまり声が裏返ってしまった。相手は気にした様子もなく「ああ、ちょっと待ってくださいね」と通話はぶつりと途切れた。
落ち着かない気持ちで待っていると、玄関ドアが開き、やつれた感じの女の人が出てきた。一五沢さんのお母さんだろうか。
「……わざわざすみませんね」
玄関先で自分用に配られたのプリントの束を渡しながら、僕は思い切って訊いてみた。
「あの、優さんはご在宅なんですか?」
「優は――いることはいるけど、誰にも会いたくないみたいで。ごめんなさいね、せっかく来てくれたのに」
母親は力なく笑った。
「あの、少しでもいいんで、顔を見れませんか?」
食い下がる僕に、母親は「そうねえ」と困ったように片頬に手を当てた。
「一応、声をかけてみるけど……。あなた、お名前は?」
僕は「佐上です」と嘘をついた。
「佐上君ね。ちょっと待っててね」
母親はドアを開けたまま、「優ちゃん、佐上君がみえてるわよ」と奥に声を張り上げた。
(――演技だ)
僕はわざとらしく呼び続ける母親の後頭部を睨みつけ、思い切ってドアの中に飛び込んだ。
母親がぎょっと目を見開いた。
「ちょっとあなた! 何を……」
「すみません、おじゃまします」
僕は三和土に靴を脱ぎ捨てると、廊下を走った。母親が何か叫んでいる声が聞こえたが、かまわず突き当りにある階段を駆け上がる。
二階は個室のドアが並び、そのうち一つに「ゆう」とプレートが下がっていた。僕はそのドアノブをひねった。
勢いよくドアを開けた僕は――ぽかんと立ち尽くした。
そこにいたのは、ジャージ姿の太った男だったのである。床にあぐらをかいて、スマートフォンを手に呆然とこっちを見ている。兄だろうか。無精髭が汚らしかった。
男はスマートフォンをジャージのポケットに押し込みながら、立ち上がった。
「な……なんだよ。誰だよ、あんた」
眼鏡の奥の細い目が泳いでいる。あからさまに動揺していた。
僕は確信した。――一五沢さんを殺したのはこの男だ。
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