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その日、僕は転校して初めての日直だった。
ふつう日直の仕事は隣の席の相手と組んでやるのだが、僕の隣の一五沢さんは欠席なので、前の席の二人に混ぜてもらった。
佐上君が「今日は見てるだけでいいから」と言ってくれた。彼と話すのは初めてなのだが、いい人そうでほっとする。
同じく日直の熱種さんが日誌を書いてくれている間に、僕は佐上君と備品管理室に向かった。
備品管理室は奥に深い倉庫のような部屋だった。佐上君は慣れたようすで、山積みになったコピー用紙のブロックをよけながら進み、奥の床に直置きされている段ボール箱から一ダース入りのチョークの小箱を取りだした。
僕は意を決して、彼に声をかけた。
「あの……佐上君」
佐上君は制服についた白いチョークの粉を神経質に払いながら、振り向きもせずに「何?」と呟いた。
「その、一五沢さんのことなんだけどさ」
「一五沢?」
佐上君は顔を上げた。僕はなんだが気まずくなって、足元に目を落とした。
「いや、その……何で休んでるのかなって。隣の席だからさ、気になって」
佐上君は「ああ」と再び白く汚れた制服の裾に目を馳せた。
「登校拒否らしいよ。噂だけどさ」
(そんなわけない)
僕はひっそりとこぶしを握りこむ。家族が嘘をついているに違いなかった。
「……佐上君は、一五沢さんの家がどこか知ってる?」
「はあ? 何で?」
驚いたように目を見開かれ、僕は慌てて言葉を重ねた。
「その、教科書を忘れてたみたいだから、届けてあげようかと思って」
言ってから、ひやりとする。思えば、顔も合わせたことのない女子の家に行くというのだ。下心があると思われたかもしれない。急に恥ずかしくなって、かっと耳が熱くなった。
「俺は知らねえけど、熱種なら知ってんじゃないかな。中学一緒だったらしいし」
僕の懸念など気づきもしない様子で、佐上君は備品管理室を先に出た。ぼくはほっと胸を撫でおろし、後を追った。
僕たちがチョークの箱を持って戻ると、がらんとした教室で熱種さんがまだ日誌を書いていた。
その真後ろで、一五沢さんはやっぱりうつむいて座っている。
「熱種ぇ」
佐上君は気だるげに熱種さんに声をかけると、僕のかわりに住所を聞いてくれた。
(佐上君、見た目や態度はアレだけど、意外に優しいよな)
僕は彼のことがちょっぴり好きになった。
「一五沢んち? まあ、知ってるけど。何で?」
熱種さんは、いぶかしげに顔を上げた。僕が何と説明しようかと頭を回転させ始めた横で、佐上君がさらりと答えた。
「一五沢、学校に教科書忘れてるんだと」
僕は慌てて一五沢さんの机の中から数Ⅱの教科書を引っ張り出した。このために前もって仕込んでいた自分の教科書である。
熱種さんは「ふうん」と興味なさそうに教科書を一瞥すると、日誌を閉じて立ち上がった。
「じゃあ今から行く? どうせ帰り道だし」
「え――いいの?」
身を乗り出した僕の横で、佐上君が言った。
「帰り道なら、おまえが渡しに行けばいいんじゃねえ?」
「やだよ。私、あいつ好きじゃないんだよね」
吐き捨てるような口調が心底嫌そうで、僕はこっそりと落ち込んだ。娘を殺害するような家族に育てられただけでなく、クラスの女子にまで嫌われていたなんて。あまりにも不憫だった。
佐上君も一五沢さんに良い印象を持ってる感じでもないし、もしかしたらクラス全員に嫌われていたのかもしれない。だから一五沢さんは、クラスの誰でもなく、僕だけに姿を見せるのだろうか。
ふつう日直の仕事は隣の席の相手と組んでやるのだが、僕の隣の一五沢さんは欠席なので、前の席の二人に混ぜてもらった。
佐上君が「今日は見てるだけでいいから」と言ってくれた。彼と話すのは初めてなのだが、いい人そうでほっとする。
同じく日直の熱種さんが日誌を書いてくれている間に、僕は佐上君と備品管理室に向かった。
備品管理室は奥に深い倉庫のような部屋だった。佐上君は慣れたようすで、山積みになったコピー用紙のブロックをよけながら進み、奥の床に直置きされている段ボール箱から一ダース入りのチョークの小箱を取りだした。
僕は意を決して、彼に声をかけた。
「あの……佐上君」
佐上君は制服についた白いチョークの粉を神経質に払いながら、振り向きもせずに「何?」と呟いた。
「その、一五沢さんのことなんだけどさ」
「一五沢?」
佐上君は顔を上げた。僕はなんだが気まずくなって、足元に目を落とした。
「いや、その……何で休んでるのかなって。隣の席だからさ、気になって」
佐上君は「ああ」と再び白く汚れた制服の裾に目を馳せた。
「登校拒否らしいよ。噂だけどさ」
(そんなわけない)
僕はひっそりとこぶしを握りこむ。家族が嘘をついているに違いなかった。
「……佐上君は、一五沢さんの家がどこか知ってる?」
「はあ? 何で?」
驚いたように目を見開かれ、僕は慌てて言葉を重ねた。
「その、教科書を忘れてたみたいだから、届けてあげようかと思って」
言ってから、ひやりとする。思えば、顔も合わせたことのない女子の家に行くというのだ。下心があると思われたかもしれない。急に恥ずかしくなって、かっと耳が熱くなった。
「俺は知らねえけど、熱種なら知ってんじゃないかな。中学一緒だったらしいし」
僕の懸念など気づきもしない様子で、佐上君は備品管理室を先に出た。ぼくはほっと胸を撫でおろし、後を追った。
僕たちがチョークの箱を持って戻ると、がらんとした教室で熱種さんがまだ日誌を書いていた。
その真後ろで、一五沢さんはやっぱりうつむいて座っている。
「熱種ぇ」
佐上君は気だるげに熱種さんに声をかけると、僕のかわりに住所を聞いてくれた。
(佐上君、見た目や態度はアレだけど、意外に優しいよな)
僕は彼のことがちょっぴり好きになった。
「一五沢んち? まあ、知ってるけど。何で?」
熱種さんは、いぶかしげに顔を上げた。僕が何と説明しようかと頭を回転させ始めた横で、佐上君がさらりと答えた。
「一五沢、学校に教科書忘れてるんだと」
僕は慌てて一五沢さんの机の中から数Ⅱの教科書を引っ張り出した。このために前もって仕込んでいた自分の教科書である。
熱種さんは「ふうん」と興味なさそうに教科書を一瞥すると、日誌を閉じて立ち上がった。
「じゃあ今から行く? どうせ帰り道だし」
「え――いいの?」
身を乗り出した僕の横で、佐上君が言った。
「帰り道なら、おまえが渡しに行けばいいんじゃねえ?」
「やだよ。私、あいつ好きじゃないんだよね」
吐き捨てるような口調が心底嫌そうで、僕はこっそりと落ち込んだ。娘を殺害するような家族に育てられただけでなく、クラスの女子にまで嫌われていたなんて。あまりにも不憫だった。
佐上君も一五沢さんに良い印象を持ってる感じでもないし、もしかしたらクラス全員に嫌われていたのかもしれない。だから一五沢さんは、クラスの誰でもなく、僕だけに姿を見せるのだろうか。
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