隣の席の一五沢さん

うろこ道

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一五沢いちござわはまた欠席か」
 出席をとっていた担任教師が溜め息まじりに呟いた。
 クラスメイトたちにはそれがすでに当たり前になっているようで、皆、気だるい雰囲気で出欠確認が終わるのを待っている。
中嶋なかじまは転校してきたばかりだから、まだ隣の席の一五沢と一度も顔を会わせたことがないんだなぁ」
 担任が、なぜかすまなそうな口調で僕に言った。
 僕は「はあ」と曖昧に返事をする。そして、そっと目だけ動かして、隣の席を見た。
 そこにはちゃんと女の子が座っていた。


 隣の席の一五沢さんは、一週間前に僕がこの高校に転校してきてから、ずっと欠席扱いをされていた。
 転校初日は、クラス全員で女の子を無視するさまに、いじめだ、と息を飲んだ。だが、生徒だけでなく、担任はじめ各教科の教師たちまでが彼女をいないものと扱っていることに、だんだん違和感を覚えはじめた。
 つい気になってちらちらと隣を盗み見るうち、さすがにおかしいぞと思いはじめた。なぜなら、僕が登校してから下校するまで、彼女は同じ姿勢で身じろぎもせずにずっと座っているのだ。まるで制止画像のように。
 そこではじめて、彼女は幽霊のようなもので、僕にしか見えていないのだ、と気づいたのだった。
 そうなると、もう隣の席が気になってしょうがない。
 一五沢さんは、きちんとそろえた膝に両手を置き、首を落とすようにしてうつむいている。みんなと変わらない肉体を持った女の子にしか見えなかった。しかも、華奢で可愛い女の子。肩あたりで切りそろえられた髪が顔を隠しているのだが、僕の中では可憐な美少女として脳内再現されていた。
 そして、彼女が僕にしか見えていないものだと気づいてから、ずっと心にわだかまっていることがあった。長期欠席となっているが――もう、彼女はこの世にいないのではないか。
 もし生きていて普通に暮らしているのであれば、こんな幽霊のような状態で教室に現れるわけがないと思う。
 亡くなっているとすれば、どうして家族は届け出ないのだろう。
(家族に、殺された……?)
 僕はごくりと息を飲む。彼女の死を隠さねばならない理由で、思い浮かぶのはそれしかなかった。
 化けて出るくらいなのだから、きっとひどい殺されかたをされたはずだ。ご遺体だって、きっと県外の山中かどこかに遺棄されているのだと思う。もしかしたら、証拠隠滅のために、細切れにされて少しずつゴミに出されたり、トイレに流されたりしてるかもしれない――。
 自分の想像に戦慄する一方で、僕はふつふつと憤りをおぼえていた。あの一五沢さんの華奢な体がそんな目に遭わせられたなんて許せないし、なんだかとても悲しかった。
(化けて出るなんて、きっとそうとう無念なんだ。せめてちゃんと供養してもらえるようにしてあげたい)
 そのためには罪を暴き、真実を白日にさらさねばならない。怯えとも、高揚感ともつかないものがこみ上げ、身体が震えた。
 いつもの僕なら、そんな恐ろしいことは絶対にできやしない。僕自身に危険がともなうことになりかねないのだ。
 でも、と隣の席に目を馳せる。
(彼女が僕だけに見えるということは、きっと助けを求めているということだ)
 必ず無念をはらしてやるから――僕は机の下でひっそりとこぶしを握りしめた。
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