上 下
220 / 228
四章

締まりがない (アルノルド視点)

しおりを挟む
「災難で御座いましたね」

「全くだ。それで、どうだった?」

「大体の部屋や物は確認できましたが、それらしい物は見つかりませんでした」

「そうだろうな」

子供達には聞こえない距離まで離れると、共に歩いていたドミニクから軽口にも似た言葉が出たが、私はそれに答えながらもそれ以上は付き合う気はないと早々に要件を切り出せば、飄々としていた態度は鳴りを潜め、事務的な答えだけが返って来る。実際、直ぐに見つかるような場所に隠しているとは私も思っていないため、特に何かを期待していたわけではない。

「やはり、暖炉があるあの部屋か」

「はい。入室に関してもですが、家具類に触る事さえも否定的でした」

「しかし、存外分かりやすい位置に作ったな」

「此処ならば、一目を憚る必要はないと判断されたのでしょう」

「愚かだな」

悪事を行うための部屋を自身の部屋の隣に作るなど、自ら自身が首謀者だと自白しているものだ。

「しかし、古くなった屋敷の修繕を理由に改修工事費用を渡してやってはいたが、こうも分かりやすく造るとは」

「はい。外から見ても分かるような造りにするとは、私も思ってもおりませんでした」

この屋敷に存在していた隠し部屋は私が全て把握しているため、悪事を隠すための新たな部屋を造るだろうとは予見はしていた。だが、秘密裏の部屋を新たに造るとなれば、歪みが生じて屋敷が歪になりやすい。普通はそれを隠すよう、外観を調整しながら設計するのだが、それすらもした形跡がない。

「魔法で部屋の場所は分かってはいたが、確証が持てたのは大きい。それに、事前に部屋に入れたおかげで、大体の開け方も理解できた」

「はい。簡単な造りでしたので、一目もなくなる夜でしたら何時でも大丈夫かと。しかし、シェリア様もこのような回りくどい事をなさらなくても宜しかったでしょうに…」

「姉上も知らぬ振りをして泳がせている分、自身が動く所を此処の者達に見せたくないのだろう」

背後から嘆きにも近い声が漏れ聞こえて来るが、姉の性格を考えれば無理に近いものがある。そもそも、わざと付け入る隙をみせ、相手を勘違いさせて自滅させようとしている人間の性格に期待するだけ無駄だ。それに、楽だっただろうと言うあの口振りから考えれば、この屋敷を大手を振って調べられる理由を私に与え、手助けしたつもりなのだろう。だが、子供達の前という事も考慮して貰いたい。

「それに、私が赴けば話しが速いという利点もあったのだろう。私が相手なら、正当な理由なく入室を断る事など出来ないだろうからな」

「確かに、アルノルド様が相手では、入室を断る理由を考えるのも困難でしょうね。そう考えれば、あの方達には少し哀れみを感じてしまいます」

「あれ等にも哀れみを感じるなど、お前も優しいものだな」

「使える者を間違えた者達への同情心くらいは、私とて持っておりますので。ですが、私を優しいと仰るのでしたら、アルノルド様の方がお優しいかと思いますが?」

「…そんな訳がなかろう」

皮肉を込めて言えば、奴から何とも理解しがたい返答が返ってきた。私は不快感を隠すような事もせず、不躾な者を見るような視線を投げつける。そうすれば、嫌な笑顔を浮かべだした。

「ですが、ティ様がお作りになった落とし穴の上を、わざわざ通って差し上げていたではないですか?」

「……見てたのか?」

「はい。微笑ましい光景だと思い、上から見ておりました」

「はぁ…あれはただ単に、こんな事をしても無意味だと見せた方が速いと思っただけだ。そもそも、あれを落とし穴と言うには些か語弊がある」

あれは落とし穴などではなく、ただの穴だ。なにせ、30センチ程の深さしかなく、あの頃の私でさえ膝まで埋まればいい程度。お粗末だと言う他ない。

「そうなのですか?その割には、その後も色々と手を焼かされていたように見受けれれたのですが?」

「……」

奴のせいで、忘れかけていた苦い記憶が蘇る。

毒にも体制を付けよう毒を飲んでいたあの頃の私には、辛さなどさしたる問題にもならなければ、他も気に掛ける必要も感じなかった。だが、あの女は何かあれば直ぐに使用人をクビにするため、アレが起こす騒動のせいで罪なき者が露頭に迷わぬよう、後始末をさせられるのは何時も私だった。時には無能な者を排除する口実に使う事はあったが、利益よりも損害の方が大きかった。普段であれば軽く流すのだが、先程まで散々使われていた事もあり、奴の軽口が何時も以上に気に障る。

「しかし、あれ程一目で分かる落とし穴と言うのも、私は初めて見ました」

「……そうだな」

綺麗に整えられ、雑草すら生えていない庭園の道の真ん中に、不自然なくらい大量の小枝や葉が一箇所に置かれていれば、誰であろうと何かあると不審に思う。そのうえ、姉上と話す声は大きく、その後ろ姿は丸見えだった。しかし、姉上が手を貸していた事もあり、アレが乗っただけでも壊れるように調整されて作られていた所は見事だった。しかし、あんな罠に本気で掛かる馬鹿等などいる訳が…

「……いたなぁ」

「どうかされましたか?」

「いや、何でもない。それよりも、連中の動きはどうだ」

「動き出したようです」

「あの女もアレを見ていたようだったからな」

私の口から溢れ落ちた呟きに、直ぐに疑問の言葉を投げ掛けられるが、それを言葉で制して話題を元に戻す。そうすれば、直ぐに報告が上がって来た。私も屋敷から感じた視線を思い出し、返答を返しながら言葉を続ける。

「前回、此処で貴重な素材が取れていたという情報を帝国側に売っていたのも、間違いなくあの女の仕業だろう。それに、アレの姿を見た以上は、今回もまた情報を売って利益を得ようとするはずだ」

「ティ様が見つからないよう、わざわざ憎まれ役で買ってまで道を壊したと言うのに、無駄に終わってしまいましたね」

「憎まれ役を買ったのではない。あの女が騒ぎそうで、それが面倒だっただけだ」

アレ等を愛玩目的に買う連中もいるようだが、私からすれば騒がしいだけの存在に金を掛ける意味が理解出来ない。だが、寂れた生活に嫌気が指しているあの女には、アレが金のなる木に見えるのだろう。その証拠に、私が屋敷に戻った途端、アレを此処に連れて来いと私の部屋までやって来ては捲し立てていた。

初日の夜にもやって来ていたが、この女は何時まで勘違いをしていられるのかと正気を疑う程だった。最初から学習能力がないとは分かっていたが、先に部屋を分けておいて正解だったと痛感せずにはいられなかった。さすがに目に余ったため多少灸は据えたが、それで懲りるような人間でないのは分かっている。

「アレには自身の立場を理解して、自重した行動して貰いたいものだ」

「そうですね。もう少し人を疑って然るべき所はあるかもしれませんね」

姉と過ごしている様子を見ているだけでも分かるが、アレの迂闊過ぎる行動には本当に目も当てられない。現に、アレが作った穴の上を通った際に、魔法で補強くらいはしてやったのが、後ろで響いた悲鳴を聞く限り、それさえも無駄に終わったのだと直ぐに分かった。

しかし、アレの事を考えていると嫌でも頭が痛くなって来る。そのため、私は別の事へと意識を巡らす。

「しかし、這いつくばるように帝国の巣を見つけてくれた事だけは、あの女に感謝しなければならないな」

これまでも裏社会の情報を得るのには役に立っていたが、今回は穢らわしい帝国の巣を根こそぎ排除出来るという事実に、自然とニヤリとした笑みが私の顔に浮かぶ。そんな私を、やれやれと言った様子で見てくる気配が背後から感じるが、その後ろから私達に近寄って来る気配を感じた。

「父上。私も、何か手伝える事はないでしょうか?」

振り向けば、私達を追い掛けて来ただろうオルフェが、真剣な顔をしてそこに立っていた。どうやら感の良いオルフェには、既に気付かれていたようだ。

「お前はこの件に関わらなくても良い。それよりも、エレナ達が気付いた様子はあったか?」

「いえ、父上の昔話の方に意識が向いており、こちらの様子には気付いていない様子でした。私が1度屋敷に戻ったのも、本を取りに戻ったと思っているようです」

「…そうか」

オルフェの言葉に安堵しながらも、目を眩ませる手段としては何とも複雑な所はある。それに、この何とも言えない落ち着きようがない衝動をどうすれば良いか分からず、判断が鈍りそうになる。

「私にも手伝わせて頂けないでしょうか?」

「今も言ったが、お前が関わる必要はない」

再度問い掛けて来たオルフェに、私は譲る気はないときっぱりとした態度で応じるが、向こうも譲る気はないようだった。

「次期当主としても、今から色々な経験を積みたいと私は考えております。ですので、今回の件もいい勉強にさせて頂きたいです。もし、父上が此処で拒否なされるようでしたら、後は私個人で動かせて頂きます」

「……分かった。ならば、ある人間が屋敷を出るようならその後を追尾しろ。だが、中に入る必要はない。それと、場所が分かりしだい屋敷に戻ると約束しろ」

「分かりました」

目を見て直ぐに本気だというのが分かった。だが、あの女と関われせるつもりは毛頭ない。しかし、勝手に動かれては擁護し難いと考え、比較的監視がしやすい者の監視を頼む事にした。そうすれば、私の気が変わるのを恐れたためか、肯定の返事を返すと直ぐに踵を返して私の前から去って行った。その後姿を苦い思いで見つめながら、ため息に近い言葉が溢れ落ちる。

「…感が良いと言うのも考えものだな」

「そこは、アルノルド様に似たのかと」

「……」

「我らの方も、早々に片付けを終われせねばなりませんね」

「……そうだな」

褒められているのか、それとも皮肉られているか判断がつき難い言葉を言われ、私が無言のまま見つめていれば、先程までとは違った砕けた態度を見せながら煙に巻く。私も、手の中にある何とも締まらない使い終わった食器類を前に、内心ため息を付きそうになった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公は高みの見物していたい

ポリ 外丸
ファンタジー
高等魔術学園に入学した主人公の新田伸。彼は大人しく高校生活を送りたいのに、友人たちが問題を持ち込んでくる。嫌々ながら巻き込まれつつ、彼は徹底的に目立たないようにやり過ごそうとする。例え相手が高校最強と呼ばれる人間だろうと、やり過ごす自信が彼にはあった。何故なら、彼こそが世界最強の魔術使いなのだから……。最強の魔術使いの高校生が、平穏な学園生活のために実力を隠しながら、迫り来る問題を解決していく物語。 ※主人公はできる限り本気を出さず、ずっと実力を誤魔化し続けます ※小説家になろう、ノベルアップ+、ノベルバ、カクヨムにも投稿しています。

レジェンドテイマー ~異世界に召喚されて勇者じゃないから棄てられたけど、絶対に元の世界に帰ると誓う男の物語~

裏影P
ファンタジー
【2022/9/1 一章二章大幅改稿しました。三章作成中です】 宝くじで一等十億円に当選した運河京太郎は、突然異世界に召喚されてしまう。 異世界に召喚された京太郎だったが、京太郎は既に百人以上召喚されているテイマーというクラスだったため、不要と判断されてかえされることになる。 元の世界に帰してくれると思っていた京太郎だったが、その先は死の危険が蔓延る異世界の森だった。 そこで出会った瀕死の蜘蛛の魔物と遭遇し、運よくテイムすることに成功する。 大精霊のウンディーネなど、個性溢れすぎる尖った魔物たちをテイムしていく京太郎だが、自分が元の世界に帰るときにテイムした魔物たちのことや、突然降って湧いた様な強大な力や、伝説級のスキルの存在に葛藤していく。 持っている力に振り回されぬよう、京太郎自身も力に負けない精神力を鍛えようと決意していき、絶対に元の世界に帰ることを胸に、テイマーとして異世界を生き延びていく。 ※カクヨム・小説家になろうにて同時掲載中です。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

僕の召喚獣がおかしい ~呼び出したのは超上級召喚獣? 異端の召喚師ルークの困惑

つちねこ
ファンタジー
この世界では、十四歳になると自らが呼び出した召喚獣の影響で魔法が使えるようになる。 とはいっても、誰でも使えるわけではない。魔法学園に入学して学園で管理された魔方陣を使わなければならないからだ。 そして、それなりに裕福な生まれの者でなければ魔法学園に通うことすらできない。 魔法は契約した召喚獣を通じて使用できるようになるため、強い召喚獣を呼び出し、無事に契約を結んだ者こそが、エリートであり優秀者と呼ばれる。 もちろん、下級召喚獣と契約したからといって強くなれないわけではない。 召喚主と召喚獣の信頼関係、経験値の積み重ねによりレベルを上げていき、上位の召喚獣へと進化させることも可能だからだ。 しかしながら、この物語は弱い召喚獣を強くしていく成り上がりストーリーではない。 一般よりも少し裕福な商人の次男坊ルーク・エルフェンが、何故かヤバい召喚獣を呼び出してしまったことによるドタバタコメディーであり、また仲間と共に成長していくストーリーでもある。

ローグ・ナイト ~復讐者の研究記録~

mimiaizu
ファンタジー
 迷宮に迷い込んでしまった少年がいた。憎しみが芽生え、復讐者へと豹変した少年は、迷宮を攻略したことで『前世』を手に入れる。それは少年をさらに変えるものだった。迷宮から脱出した少年は、【魔法】が差別と偏見を引き起こす世界で、復讐と大きな『謎』に挑むダークファンタジー。※小説家になろう様・カクヨム様でも投稿を始めました。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

私の推しメンは噛ませ犬◆こっち向いてよヒロイン様!◆

ナユタ
恋愛
十歳の誕生日のプレゼントでショッキングな前世を知り、 パニックを起こして寝込んだ田舎貴族の娘ルシア・リンクス。 一度は今世の幸せを享受しようと割りきったものの、前世の記憶が甦ったことである心残りが発生する。 それはここがドハマりした乙女ゲームの世界であり、 究極不人気、どのルートでも死にエンド不可避だった、 自身の狂おしい推し(悪役噛ませ犬)が実在するという事実だった。 ヒロインに愛されないと彼は死ぬ。タイムリミットは学園生活の三年間!? これはゲームに全く噛まないはずのモブ令嬢が推しメンを幸せにする為の奮闘記。 ★のマークのお話は推しメン視点でお送りします。

処理中です...