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四章

現実逃避

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「ああっー!もう!休みが終わって気分が下がってるのに、さらに暗くなるような話しは止めようぜ!」

「良いですけど、少し遅くなるだけで、大した違いでしかないですよ」

苛立ったような声を上げ、嫌そうに眉を寄せて唸るバルドに、コンラットは仕方がない者を見るような視線を向けるが、ネアは何をそんなに嫌がっているのか訳が分からないような顔をしていた。

「選択科目なんて、単位さえ取れば後は何をしても自由なんだから、むしろ他の授業より楽だと思うんだがな?」

「単位って、そんな簡単に取れるものなの?」

気怠そうにしているネアに、気になった事を訊ねてみたら、僕の方へと視線だけを向けた。

「科目や、向き不向きに寄るだろ。まあ、お前なら魔力制御も直ぐに出来そうだから、単位も速く貰えるんじゃないか?」

「そうですね」

「えっ?何で?」

兄様の時間が開いた時とかに魔力制御を教わっていても、未だにあんまり上達もしてないのに、何でそんなふうに思われているのか分からない。

「何でって、普通に魔法を使ってたよな?」

「魔法なんて、みんなも使えるでしょ?」

不思議そうに訊ねて来るバルドに、何でみんなも出来る事を聞いて来るんだろうと思って尋ねれば、きょとんとした視線がぶつかった。

「俺、魔法なんてまだ使えないぞ」

「私もです」

「えっ!?」

「そもそも、魔力を制御する方法なんて、まだ習っていませんから」

「学園に来る前に習ったりしないの!?」

目を丸くしながらみんなへと問い掛ければ、みんなが目配せするように一度視線を合わせてから、まず最初にネアが口を開いた。

「普通、魔力制御はそんな速く習ったりしないぞ。魔力量が多かったりすれば、暴走を防ぐ意味で速めに習ったりもするが、お前の場合、大した魔力でもないのに魔法を使っていたから、最初から自然に出来ているのかと俺は思ってた」

「あの時は、他に驚くような事があったから言いそびれたけど、俺も凄いなぁって思いながら見てた」

「私も、小狐の怪我を治していたのを見て、さすがはレグリウスの者だなと思っていたのですが…」

いつの間にか、みんなから僕が優等生みたいに思われていた事に、僕は驚きと焦りを感じた。

「ち、違うよ!フェリコ先生から教えて貰っていただけで、最初からなんて出来てないよ!」

僕が慌てて否定していると、教室の扉が勢い良く開けられる荒っぽい音が教室内に響く渡る。

「外まで聞こえそうな煩い声で騒いでないで、さっさと席に着け!」

いきなり教室に入って来たリータス先生が、教室を見渡しながら一喝すると、まだ喋っていたみんなも黙って席に着き始める。

「お前等、休み明けでだいぶ浮かれているようだが、幸い、提出物だけは全員分は揃っているようだな」

教壇の上に置かれた提出物を確認しながら話すリータス先生の視線が、チラリと僕達がいる方へと向いた気がしたけれど、僕は書くだけは書いて出した。

「だが、自分でこれをやって来たのなら、これに出ていた問題は、当然解けるって事だな?今日は、この後の式が終わったら解散だが、明日からの試験。お前等楽しみにしておけよ」

底意地が悪そうな笑みを浮かべながら教室を見渡すと、そのまま提出物を回収して出て行った。

「コンラットの言った通り、少しの違いしかなかった…」

「そういう意味で言ったんわけではないですけど…」

表情が抜け落ちたような顔で、リータス先生が出て行った扉を見ていたバルドに、何とも微妙そうな視線を向けていた。

始業式が終わった後、一緒に試験勉強をする約束をした僕は、帰る前に寄る所があるからと言ってみんなと一回別れた。僕は学院の廊下を歩きながら、ある人を探していた。

「あっ!フェリコ先生!」

目当ての人物の背中を見つけた僕は、側へと駆け寄りながら近付けは、目線で声の主を探すように動いていた視線と目があった。

「どうかされましたか?」

「うん!少しフェリコ先生に聞きたい事があって!」

「私に答えられる事は答えますが、それでも廊下を走るのは危ないですよ」

振り返って立ち止まっていたフェリコ先生の側まで来れば、屋敷に来ていた時みたいに窘められてしまった。

「あ、あのね?何で僕に、魔力制御や、魔法の使い方を教えてくれたの?」

「それは、リュカ様が希望されたからですよ?」

「僕が?」

その場を誤魔化すように僕が聞き返せば、フェリコ先生はまるで困った子を見るような生暖かい目を向けて来た。

「覚えていませんか?昔、オルフェ様の試合を観戦に行かれた際、それを見たリュカ様が、僕も魔法を使いたいとおっしゃられたんですよ?」

そんな事を言ったなんて、僕は全然覚えてない。そもそも、試合なんて怖くてあまり見ないようにしていたから、兄様の試合を見ていたのかさえも覚えてない。前に、コンラットが熱く語っていたような気もするけれど、それすらもあまり覚えてないんだよね…。

僕が少し兄様に申し訳なく思っていたら、フェリコ先生はそれを察したような顔をしながら言葉を続ける。

「アルノルド様からは、本人が学びたいものを教えてくれと言われましたので、アルノルド様の監修の元、安全対策をしっかり施してお教えしていたんですよ」

フェリコ先生の話しを聞いて、やっぱり父様は僕に甘いなと思った。

「やっぱり、数字なんて嫌いだ…」

「愚痴ってないで、さっさと手を動かせよ」

何時も通り、僕の屋敷に集まったみんなで試験勉強を始めたけれど、やる気なさそうにしているバルドの横で、片手に教科書を持ったネアも、やる気なさそうにしていた。

「算数なんて、あんま使わないって…」

「何言ってるんですか、社会に出たら一番使いますよ。そんな調子だと、直ぐに騙されますよ」

「金は貸さないぞ」

「何で騙されるのが前提なんだよ!?」

バルドは2人に抗議していたけれど、僕も騙されそうだなと思ってしまった。

「まあ、例え金を取られたとしても、犯人は直ぐ捕まりそうですけどね」

「騎士団のトップが身内にいるからな。騙そうと近寄って来る奴なんて、王都に来た新参者くらいしかいないか。良かったな。泣かなくて済むぞ」

「だから!泣きもしないって!」

「そうだな」

まるで子供をあしらうように、憤慨しているバルドの相手をしているネアを横目で見ていたら、隣でコンラットが軽くて小さなため息を付いた。

「そのうち選択科目になるので、数学が基本科目なのは今だけなんですよ」

「ほんとか!?よし!俺は絶対選ばないぞ!」

「少しはやれよ…」

ガッツポーズを取りながら喜ぶバルドを若干の呆れを含んだような顔で見ていた。

「ネアは、何を選ぶの?」

「ん?俺は適当に楽そうなのを選ぶ。俺の場合、留年しない程度に単位さえ取ればそれで良いからな」

少し気を取り直すように、のんびり伸びをしながら言うネアに、コンラットは少し驚いたような視線を投げかける。

「ネアは商会を継ぐんですよね?そんな事を言ってて良いんですか?」

「俺は継がないぞ。あんな腹の探りないは、俺には向いてないからな」

「え!?継がないの!?それじゃあ、ネアは何するの?」

とんでもないような事を、何気なく言って来るネアに問い返せば、それを言った本人は、特にこちらの様子を気にした様子もなく、平然とした態度のままだ。

「そうだな。やりたい事が一つあるから、今はそれを叶える方法を模索中だな」

「やりたい事って何だよ?」

「それは秘密だ」

「えーッ!!気になるから教えろよ!」

「バルド、無理強いは良くないですよ」

「だってよー…気になるだろ…?」

「気にはなっても、親しい相手にも礼儀ありですよ」

コンラットから注意されて、少し不貞腐れてような顔をしているバルドだけど、それ以上は聞くのを止めたようだった。

「そういえば、遊びの誘いの手紙を送っても、ほとんどいなかったけど、それも関係あるの?」

夏休み期間中に、何度かネアを誘いに行ってもいなかったから、先に手紙を出したりしたけれど、今は不在にしているという代筆の手紙が届く事が多かった。

「まあ、色々とな。それで、そっちはどうしてたんだ?あの後は、王都の屋敷で過ごしてたのか?」

何とも含みのあるような言い方に、僕も少し気になったけれど、ネアにそれを話す気はないようで、自分の話しを終えてしまった。

「私は今年になって、初めて母親の実家の方に行って来ました。まあ、パーティーとかでも会いますし、王都からもそれ程離れてはいないので、長いはして来ませんでしたけどね」

「あれ?去年は行かなかったの?」

「去年は、誰かの愚痴を聞くのに忙しくて、一緒に行く暇なんてなかったんですよ」

「コンラット!」

「ちょっと煩いです!
感動したように叫ぶバルドを鬱陶しそうに手で押しやりながらも、顔が少し赤くて、照れくさそうにしていた。でも、バルドに付き合って、コンラットも何処にも行かなかったって、去年言っていたような気がする。

「私の事なんかよりも、貴方の方はどうなんですか!?」

照れくさいの誤魔化すように叫べば、問い掛けられた方は、キョトンとした顔を浮かべる。

「俺?俺の所はどっちも王都に住んでるから、わざわざが会いに行ったりしないな。リュカは、会いに行ったりするのか?」

「ううん。母様の実家がある場所が遠いのものあるけど、旅行に出かけた時に少し寄るくらいで、滅多行かないみたい。兄様は何回かあるみたいだけど、僕は一回しかあった事ないよ。それに、長いしりもしないから、顔とかも覚えてないんだよね」

僕が思い出すように考え混めば、それを遮るようにバルドが疑問を口にする。

「なら、親父の方は?前に宰相をやってた人なら、今も王都にいるだろ?」

「父様の方には会った事ないよ」

「1度も会った事ないのか?」

「うん。南の島にバカンスに行ったっきり、帰って来ないんだって」

「良いなぁ~。俺も、こんな試験に追われる生活より、そんなふうにのんびり隠居生活してみたい」

頬杖を付きながら、ネアは全部を見通したような目で、現実逃避をするように部屋の天井を見つめるバルドに視線を向ける。

「お前の場合、飽きて直ぐに返って来そうだけどな」

「そうですね。3日くらいで飽きて帰って来そうです」

「うっ…何故か、否定出来ない…」

2人に痛い所を突かれたように、バルドは苦い顔を浮かべていた。
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