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三章

寝起き

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「……カ……起き……リュ……ろ」

ぼんやりとした意識の中、遠くで誰かが呼んでいるような声がする。その声に呼ばれるように僕の意識が少しずつ浮上してくると、段々と何を言っているのかが少しづつ聞き取れるようになってきた。

「起きろって!!」

「う……う~ん……」

寝ぼけ眼の目を開ければ、薄暗い闇が辺りに広がっていて周りの様子がよく見えない。それでも、誰かの声や身を揺さぶる手を感じて、首だけを何とか動かして声の主を探す。

「おっ!起きたか!?朝だぞ!!」

「あ…あさ……?」

僕は目を擦りながら、満面の笑顔で笑うバルドから窓の方へと視線を向ける。カーテンの隙間から微かな光が漏れているもののその光は弱く、朝と呼ぶにはまだ速い気がする。

「いま…なんじ…?」

うつらうつらと船を漕ぎながも時間を尋ねれば、やけに元気な声が寝起きの頭に響く。

「5時前!!」

「まだ…はやいよ……」

僕がそのまま布団を被って二度寝しようとしたら、それを許さないとばかりに布団を引っ張られた。

「寝るな!!」

「お願い…もうちょっとだけ…寝かせて…」

昨日は、支度とかもあって朝早くに起きたし、夕食の後は注意されるまでみんなと遊んで寝たから寝る時間も遅かった。それに、此処に来るまでの疲れもあるのか、今は眠くて仕方がない。

「諦めた方が良いですよ。起きるまでやりますから…」

布団にしがみつくように抵抗していると、やけに落ち着いた静かな声が聞こえてきた。わずかに開たた目に、僕よりも速く起こされただろうコンラットが、眠気と諦めが入り混じったような表情を浮かべながらも、何処か悟りでも開いたような顔をして立っていた。

「ネアも起こして、今日は何するか速く決めようぜ!」

「なら…先にネアを起こしてよ…」

「今から起こす所だけど、お前が寝てても意味がないだろ!」

「ちょっと2人とも!あまり騒ぐと他の方の迷惑になりますよ!」

「………煩い」

僕らが布団の取り合いでドタバタしていると、地を這うような低い声が辺りに響いた。もみ合っていた事も忘れて恐る恐る視をそちらに向けると、鋭い眼光だけが布団から覗いており、その目は完全に据わっていていた。

「……朝から騒ぐな…騒ぐなら外でやれ」

「「「はい…」」」

その目は布団に潜り込むようにして、直ぐに隠れて見えなくなってしまったが、見えなくなった後も、僕等はしばく動く事も出来ず、感じていたはずの僕の眠気もなくなっていた。

「な、なぁ?朝の事覚えてるか…?」

朝食の時間が近くなった頃、ようやく起き出したネアにバルドが様子を伺うように声を掛けた。

「朝?何かあったか?」

「いや!覚えてないなら良いんだ!!」

「?」

服を着替えながら意味が分からないような表情を浮かべていたけれど、ネアが起きるまで静かに過ごす事になった僕らの苦労にも気付いてないようだ。でも、授業中に居眠りをしていたけど、今まであんな様子は見た事がない。

「ネアって…授業中寝てるよね…?」

「それが何だ?」

僕に注意されるでも思ったのか、少し顔をしかめながらこちらを振り向いた。

「べ、別に…ただ…呼んだら直ぐに起きるからさ…」

「何時もはうたた寝程度で、半分は起きてるからな」

「そうなんだ……寝起き悪いって言われない…?」

「いや?そもそもそ、俺を起こしに来る人間がいないからな」

あの寝起きだと、誰も起こしには行かないよね…。僕はそっとネアから視線をそらしたら、変な物を見るような訝しな目線で聞いてきた。

「さっきから何だ?お前ら朝から何かおかしいぞ?」

「そんなわけないだろ!!」

「そ、そうだよ!普通だよ!!」

「そんな事より、もうすぐ朝食の時間なので速く行きましょう!」

未だに疑うような視線を向けるネアの背を押しながら、僕等はこれ以上何かを言われる前に部屋を後にした。

「今日は釣りに行かねぇか!?」

「行く!!」

朝食を終えた後、クリスさんと一緒に今日何をするのか決めようと思っていたら、クリスさんの方からそう提案された。

「昨日、溺れかけたのに懲りないな」

「あれは泳いだ事がなかっただけだ!!」

ネアの言葉に、バルドは少し恥ずかしそうに顔を赤らめていた。だけど、足を滑らせて湖に落ちた時は本当に慌ててしまった。

昨日、湖に遊びに行った僕達は、近くの桟橋に止めてあった3人乗りの小船に乗ろうとした。だけど、揺れる船に乗るのが始めてだったからか上手く乗れずに、足を滑らせたバルドがそのまま湖に落ちてしまった。

しかも、泳げなかったようで、その様子を見たクリスさんが慌てて引き上げようとしたけれど、引きずられるように一緒に湖に落ちてしまった。落ちた2人はパニックになっているし、僕もどうしたら良いのか分からずに右往左往していたら、いつの間にかネアが2人を船に捕まらせるようにして助けていた。その後、近くにいた大人が直ぐに駆け付けて引き上げてくれたけれど、濡れネズミになった3人を連れて宿に引き帰る事になった。

「今度は大丈夫だ!揺れる事も分かったし、たぶん乗り方のコツもつかんだ!」

「何の自信だ…」

自信満々で答えるバルドに、とても信じられない者を見るような目を向けていた。

「お前等は?泳げるのか?」

「……僕…泳げない」

「私もです…」

突然聞かれた質問に、僕らは困ったような顔を浮かべながら、ネアへと視線を返す。

船に乗った事はあるけれど、前に乗った事がある船はもう少し大きくて立派だったし、何時も父様や母様が側にいたから水に落ちるなんて事を心配した事すらなかった。だけど、昨日バルドが落ちたのを見て、少し不安になってしまった。そんな僕らの不安な気持ちが伝わったのか、何処か硬い表情を浮かべていた。

「もしかして…この中で泳げるの…俺だけか…?」

ネアからのたっての希望で、釣りは湖の淵でする事になった。

「……釣れないな」

「……本当にこれで釣れるのか?」

「煩い。魚が逃げる」

木陰に座ってしばらく釣り糸をたらしてみたけれど、まったく釣れる様子がなくて、飽きてきただろうバルド達の口からは不満が溢れ始める。

「貸し屋から借りた物なので、間違いなく釣れるはず…です…」

一向に釣れないからか、コンラットも何処か自信なさげだ。釣った魚をすくう網や魚を入れる籠もあるけれど、釣れないと使う機会もない。湖に目を向けると、チラチラと小舟が浮かんでいるのが見えて、中には釣りをしているような人もいる。

「なぁ?試しにあっちに行ってみようぜ!」

「うん!」

「……走ったらもっと逃げるだろ」

足音をたてながら走り去る2人の姿に、ネアは不快そうに眉を寄せていた。

「ネアは釣りした事あるの?」

釣れなくて暇だから、雑談としてネアに話しを振る。

「趣味でな。何も考えずにいられるのがいい」

「そんなものですか?」

「まずは、何も考えずにのんびりやってみろ」

ネアの言葉を受けて、僕らものんびり気を抜きながらやってみる事にした。風に揺れて動く水の音や、木々のざわめきを聞いていると、木漏れ日から感じる夏の日差しや、頬を撫でる風も何処か涼しくて何だか心地良い。

「取れたー!!」

しばらくのんびりとしていたら、その静寂を破るような声が聞こえて来て振り向けば、網に入った魚を掲げた2人が、もの凄い勢いでこちらに向かって走って来ていた。

「凄い!!どうしたんですか!?」

何の魚かは分からないけれど、クリスさんが広げた網の中には15センチくらいのが一匹入っていた。

「水面近くにいるのを見つけたから、気付かれないように近付いて一気に網ですくった!!」

「網でやった方が速い!」

魚を掲げながら楽しげに話している最中も、魚の姿が見えないか水面を覗き込みながら探していた。

「それ…釣り竿の意味…ある…?」

その後も僕らは一匹も釣れなかったのに、網でやっていた2人の方が魚を捕まえていて、何かちょっと理不尽だ…。
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