上 下
1 / 22

しおりを挟む
光琉 ひかるを見つめて目の前の男が目を細める。
下から上に彼の視線が、光琉に這わせられた。
まるで獲物を品定めするような肉食獣の瞳。それに体が無意識でフルッと震えた。
そして彼は光琉と目を合わせると機嫌が良さそうに微笑んだ。
「お前...美味しそうだな......」
今にも舌舐めずりしそうな彼に思わず後ずさる。
(美味しそうって......!お、俺食べられちゃうの⁉)
距離を詰めてくる目の前の彼に、光琉はただただ怯えることしか出来なかった。


オオカミさんは子犬を愛でたい


「あおきせんぱ~~い」
犬塚光琉いぬつかひかる は構内に大好きな姿を見つけて笑顔になった。
ブンブンと大きく手を振って、向こうが光琉に気づいたのを確認すると一目散にそちらの方に駆け出した。
「犬塚」
遼は自分のところに駆けてきた光琉に笑をこぼす。その姿がまるで、ご主人様を見つけて駆け寄ってくる子犬を彷彿とさせ、遼は思わず笑いながらその頭を撫でた。
普段はツンとしている遼が笑うととんでもない破壊力がある。その笑顔に胸をキュンキュンとさせながら、光琉は頭を撫でてくれる遼を、えへへと嬉しそうに見上げた。
「これからお昼ですか?よかったら一緒に!」
「遼......この人は?後輩?」
意気込んでそう言葉にした光琉は、遼の横に立っている人物に気付いて眉を寄せた。
「ああ、大河は会うの始めてか。そうそう今年入学の一年。学部は違うんだけど、交流会の時になんでか懐かれちゃって」
「ふふ、そんなこと言って、遼のことだから新生活に慣れない後輩がほっとけなくて、色々世話焼いたんじゃないの?」
「世話ぁ?別に普通のことしただけだけど!」
目が覚める程イケちらかした王子顔に柔和な笑みを浮かべ遼の横にいるイケメンが笑いかけると、遼はほんのり頬を染めツンと顔を逸らした。
照れているのが丸分かりのその姿はとても可愛らしい。横にいる完璧王子顔のイケメンは更にデレッと口元を緩めた。
(何も言ってないのに何で分かるんだよ!神崎大河ぁぁぁ~~~‼‼‼)
自然と甘い雰囲気を醸し出す二人に、光琉は心の中で叫ぶと大河のイケメン顔を睨みつけた。
遼と出会ったのは光琉が入学したばかりの頃だった。
農場と牧場を経営している家に生まれ、北海道の大自然に囲まれた田舎で育った光琉の夢は、将来実家の家業を継ぐことだった。最新の技術を学ぶため設備が充実しているこの大学の農学部に入学し上京したまではよかったが。光琉はあまりに育った環境と違う大都会に完全にカルチャーショックを受け、生活もままならない状態になっていた。
そんな時行われた学部外交流会で出会ったのが遼だった。
ツンツンした態度とは裏腹に、一目で光琉が困っていることを見抜いた遼は光琉の身の上話を聞いてくれ、その上色々世話を焼いてくれた。電車の乗り方、乗り換え方、掃除洗濯料理の仕方、キャッチなどに声をかけられた時の対処法など、大きいことから小さいことまで事細かに教えてくれたのだ。
現在光琉がちゃんと学生生活を送れているのは、全部遼のおかげで。すっかり遼は光琉の憧れで大好きな先輩になった。そんな遼が。
光琉は目の前に立つ二人を見る。特に何も話していないのに、見つめ合って嬉しそうに微笑み合い、相変わらず自然と甘い雰囲気になっている二人に、光琉はハァと溜息を吐いた。
(俺の憧れの青木先輩がこんな顔面だけの優男に引っかかるなんて~~~)
光琉は嘆く。大学内ではすっかり公認カップルになっている大河と遼。校内には二人の幸せを見守る会なんてものもできている。
確かに大河はどこから見てもイケメンだ。その上次世代を担う天才として名高く、すでに論文が学会に認められ自分の研究室も持っている。どうやら実家も金持ちだなんて噂もある。そんな何もかもが備わっているのにお高くとまることもなく、大河は気さくでとても優しい穏やかな性格だった。
(くっ!考えたらいいところしかない‼)
だけど、遼はとても素敵な人なのだ。これだけのハイスペックを備えているからって、こんなに素敵な遼に見合うとは限らない。
(周りは認めても、こんな顔面だけの男が青木先輩の彼氏だなんて俺は簡単に認めないからな!)
「えっと神崎大河です。よろしくね」
一人息巻く光琉には気付くことなく、穏やかな声で名乗ると大河は光琉に向かって手を差し出した。
そして視線を合わせるとにこっと微笑む。
「............」
条件反射で差し出された手を光琉は律儀に両手で握り返す。
「えっと何くん?」
「犬塚光琉です......」
「犬塚くんかよろしくね」
大河は少し小首を傾げて、光琉に向けて笑顔になった。
「ぐっ............」
急に名前を呼ばれ、正面から受けた破壊力抜群の男前の笑顔に、赤くなりそうなのを変な声を出してどうにか堪える。
「ちょうど食堂に行こうとしてたんだ。犬塚くんも一緒にどうぞ」
握手を解くと大河はすぐに遼に視線を戻す。にこにこと自分を見て笑う大河に、遼もフッと笑顔になって。
「じゃあ、込みだす前に行くか」
大河と並んで歩き出した。
「..................」
「おーい犬塚!どうした?」
大河のキラースマイルから立ち直れず動けない光琉に遼は不思議そうに声をかけた。
(こ、こんな顔面だけの男......俺は負けないんだからな!)
もはや何の勝負か分からないが、負けるもんか!と心に誓う光琉だった。


「へ~獣医学科に研修に行くのか」
学食のからあげを頬張りながら遼は光琉の言葉を繰り返した。
「はい!牧場で色んな動物を飼ってるので、基本的な医療知識を身に付けたいんです」
「勉強熱心だよな、ほんと犬塚は」
えらいえらいと遼が光琉の頭を撫でる。嬉しくて光琉はふふっとはにかんだ。
「田舎から出てきたのも実家のためだろ。こんなちっこい体で一生懸命頑張ってるんだって思ったら......」
さらに遼はよしよしと光琉の頭を撫でまわした。どうやら遼はこういう忠犬わんこ系に弱いようだ。
「ここで学べるものは全部吸収したいので......だけどなんか研修を担当してくれる人が、獣医学部だけじゃなく医学部にも在籍してる人らしくて」
撫でられぐしゃぐしゃになった髪を直しながら、そんなこと可能なんですかね?と光琉は首を捻る。
「そんなのかなりストイックじゃないとできないことじゃないですか、めちゃめちゃ厳しい人だったらどうしよう......」
二学部を一緒に学ぶなんてそうそうできることじゃない。いや普通ならできない。そんなことができるのは並大抵の努力ではなくて。きっと、とてもタフで精神力が強い人に違いない。
(そんな人が担当って......俺ちゃんとこなせるかな)
そう思って光琉は怯える。
「あ......近衛が担当するんだね」
「はぁ~~~⁉あいつが担当なのか⁉」
大河が出した名前に、遼があからさまに嫌そうな顔になった。
「だったら大丈夫だよ。近衛は優しいし、それにめちゃめちゃ面倒見もいいしさ。安心して!」
ねっと笑う大河の言葉に、光琉はホッと胸を撫でおろす。
「そっか......青木先輩みたいな人なんですね。だったら大丈夫かも......」
「はぁ⁉誰が誰みたいだって‼」
「そうそう、遼みたい」
「やめろ!あんなガサツな大男と一緒にするな!」
騒ぐ遼の隣で大河はにこにこと笑っている。
(そっか優しいのか......なんとか研修やっていけそうでよかった)
大河の笑顔と、担当者が優しい人だと分かって光琉はホッと息を吐いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメンアルファ辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

処理中です...