【完結】僕の高嶺の花

金色葵

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今日もまた、コンコンコンと目の前の扉をノックする。
放課後、宰は天音の研究室に来ていた。
だけどいつもならすぐに、はーいと返事をしてくれる天音の可愛い声が聞こえるのに、今日は返事がない。
「.........」
宰は心配になって少しだけ扉を開く。
「せんせ~?入るよ......」
中に声をかけて、ゆっくりと研究室に入る。
「先生?」
天音を呼んで、中を見渡すけれどその姿は見当たらなかった。
机の上にはお湯の沸いたポットと宰の好物のお菓子、そして並んで置かれている天音のカップと宰のカップ。天音がここで待ってくれていたことはそれが証明していた。
「......どうしたんだろ」
そう呟いて、なんとなく不安に襲われた宰は、天音の姿を探すために研究室を飛び出した。


階段を駆け下りた先に天音の姿を見つけた。
(いた......!)
「せんせ......」
その姿を見つけて、宰は天音を呼ぼうとした。だけど天音が一人じゃないことに気付いて足を止める。
「いいじゃないですか、羽本先生」
「そんな......申し訳ないですよ」
聞こえた天音以外の声に、宰は反射的に廊下の陰に隠れる。
天音の前には男性が一人立っていた。長身でスタイルのいい男は、見るからに高級そうなスーツを着ている。
(あれは確か......法学部の......)
その男は法学部の教授だった。見た目も爽やかなイケメンで高級車で大学に通勤していて、お洒落で大人の余裕があると、女子たちが騒いでいたのを宰は思い出す。
(先生に何の用だ......)
そう思いながら、宰は二人の姿を気付かれないように伺った。
「今度先生の歓迎会の意味も込めて食事に行きましょう」
「先日も言いましたが......歓迎会はもう文学部の先生たちに開いてもらったので充分です」
どうやら天音はあの男に食事に誘われているようだ。先日もということは、これが初めての誘いではないようだ。宰はじれったい思いで二人を見つめる。本当ならすぐにでも止めに入りたい。だけど天音にとってただの生徒でしかない宰には、そんな権限があるわけなくて。
「僕が、個人的に先生にごちそうしたいんです。好きな食べ物はなんですか?」
天音の言葉も待たずに、教授は話を続ける。
「場所はどこがいいかな~食事ですが今週の金曜の夜なんていかがです。もちろん二人で」
「っ......」
(二人で⁉)
その言葉に、宰はあからさまに反応した。
(こいつ......完全に先生を狙ってる)
なおも教授はどこそこの何が美味しいとか、夜景が綺麗なレストランがあるとか、困惑する天音の様子を無視して喋る続ける。その雰囲気からは、俺から誘われて断るわけないという自信が暗に醸し出されていた。
そんな雰囲気に押されて、戸惑いを浮かべ天音がたじろぐ。
(あいつ...!先生が困ってるの見て分からないのか⁉)
困惑する天音の姿に胸がギュッとなる。天音にあんな顔をさせているのが我慢ならず、宰は思わず二人の間に入ろうとする。
「あの!」
だけど、意を決したように声を出した天音に足が止まる。
「歓迎会なんて大丈夫です......お気持ちだけ頂きます」
「えっ?」
小さな声で、でもはっきりと天音は誘いを断った。弱々しくも毅然とした目で教授を見る天音からは、はっきりとした断りの意思が感じられた。
天音の返事に教授が驚きの声を上げる。まるで断られるなんて思っていなかったというような反応だった。
「あのすみません!俺約束があるので!」
そう言って天音が男の横を通り過ぎようとする。誘いを断った天音にホッとしながら、緊張した顔をした天音を安心させるため、宰は身を潜めていた場所から天音の方に歩き出した。だけど。
「今、俺の誘い断りました?」
さっきまで愛想よく笑っていた教授の顔が変わる。素早い動きで男は天音の行く先を塞いだ。ビクッと体を揺らす天音の手首を教授が掴む。
「俺の誘いを断った奴なんて今までいなかったのに......」
急に雰囲気の変わった男が、天音の腕を乱暴に引っ張ろうとした。
「先生‼」
それに宰は駆け出すと天音を呼ぶ。宰の登場に驚いて、男は天音の腕を離した。その隙に天音と男の間に宰は立ちふさがると、天音の方に視線を向けた。
「羽本先生~研究室にいないから探したよ~」
わざと明るい声を出して天音に声をかける。
「ささき、くん......」
天音は宰の顔を見ると、ホッとしたように息を吐いた。そんな天音を背中に隠すようにして、宰は教授の方に向き直る。
「あなたは確か......法学部の教授ですよね?こんなところ(文学部)でどうしたんですか?」
「あ、いやぁ......」
宰の言葉に男は慌てるように頭をかく。下心丸出して天音を食事に誘っていたなんて、こういうプライドが高そうな男は、人に特に生徒にはバレたくないはずだ。案の定教授は気まずそうに、天音の前に立つ宰にたじろいだ。
「私は別に、羽本先生が大学に来たばかりだから、何か困っていないかと......」
教授は誤魔化すように咳払いすると居住まいを正してそう言った。
(いけしゃあしゃあと......)
心の中で悪態をつきながら、宰は何も気付いていないふりをしてにっこりと教授に笑顔を向けた。
「そうだったんですね、それでわざわざ文学部に。教授は優しいんですね~」
「ま、まあな......」
「俺羽本先生に授業で聞きたいことがあって......」
そこでちらりと宰は天音を振り返る、そろそろと視線を上げて宰を見る天音に、教授にバレないよう大丈夫だよと微笑む。
「そうか!それは勉強熱心だね」
「ありがとうございます。それじゃ先生いこ」
そう言って宰は笑顔で教授に礼をすると天音の方を向いた。そっと天音の背中に触れると歩くように促す。慌てて教授にぺこりと頭を下げ、天音は廊下を歩き出す。宰は教授を一瞥すると天音の背中を見つめる教授の視線から守るように、天音の少し後ろを歩きだした。
(本当ならしつこい男は嫌われますよぐらい言ってやりたいけど)
変に騒いで天音に迷惑をかけるわけにはいかない。天音は社会人でここで働く助教授なのだ。天音の立場が悪くなりそうな可能性は少しも残したくない。宰は心の中で教授に向かってベーッと舌をだした。
「早く研究室戻ろ」
「うん」
小さい声で呟いた宰にふわりと顔を綻ばせ天音が可愛らしく頷く。困惑が消え安心しきった表情で宰を見る可愛い天音に、宰の表情も綻んだ。微笑み合うと宰と天音は並んで歩き出した。
肩を並べて去っていく二人の後姿を、教授が虚ろな目で見ていたことなんて知らずに。
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