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再婚当初~男の訪問~

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エメリと再婚して間もない頃、王宮内の執務室に一人の男が訪ねてきた。

ノックもなしに部屋に入ってくると紙袋を抱えた大柄な男はドカリとソファに座った。

「よお。昼飯まだだろ?」

「おい、ノックぐらいしろよ…」

呆れるジョアキンをよそに男は紙袋から大量のサンドウィッチやリンゴを取り出し並べている。

「ここに来る時は、おまえ以外誰もいないのを確認してからにしている。俺が入るのを見られたら、妻を巡っての決闘だの…また変な噂を流されるといけないからな。ちゃんと注意を払っているし問題ないだろ?」

サンドウィッチを並べる手を止めて、ジョアキンに向き直る。

「一応、伝えたいこともあったしな。まあ、なんだ…その…結婚おめでとう。俺がこんなことを言うのも、どの面下げてって思われるかもしれないけどさ。ジョアキンが結婚したいと思える相手に出会たんだと思うと嬉しいよ」

ジョアキンは、頬を掻きながら照れ臭そうなに言うテオの姿に相変わらず不器用な男だと苦笑いする。

「結婚がめでたいかどうかは…さておき、俺が結婚したことでつまらない噂も一段落するんじゃないのか?」

「つまらない噂ねぇ。おまえが妻を束縛して執着のあまり軟禁していたとか…歪んだ性癖の持ち主で妻が逃げたとか…ありもしない妻の浮気を疑って貞操帯を付けさせたとか…だったっけ?」

「テオ、おまえ少し遠慮しろ…言葉を選べ!なんなんだ貞操帯って!そんな噂までされていたのか?!初めて聞いたぞ……」

どんな噂を聞いても、想像力が豊かな奴等だと馬鹿にするくらいだったが、流石に貞操帯という変態性の強い言葉に衝撃を隠せず立ち上がった。



ジョアキンと元妻レナータ、そしてテオは幼馴染だった。
レナータは公爵家の令嬢、テオは子爵家の次男だった。
両親同士の仲が良く、両親に連れられ頻繁に互いの邸宅を行き来するうちに三人もいつも間にか仲良しになっていた。

レナータは本来なら深窓の令嬢と言いたいところだが、子供の頃は大変なお転婆でジョアキンはレナータを女の子と思ったことも扱ったこともなかった。
虫や蜥蜴を自分達と同じように素手で掴める令嬢なんてレナータしか知らなかった。

三人が王立学院に入学したのは十二歳になる年だった。

ジョアキンはその容姿から入学直後から女子生徒の注目を集めていた。
印象的な金色の瞳。切れ長の目の目尻には長い睫毛が陰影を残し、どこか憂いを感じさせた。加えて白い肌と漆黒の髪のコントラストは艶めかしく、まだ十二歳の少年とは思えない色気を放っていた。

レナータが変わっていったのはその頃からだ。
子供っぽく幼稚な男二人に比べ、言うことも話す内容も大人びてきて二人を子ども扱いするようになった。
それでも、なんだかんだ言いながら気心の知れた三人で子供の頃と変わらずつるんでいた。

そしてジョアキンは王立学院に入学した頃から、レナータを見つめるテオの目が子供の頃と違うことに気付き始めていた。

ジョアキン自身は恋の経験がないものの、恋愛小説に出てくるありきたりな場面を思い浮かべテオに投影すると見事に一致する。恋する乙女さながらの恋する男の姿が興味深くて暫く観察していたくらいだ。

学年が上がり観察にも飽きた頃、知らない振りをするのにも疲れたジョアキンは学食でテオに聞いた。

「おまえ、レナータのこと好きなんだろ?」

テオは飲んでいたスープを盛大に目の前のジョアキンに吹きかけた。
運の悪いことにクラムチャウダーだった。濃紺の制服に白い液体が飛び散り悲惨な状態になった。

テオは耳まで真っ赤になりながら大声で怒る。

「じょ、ジョアキン!場所を考えろっ!何てこと言い出すんだよ…聞かれたらどうするんだよ!?」

「いやいや…おまえの吹き出したスープと大声のお陰で食堂中の注目を浴びているんだけどな……」




ジョアキンはサンドウィッチの中身を確認しながら顔を顰める大柄な男を見つめ、十年以上前の食堂での出来事を思い出すとフッと小さな笑いを漏らす。




レナータとテオが頻繁に二人でいるのを見かけるようになったのは王立学院の最終学年の頃だった。

学院を卒業するとジョアキンは王太子付きの事務官として王宮に仕えるようになっていた。王太子の行動スケジュールの管理調整を行う重要なポジションだ。新人でありながらもジョアキンは直ぐに頭角を現し王太子から信頼を置かれる人物になるのに、そう時間はかからなかった。

テオは学院を卒業後、騎士学校に進み難関と言われる騎士団に入団を果たした。
レナータは貴族の令嬢である以上、いつ結婚話が出てもおかしくない。
だからこそテオは急いでいた。
子爵家の次男テオと公爵家の令嬢レナータとでは正直、結婚は難しいところだ。
早く功績を上げて認められ少しでもレナータに相応しい身分を手に入れたいと奮闘していたテオに、恐れていたことが一番衝撃的な形でやって来た。

レナータの婚約、そして相手がジョアキンだと知らされたのだ。
衝撃を受けたのはテオだけではない、ジョアキンとレナータも同様だった。

二人が二十歳になると、レナータの叔母でもある王妃の強い勧めで、ジョアキンとレナータの婚約が決まったのだ。

両親の言い出したことなら説得し、どうにか回避することも出来ただろう。
しかし、王妃が言い出したこととなれば覆すことは事実上不可能だった。

想い合っている二人は駆け落ちする寸でのところまで追いつめられていた。

しかし、駆け落ちともなれば、すぐさま両家が捜索に乗り出すだろう。そう簡単に逃げ切れるものではない。見つけ出され連れ戻されるのが落ちだ。例え逃げ切れたとしても、二人が穏やかな生活を送るには経済的にも難しいだろう。

二人を見かねたジョアキンは考えた挙句、二人にある提案をした。
それは、自分が二人の為に出来る最大限の方法だった。

二、三年仮面夫婦として過ごし不仲説が定着し子供も出来なければ離縁することも難しくない。
自分はレナータに恋愛感情はないし夫婦の関係を持つこともない。
テオは二人の友人としてこれまで通り侯爵邸に通いレナータに会える。
少しばかり時間はかかるが離縁後は、レナータを可愛がっている公爵夫妻が離縁し傷ついた愛娘に無理矢理、気の向かない結婚を押し付けることもないだろう。

三人で相談し、決断し、そして決行された。

二人は、それぞれ課せられた役割を演じ、テオもレナータとの結婚を信じ、騎士としての道を万進した。

入団数年で騎士として一目置かれる程になり、特攻部隊の隊長になっていたテオは国境付近での紛争を驚くべき早さで鎮圧した。その活躍が認められ男爵位を手にしたのだ。

子爵家の次男だった為、自分で身を立てレナータを手に入れると騎士の道を選んだ彼の想いの強さに感嘆するしかない。

そして結婚から三年後、無事にジョアキンとレナータの二人は離縁することが出来た。
レナータは結婚と離縁によって傷ついた令嬢を演じ、その二年後にテオとの結婚を勝ち取ったのだ。

しかし、予想外だったのはジョアキンの悪評が想像以上に大きくなってしまったことだった。

それは偏にレナータの演技力のなせる業なのだが……。

「こんな悪評が未だに語られるのも…全てレナータの演技力の所為なんだけどな。喧嘩をしている様子や、言い争う様子をドア越しに使用人達に聞かせようと、ティーカップを床に投げつけて割るわ、時には悲鳴を上げてみたり…綺麗に整えていた髪を手で乱して部屋を飛び出したりなんかしてさ……花瓶の水で頬を濡らして泣いてように演出したり…本当に…迫真の演技だ……名女優だよ」

当時の呆気に取られるばかり自分を思い出しジョアキンは眉間に皺を寄せ吹き出すテオを睨みつけた。
今の悪評の殆どはこのレナータの名演技の所為だと思っているジョアキンは当時を思い出し苦々しい顔になる。

テオは拙いと思ったのか視線を逸らし咳払いすると座り直した。

「まぁ、結婚の祝いを言いに来たのと…実はおまえに相談したいことがあってさ…なに、大したことじゃない…レナータの誕生日プレゼントを何にしたら良いかさっぱりわからなくて…何かレナータの喜びそうなものを知らないかと思ってさ」

「はあ?夫婦仲が良いのはわかっているって、いちいち惚気に来るな。妻のプレゼントくらい自分で考えろ!」

冷たく言い放つとテオは叱られた子犬のように項垂れ、おずおずとこちらを見上げる。
ジョアキンは普段豪快なテオのこの表情のギャップに弱い。

「今まで俺が選んだプレゼントが…いまいち好みじゃないみたいなんだよな…レナータはありがとうって言ってくれるんだけど…笑顔が引きつっているというか」

「はあ?おまえ今までどんなプレゼントを贈っているんだ?」

「レナータが春は湖に行ってボートに乗りたいって言うから、女性でも使いやすい手漕ぎボート用のオールを特注で作らせたんだ。凄いだろ?なかなかの出来だったのにな…翌年はレナータが夏に大輪の花を咲かすヒマワリが好きだというから何種類ものヒマワリの種を大量に取り寄せてプレゼントしたし…それから」

「ああ!もういい!……言わせてもらう。なんか方向性がおかしい!絶対的におかしい!ヒマワリは種ではなくて花束で贈れ!ボートに乗るならおまえが漕げ!」

これ以上余計なことに係わりたくないとばかりにそっぽを向くも、明らかに肩を落とし小さくなる姿が視界に入り、参ったとばかりに瞳を閉じ溜息をついた。

「ああ!もう。わかったよ…何か気に入りそうなものを探しておく…俺だってよくわからないがレナータの身の回りの世話をしていた侍女なら好みくらい把握しているだろう…聞いておくよ」

「本当か!?恩に着る!お返しはきっとするからな」

「お返しなんてどうでも良いから…取り敢えず時間をくれよ」

「勿論だ!」

さっきまでの子犬のテオはどこに行ったのだろう。
こいつの困っている姿を見ると放っておけない、子供の頃からだ。

安堵して美味そうにサンドウィッチを頬張る男は口の中のものを飲み込み、熱い紅茶を一口すすると急に真面目な顔になった。

「おまえは冷徹だとか感情がないように言われることが多いが、実は正反対の男なのにな。情に厚く困っている奴を放っておけない性分だろ?」

どの口が言うんだ。
呆れて返事もせずサンドウィッチを掴んだ。

「無愛想だから余計に誤解されやすくて、おまえも否定することさえしないから損な性分だよな」

機嫌よくサンドウィッチをたいらげていく目の前の男を見ながら溜息をついた。


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