上 下
6 / 20

ホテルデュボア

しおりを挟む
 この業界に入って五年目、私は駆け出しのフラワーコーディネーターとして働いている。

 今日はホテルデュボアで仕事の日だ。
 
 ホテルデュボアは老舗の高級ホテルで世界のホテルランキングでも常に上位に入る誰もが憧れるホテル。なんと、そんな凄いホテルに数年前からロビーと廊下を飾る花のコーディネートを依頼されている。

 こういった格式の高いホテルから依頼を頂けるのは師匠の仕事が高く評価されている証拠だ。師匠はフラワーコーディネートの世界ではカリスマ的な存在で、私も彼女に憧れ今の職業を目指したのだから。

 しかし、師匠は三人目を妊娠中でもうすぐ産休に入る。ギリギリまで仕事をこなすと言っていたが、私としては産休も育休もしっかり取って欲しいと思っていた。

 私がもう少し頼りになるようでないと師匠も安心して休めないだろう…頑張らねば。気合を入れてホテルデュボア用の花と花器の確認に取り掛かる。

 ホテルでの作業はお客様の迷惑にならないよう深夜に行なわれる。
 色とりどりの花を車に積み、交通量の少ない深夜の道をアシスタントと共にホテルに向かった。

 師匠は支配人との打ち合わせのため先に到着していた。

「リディ、私が産休中はデュボアのコーディネートはあなたに任せるからそのつもりでね」

「はっ?…え?!……う、嘘ですよね。冗談はやめてください」

 師匠に直に仕事を教わってきたとはいえ、この世界に入って五年目の私には大き過ぎる仕事だ。流石にそれはないだろう…。

 はははっと豪快に笑う師匠

「萎縮してるの?リディのお花の良いところは上品ながらも、どこかのびのびとしているところよ!委縮したらその良さが消えちゃうわ!」

「む、無理ですよ…」

 慌てて師匠の腕を掴み縋る。

「あなたの仕事ぶりをホテル関係者の方も褒めてくださっているのよ」

 なだめるようにポンポンと肩を叩く。

「大丈夫、私もサポートするから。何事も経験よ?」

 もう決定事項だと伝えられ、嫌とは言えない状況が出来上がっていた。

「は、はい…よろしくお願いします…頑張ります…」

 私は動揺を隠しきれないまま仕事に取り掛かった。

 今日のコーディネートに使われるメインの花は芍薬と白薔薇だった。ホテル側から指定された花だ。毎年この時期になると芍薬と白薔薇を指定される。
 この季節の花なので適した花ではあるのだが…………この花を扱う時、必ず五年前の初夏を思い出す。


もう会うこともない相手を………。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 五年前のあの夜…深い眠りに落ちた私は、翌朝まだ薄暗い時間に目覚めた。私の横でフェリクスは穏やかな寝息をたてながらあどけない顔で眠っている。
 見れば見るほど美少年…いや、童顔美青年。
 ずっと見ていられるなぁ。
 ほうっと溜息が漏れる。


 昨日の夜のことを思い出すと、じんわり体の熱が上がる。こんな美少年たる顔を快楽に歪ませた。女の子みたいに喘ぐフェリクスの声が耳に残る。

「くぅ……」

 両手で顔を覆い突っ伏した。

 突っ伏したまま、ふと考える。この後、私達どうなるんだろう?

 フェリクスが目覚めたら……酒の勢いでいたしてしまったのは事実だ。酒で記憶がないとか…こんな地味女とするなんて酒の力があったからだとか……要は間違いだったってことになりかねないのでは…。

 彼が目覚めるのが急に怖くなった。最悪の結末をこの童顔美青年の口から聞かされるなんて堪えられない。


 私は身支度を整えるとオーナーにバスの運行について確認した。

 土砂崩れの道路は未だ通行は出来ないらしい。急遽、観光客の為に臨時のバスが運行されるのだが、来た時とは違うルートで、来た時の駅とは違う駅へ降ろされるという。スマホで調べると何駅か先で乗り換えれば家まで辿り着きそうだった。

 最初のバスが七時に出ると聞き、そのバスに乗ることを決めた。

 第二便は九時の予定だと聞いたので、八時にはフェリクスを起こしてもらえるようにお願いすると部屋に戻った。

 フェリクスはまだ寝息を立てていた。

 挨拶もせずにいなくなるのは心苦しかったが、目が覚めた彼と向き合う方がもっと怖かった。メモ用紙に急用を思い出したので朝一番のバスで帰ると書き残した。

 フェリクスのあどけない寝顔をもう一度見てベッドを離れると、私はそっと部屋の扉を閉め逃げるように去った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

完結*三年も付き合った恋人に、家柄を理由に騙されて捨てられたのに、名家の婚約者のいる御曹司から溺愛されました。

恩田璃星
恋愛
清永凛(きよなが りん)は平日はごく普通のOL、土日のいずれかは交通整理の副業に励む働き者。 副業先の上司である夏目仁希(なつめ にき)から、会う度に嫌味を言われたって気にしたことなどなかった。 なぜなら、凛には付き合って三年になる恋人がいるからだ。 しかし、そろそろプロポーズされるかも?と期待していたある日、彼から一方的に別れを告げられてしまいー!? それを機に、凛の運命は思いも寄らない方向に引っ張られていく。 果たして凛は、両親のように、愛の溢れる家庭を築けるのか!? *この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 *不定期更新になることがあります。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

冷徹義兄の密やかな熱愛

橋本彩里(Ayari)
恋愛
十六歳の時に母が再婚しフローラは侯爵家の一員となったが、ある日、義兄のクリフォードと彼の親友の話を偶然聞いてしまう。 普段から冷徹な義兄に「いい加減我慢の限界だ」と視界に入れるのも疲れるほど嫌われていると知り、これ以上嫌われたくないと家を出ることを決意するのだが、それを知ったクリフォードの態度が急変し……。 ※王道ヒーローではありません

処理中です...