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39 裏切り
しおりを挟む―――ドンッ!
血走った目が視界から消え、髪を乱したジルベールが現れた。
男は脇腹を蹴り上げられ横に跳ね飛ばされていた。
「俺が離れたせいだ!…ごめん」
腕をつかみ立たせるとジルベールは乱暴に私の頭を胸に抱きよせた。
「ジルベール……」
声が震えた。いつも当たり前のように傍にいた彼がいなくなった途端、自分がいかに彼の存在に護られていたのか知り頬を涙が伝った。
男がゆらりと立ち上がる。
ジルベールは私を背後に隠した。
目の前に現れた逞しく大きな背中に額を押し付け蒼い騎士服の背中をギュッと掴んだ。
嫌だ!もう離れたくない!
ふらつき真っ直ぐ立つことの出来ない下級神官の後ろに現れた人影。
――――――シェノビア様。
ジルベールの肩越しにシェノビア様の姿を見て助かったと思った。
シェノビア様は男から流れるように優雅な手つきで剣を取ると、真っすぐにジルベールに向け不敵に笑った。
「シェノビア様………?」
「…なるほど、内通者の大元がお前だったとはな…どうりで神殿深層部にも手が届く筈だ」
「ふふっ、ジルベール…正義感の塊の様な騎士を騙すのは思った以上に簡単だったよ。そこにいる恋に夢見るお嬢さんも甘い言葉を呟けば簡単に落ちるし。ホントつまらないくらい」
「なっ!……」
何を言っているの?甘い言葉とか…落ちるとか何?
裏切っていたのはシェノビア様の側仕えの神官でしょ……大元って…彼を動かしていたのがシェノビア様?…違う…違う、そんな訳ない!
じりじりと間合いをとりながら双方一歩も引かない構えだ。
だが、私を背に庇いながら動くジルベールの方が圧倒的に不利だ。
私の背が壁に着いたところで、ジルベールが斬りかかった。
その俊敏な動きを巧みにかわしながら剣を受けるシェノビア様。激しくぶつかり合う甲高い金属音がキンキンと響く。
その様子に息をのむ…二人とも全く息が切れていない…騎士として鍛え上げているジルベールならまだしもシェノビア様の身の熟しに目を奪われた。
「随分と俊敏だな?ただの神官ではないということか…」
ジルベールの動きの数秒先を読んでいる。この人、強い!
胸の前で組んだ手に嫌な汗をかいた。
大きく斬りかかったジルベールをするりとかわすと、流れるように片手で持った剣を振り下ろす。
血飛沫が頬にかかったのも気にする様子もなく口元は弧を描いている。
斬られた肩を押さえ持ち堪えるが、青い騎士服が溢れる血で黒く濃く染まっていく。
シェノビア様は容赦なく太腿にも剣を突き立てた。
「ぐっ……!」
「ジルベール!…嫌っ!…シェノビア様…やめて!!」
彼に駆け寄ろうとすると背後から腕を掴まれ振りほどけない。
振り向くと、クレメント神官を突き落とそうとしていた黒ずくめの男。
この顔、どこかで‥‥日に焼けた黒い肌を見て思い浮かんだ…神殿の庭師をしている男だった。
にやりと笑った顔にはどす黒い感情しか見えなかった。
庭師の男に背後から羽交い絞めにされ布を口に押し付けられた。
じたばたと抵抗するのも虚しく意識が遠のく。
シェノビア様が床に鮮やかな手際で魔法陣を描き上げると中に引きずり込まれ、意識が薄れいくまま転移した。
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