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第二話

再び地下へ 1

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 あれから数日が経過する。もし君が物語の主人公であるのなら、既に解決しなければならない問題が発生しているのだから、それだけに注力できるように「世界」が取り計らってくれるのだろう。

 だが、当たり前の話として世界が君に忖度してくれる事はない。たとえ、非日常な問題が襲い掛かってこようとも、とにもかくにも生活をしなければならない。

 仮に君が「武」を供給する仕事をしているなら、戦闘能力を向上させつつ何か策を考えたり準備する余裕ができるのかもしれないが、残念ながらそうではない。

 まぁそもそもがそういう仕事をしていたとしても、領土面積にして日本の3倍を誇るスカンジナヴィア半島を支配する4大貴族の一角とまともにやり合うだけの何かをたかが1週間やそこらで手にできることなどない。

 ここ数日で進んだ事と言えば、神殿の雑用を片付けつつ、訓練用のメイデンと殴り合い、その後クライン達と軽くお話してグローリエを選定するのだけはしない、彼女達は彼女達で考えはあるが、打てる策は複数あった方がよいのでそちらでも引き続き何か方策を考えて欲しい、といった所である。

 その辺りを総合して考えるなら彼女たちはもう独自に動きだしているようだ。いろいろと思惑はあるものの、君も今ある手駒で勝負するしかない。

 みたいな事を考えつつ、いつもの広間で何をするでもなく佇んでいた。
 思えば、ここに飛ばされた当初は右も左もわからないまま、ただ生きる為に目の前の出来事に反応していただけだったが、それもこの所はいつもと変わらない風景となりつつある。

 なんだかんだいってもここが最も人が集まる場所なので、今日も実に様々な者達が集まっている。

小金持ちとなった者達が普段ではできないような遊びに興じている。
歌を歌ってみたり、踊ってみたり、一芸を披露してみたりと、そのような者達から金を引き出そうとしている者達。
ちょっとしたいざこざに対して即興の賭場が開かれていたり。
個室の方で商談をしている者達。
風呂や娼館、魔術師組合のような施設を利用しにきている者達。
1秒で首を飛ばす芸とかを見せて武を売り込んでいる者達。

 ただ、今の君はそのような者達の中に混じって、もっと貧しい者達の姿も目に映るようになっていた。

腕や足に障害があり、まともな仕事はできないので、床に散らかったゲロとかを片付けている者がいる。
そこらに捨て散らかしたゴミを文句を言う事もなく片付け、その中から使えそうな物を漁っている者がいる。
もっと状態が悪くなると、暖かめの壁に寄りかかって座り込み、目の前に空のお椀を置いて人の善意に頼るしか方法がない者もいる。

ややマシな者であれば、どこから集めたのかは分からないが水を売っていたり、安っぽい作りだが祭りの屋台などで見るなら何か買ってもいいか、と思わせるぐらいの手製の装飾品を売っていたり、子供狙いでカチャカチャ音が鳴ったりヒョコヒョコ動く簡単なオモチャを売っていたりする者がいる。

日本で言う所の安い傘や蓑、草履売りに相当する日用品を並べている者もいる。

労働力の供給という部分なら、靴磨き、鎧磨き、家畜の世話、屠殺、等々。

 これまでは気づかなかったが、存在を認識できるようになると、そういう人達が実は、結構いたのが分かる。
 人間とは、情報を取捨選択して勝手に認識するものだから、その場にいたとしても、自分とかかわりない人間なんて背景と変わらない。でも、違う景色を知ったなら一気に認識できるようになる。いい、悪いではなく、人間の認識とはそういうものなのだ。

 そのような者達は言うまでもなく、ちょっと人がやらない、嫌がるような仕事をやっている。そうやってでも生きていかないとならない。嫌だから、程度の理由でやらなかったら死ぬ。じゃあ死ぬのか、といったらそれを受け入れる者はまずいない。単純な理屈だ。

 今、この瞬間は小金持ちが一気に増えたのもあってか比較的皆温厚な状態なので、そういう貧民達を小突いたり蹴っ飛ばしたりみたいな光景はほとんど見られない。
 だが思い返してみたら、ちょっと前であれば、そういういわれのない理不尽な場面もちょくちょくあったよなと。
 現代日本でも、そういう貧民達を蔑みの対象としてみるだけでなく、たまに「狩り」と称して集団で襲い掛かり殺してしまうような事件が報じられる時があるが、ここでも多分、知らない所ではそういうのもあるのだろう。

 生きるというのは、単純だけど難しいものだな、などと感慨にふける。何となく受付の方を見ると、ミリアとサクラリーダー(ようこそセッスルームニル地上店へを読もう)が何やら相談しているのが目に入った。

「何かあったの?」

「何かあった、という程ではないのですが・・・」

「まぁ、アレだ。『下』に物資を持ってきて欲しいんだが、人選でちょっとといった所でな」 

「それ、今はオレがその役になってるけど?」

「はい。そこまでは問題ないのですが……問題は貴方だけでは厳しいので、せめてもう1人欲しいのですが、というお話です」

「まぁ、お前さんが意味がワカランレベルでちょ~強いってのなら1人でも問題ないんだけどなぁ~……さすがに片手でドラゴン倒すとか、無理だろ」

「できるか! アホ!!」

「まぁ、そこまでは言い過ぎって思うかもだけど、あの旦那とかならホントにワンパン撃破とかできるからなぁ~」

(オーバーマイソロジーヒーローか……いや、無茶苦茶言うなよ……)

「とまぁ『強い』ってのの程度の問題っちゃそうなんだが。もう少し現実的なラインで言うなら乱戦中で100人斬りできるぐらい、とか」

「どの辺が現実的やねん。そらドラゴンワンパンとかからしたら現実的なんかもしれんけどやな……」

「まぁ要するに一人で歩いてもまぁまず何かに倒される事無く突飛もない事態が起こってもある程度対処できる強さがあるってのを満たすなら、それぐらいは要求されるってわけだ」

「すげぇな、この世界。そんなに危険なんか」

「まぁ~、この仕事は町の地下と往復するだけなんで、実際はそこまではいらんけどな。もし本当にそんな能力が要求されるような状態だったら、とっくの昔にこの町が滅んでるんで……とはいえ、お前1人では厳しい」

「それは確かにな。それなりに訓練とかもやりだしたけど、こういうのって、基本的には最低ツーマンセルだからなぁ……場所が場所なんで女の子に行かせるのもどうかと思うけど、クライン達は?」

「は、難しいでしょうね。連日連夜の消耗品増産体制に組み込まれていますから……先のバロン戦でギルドの在庫を使い果たしただけでなく、他のギルドからもひっかき集めましたから、想定より状況は悪いというしかありませんからね」

「あの1戦の裏で、そんなになってたのか」

「発見が早かったおかげで学徒出陣まではやらずに済みましたから、まだマシでしたが…」

「とにかく人がいないから人を使わなくても、オレが地下との往復の間の行動をトレースして突発的な状況に対応できれば問題は解決なんだとうけどなぁ・・・」

 と話していると、ふと現代人らしい解決案を思いつく。

「ぁぁ~、それだったら、条件付きとはいえスマホが使えるようになったんで、コイツと少尉殿をリンクさせてオレの位置情報を拾うってのは? それだったら、少尉殿の処理能力を少々、それに割くだけで事は足りるはず」

 確かにこれが現代であればそれも可能なのだろうが……

「残念ですが…そのスマホの電波を拾うシステムがこの紀元0年には存在しません。本来、携帯電話の電波はそこまで遠距離まで届きませんからね」

「ぁぁ~まぁそうだよなぁ……っつってもUSBとかで繋いで有線という訳にもいかんだろうし……ゴブリン戦の時に使ったクリスタルボールで見るってのは……」

「当然可能ではありますが、結局、クリスタルボールで監視する、という部分に人を割かないといけませんから、本末転倒ですね」

「デスヨネ~」

 とやっていると、テレポート用のお立ち台の上に59号と63号がテレポートイン。

 どうやら白目を剥いて気絶しているようだ。どこで何をしてそうなったのかは不明だが、59号達の実力では自力でテレポートは使えない。アイテムを使うにしても白目を剥いて気絶しているような状態でアイテムを使えるとは思えない。一体どうやってテレポートしてきたのだろうか?

「そういえばマチルダと一緒にエルフ村の方についていってましたね。恐らく、何かあった時の為に、条件を満たした時に自動発動でここにテレポートするように彼女が設定しておいたのでしょう」

 59号達の状態を確認していたミリアの見立てである。

「この世界の魔法ってそんな事までできるんだ」

「ダンジョンにあるテレポートのトラップの応用ですね。ああいうものも誰かが魔法で作らないと設置できませんからね」

「まぁそらそうだ」

「恐らく、エルフ村の方でロクでもない目にあったのでしょう……アウェイクン」

 アウェイクン:気を失っている者を起こす魔法。

 魔法を受け意識を取り戻す2人。

「!! ……・・・!? なんじゃこらぁ~~」

「ぃ!! ヒィィィィ~~!! あんなん、オレ達の知ってるエルフちゃう!! あいつらは違うんやぁ~~~!!」

 不定の狂気に捕らわれつつあった彼らに対して更なる魔法。

「カーム」

 興奮、恐慌、憤怒などで、精神が高ぶり過ぎてまともな状態ではない者を落ち着かせる魔法。ただ、この魔法ではその根本的な原因を取り除くわけではないので、同様な状況が発生した場合、再発する事に注意。

 魔法により正気を取り戻す。

「!! ……・・・危なかったぜ・・・」

「どうやらエルフ村で相当お楽しみだったようで」

「ミリア…さん!? ぁぁ、保険でかけてもらった魔法のおかげか……あんなんオレらの知ってるエルフとちゃう!!」

「なんなんっすか! どいつもこいつも……」

(とりあえず、わからせようと思ったらわからさせられたってのはわかった)

 詳しく状況を聞き出しこそしなかったものの、何となく何があったのかは察せられた。

「ともかく一度、風呂にでも入ってさっぱりしてくるのはどうでしょう」

「せやな」

 テレポートのお立ち台からヨロヨロと立ち上がり、互いに支えあうように体を寄せ合って風呂場に向かう2人。
 そんな彼らを見送りながら

「あそこのエルフは結構、肉食系な方が多いですからねぇ~」

 などと嘯く。

「・・・それはそれとして。俺の見立てだと、今、テキトーに声かけして仕事をやってくれそうなのって、多分、あいつらしかいないと思うんだが……」

 さほど長い付き合いではないが、これまでの彼らの人となり、期待できる戦力、逆に発生しそうな問題、等々を天秤にかける。

「う~……ん……」

 地下のドヤまで荷物を輸送して帰ってくるだけなので、モンスターとの遭遇でもない限り無難に終わるのは事実だが。ただ、大した強さではないとはいえモンスターが出ないわけではない。そうなった場合、今の君より貧弱な彼らでは……

「とはいえ、今、この瞬間は彼らぐらいしか人がいないのも事実ですからね……」

「それもそうなんだよなぁ……結局、あんなのでも使うしかないんだよなぁ……」

「確かに。どこでもここでも常に優秀な人材ばっかりとはいかんもんなぁ~……ので、あいつらがやるっていうんなら、それで」

「了解しました」

 数十分後。準備を整えた3人が地下に続く入口に揃う事になる。
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