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~四章 忘却の男編~

二十一話 屍と剣

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 赤い鮮血が墓地に舞う。かの剣士の右目から痛々しく血が溢れ、それはもう二度と開くことのないものだと証明をしている。

「うっ……あぁあああ!!」

 自分の目を刺した目の前のしかばねに剣を一閃して両断すると、彼はよろよろと後ろへと下がりながら右目から流れる血を押さえるように片手で覆った。

「マルセロ!!」

 僕はすぐにでも彼の元へ行ってその傷を診てやりたいが、周りを囲む亡者達がそれをさせない。

「はい。マルセロくんの右目はこれで失くなりました~。どうだいマルセロ? その右目、痛いだろう? 苦しいだろう? 絶望するだろう??」

「ぐっ──ほざけっ……! 片目などなくても貴様を斬るに支障は無いっ!!」 

「ああ~……いい! 強がる君、とっても無様でいい感じだ! あっはっはっ! 最高だよ! 苦しむ君、最高! あともう一つその左目を潰せば君は二度と姫を見ることなくあの世にいけるね!」

 木の上から敵の嘲笑が降ってくる。口を大きく歪ませて笑うその男はもはや人の心は無い。自身の能力に溺れ、強さを乱暴に振る舞う子供のようにも見える。

「さあ休んでる暇は無いぞマルセロ! その左目、いやさ四肢にいたるまで君をいたぶってやろう!」

 怪しく吹かれる笛の音に亡者は荒い息をあげると、マルセロと僕達に間髪を入れずに襲う!

「ちっ──!」

 マルセロは迫る何体もの亡者を何とか斬り伏せるが、その片目を潰されたダメージは尾を引くように彼の動きを鈍らせている。

『正面──! 距離を取れ!』

「うおおっ!」

 僕もファリアを守りながら何とか亡者の攻撃をぎりぎりで避けているが、それも限界が近づいているのがわかる。際限なく地中から増え続ける亡者はダメージを与えても、ものともしないその死で纏った体は永遠にこちらを疲れる事なく襲うのだ。

「ハザマさん! マルセロさん……!」

「くそ……! このままじゃ……」

 心配するファリアを背に僕とマルセロは肩で呼吸するようその疲弊を表している。攻撃の軸である彼が深い痛手を負ったのはでかい。現状であの木の上でほくそ笑むあの敵を倒す手段が浮かばない。

「いやあ……頑張るものだねマルセロ。楽しいよ、苦しむ君はとても楽しい。でも流石にもう動けないだろう? 僕の操る亡者はいくら倒しても無駄だからさ、もっとその憎らしい顔を歪ませて絶望しなよ!」

「下衆め……! お前だけには絶対に負けん……! この剣とレジーナに誓って!」

「おお~怖い! その自信どこから来るんだよマルセロぉ! 自分の置かれた立場も解らず、口だけ吠える畜生が一番愚かで無様だってことまだわからないんだねえ君はねえ!」

 二人が睨み合う。しかしマルセロはこの状況下でもまだ闘志だけは燃えていた。僕はその敵の油断を何とかつけないかと知恵を振り絞るが、妙案は出てこない。──だが、そんな僕にも普通の人とは違うある能力を持っている。

「(──頼む……! 天の声よ、聞こえてたらこの窮地を脱する方法を教えてくれ──!)」

 僕は静かに力強く、そう念じると──天の声は僕を導くようにこう答えた。


『────逃げろ。この敵には勝てない。その二人を犠牲にして、お前だけでも逃げろ──』


「──なっ……」


 それは、今までにない指示であった。これまで助けてくれたあの声は無情な選択を言い渡したのだ。

「そんな……そんな事は──できないッ!」

「……ハザマさん?」

 拳を強く握って僕は言った。背にいるファリアが不思議そうに僕を見つめる。

 僕はその時わかった。この天の声は僕の味方・・・・ではあるが、その他の誰かまでは助ける選択肢は無いのだと。

「ファリア、マルセロ! 僕も諦めないぞ──! この亡者も、あの笛吹き男も必ず倒して帰るんだ!」

「…………なんだ君? ちょっとムカつくなあ。全然心が折れて無いじゃないか。この状況下でまだ勝てるとか思ってるの? どうやって? 教えてくれよお!」

 ヨルゲンセンの笛と共に亡者の鋭利な骨が僕の左腕に突き刺さる!

「があ──っ!」

「ハザマさん!」

 腕から血が止まらない。避けたつもりだったが僕の身体はやはりもう限界だ。足がもたついている。

「ふん、ほら何もできないじゃないか。強がる奴はめんどくさいねえほんと」

 ヨルゲンセンは鼻を鳴らして馬鹿にしたような口調で言ってくる。

「この程度──この程度の痛み、愛する者を守るためなら大した事などない……! お前にはそれが一生わからないだろうなヨルゲンセン!」

「はあ? 何をわけのわからないことを……」

「マルセロの言う通りだ! こんな傷、誰かを想う気持ちがあるならばかすり傷だ!」

 僕とマルセロは流れる血をも気に止めぬ。その人の想いの強さを気丈に敵へと浴びせた。

「……あっそ。最後に言いたいことはそれだけ? そんなつまんない言葉でいいの? じゃあ、死ね──」

 ヨルゲンセンは酷く冷たい目をして止めを刺さんと笛を口へとあてる──

「……わかってないわね。あなた」

 笛を吹く直前、敵の真横から声が聞こえる。

「レジーナ!」

 マルセロが叫ぶ。ヨルゲンセンの隣で木の上で横たわっていたレジーナが目を覚まして言った。

「やあ姫。目覚めたんだね。もうこの戦いも終わりさ。後は下にいる愚かな虫共を惨殺するだけさ。丁度いい、あの無様で愚かな男の最後を二人で見届けようよ!」

「──やっぱりあなたは何もわかってない。人を想う気持ちの無いあなたを好きになる人なんていないわ」

 レジーナはヨルゲンセンの目をまっすぐと見て答える。

「何を言ってるんだい姫? 君を愛せるのはこの世界で僕だけなんだよ?」

「あなたには人を愛する権利も資格も無いわ。他者の痛みを知らずして育ったその腐った性根、あんたなんか……大嫌いよ!!」

「おう……姫……」

 ヨルゲンセンはその彼女の言葉にうつむくと、

「君は────なんて……なんて…………ツンデレ・・・・なんだ!!」

「はあ──?」

「あっはは! わかるわかる! 好きな人の前だとついついイジワルしたくなっちゃうよね! 大丈夫だよ姫! 僕は君のそんなところも大好きさ!」

「こいつ……!」

 そのストーカー男の言動に彼女は驚きを隠せない! もっともたちの悪い、純粋なる"悪"! この男からはそれが悪気も無く、心の底から自身が正論たらんとした言葉が溢れて来るのだ!

「レジーナ! 待っててくれ! 今すぐに助ける!」

「マルセロ……その必要は無いわ。助けるのは──私の方──!」

 次の瞬間、一同は目を疑った。大きな木の上から、レジーナはその身を投身したのである──!

「レジーナ!!」

「レジーナさん!」

「姫!!」

 誰もがその彼女の行動に釘付けとなる! 彼女を助けられるのは距離がもっとも近いマルセロであるが、亡者が囲むこの状況ではそれも不可能である!

「おおお! レジーナぁぁ!!」

「姫!! 亡者どもぉ!!」

 瞬時に動いたマルセロとヨルゲンセン。そして笛の音がより一層墓地に忙しく響くと、僕達を囲む亡者が揃いも揃って木の下へと全速力で集まってきた。

「姫を助けろおお!!」

 ────ドスン!

 まるで大きなクッションのように積み重なった亡者達が、落ちてくるレジーナさんを受け止めた。

「た……助かった……」

 僕とファリアがその間一髪の救出に安堵の息をもらすと、

「マルセロ──今よ!」

「──ああ!」

 積み重なった亡者を階段のように駆け、マルセロは木の上へと舞い上がった!

「マルセロぉ!!」

「おおおおっ! 『稲妻斬り』!!」

 ズザアッッッッ!!

 月夜が、左右に別れた半分となった一人の男の影を美しく照らした──。

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