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~四章 忘却の男編~

十五話 危機一髪

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 それはまるで金のペンキの中につっこまれたかのような光景であった。カーフはもがく。だが掴んだマダムの手は彼の首に固定されたようにびくともしない。

「ぐ、おおおっ!」

 胴体が全て金に変わる前に彼はまだ動く両手を振り回してマダムを殴ったが、すでに黄金と化した彼女の体にそんな攻撃など無意味である。

「愚かでしてよ! さあお前もここにいる者達と同じく金に染まり、変わり果てなさいな!」

「カーフ……っ!」

 僕はもう完全に動けないその黄金と化した自分の体と窮地のカーフを見て絶望した。敗因は敵の能力を見誤ったことか? それとも自分の実力不足? ……答えは全てであろう。僕はファリアを助けられないのか、所詮は口だけだったのか、後悔がとめどなく溢れるももう遅い。

 今僕にできることはもう黄金に変わっていく彼を見るしかない。そしてあと一分もしないうちに僕のこの目も口も完全に金に染まるだろう。

「(ファリア……すまない……)」

 次第に薄れていく意識の中で僕は彼女の方を見ながら懺悔をする────しかし、あの声・・・はこのまま死ぬことを許さないかのように僕の脳内で叫んだのだ。


『暖炉だ……暖炉を狙え──!!』


 あまりにも唐突な指示、僕は広間にある大きな暖炉を見る。

「……だん……ろ……?」

 別に何の変哲は無い普通の大きな暖炉だ。しいて言えば豪邸にしか無いような巨大な暖炉だが、それが何を意味しているかはわからない。しかし──この絶体絶命の状況であの声が無意味な事を言うとは思わない。僕はまだギリギリ動く口を動かして最後のあがきのように叫んだ。

「カーフ!! 暖炉だ! 暖炉を狙うんだ!!」

 ありったけの大声──そして次の瞬間には僕の口は黄金になり、もう何も喋れなくなった。

「ほほほほ。気でも狂ったかしら? まあ仕方ないこと、恐怖を目の前にして錯乱するのは珍しくありませんわ」

「暖炉…………! そうか……!」

 カーフは左半身と顔面の横半分が既にもう動かない。残る剣を持った右手を思い切り振り上げると、暖炉に向かって剣を振って衝撃波を繰り出した。

 バゴオッ! と、衝撃波が暖炉の中に命中すると、広間を暖めていたごうごうと燃える火が消えて、ぶすぶすと煙を出している。

「あらあらあなたまで気が狂ったのね。嫌ですわ、お部屋が寒くなるじゃない……ほほほほほほ!」

「(やれる事はやった……しかしあの暖炉には何が……)」

 僕は笑うマダムと、今の一撃を最後にもう右手も黄金に変わって完全に動けなくなったカーフを見て意識を失いそうになる。

「そんなに……面白いか……」

 カーフは残った顔面の横半分から口をぱくぱく動かして皮肉に問う。

「ほほほほほほ! これが面白く無い訳ないじゃない! ここにまた私のコレクションが増えて、自分の富を誇示できる! 貧乏人には一生かかってもわからない道楽なのよ! ほほほほほほ!」

 マダムはその大口を全開にして高らかに笑った。それに対しカーフは片目を光らせて、こう言った──

「……あの世で笑ってろ──黄金の亡者め」

 ザシュゥッッ────!

 ──何が起こったのか、僕は消え入りそうな意識を取り戻すように驚きながら目の前の光景を疑った。

「──な、ああ、あ?」

 金に染まるマダムの大口から大量の赤い血が吹き出した。その血はマダムの体を真っ赤に染めるが如く止まらずに溢れ出す。

「どうやら口の中までは黄金に出来ないようだな──」

 カーフが言う。僕は状況の理解が追いつかず、意味がわからない。彼は動けないのに、何故マダムが血を流して、え、あれは──剣……?

 我が目を疑う。信じられない。マダムのあの大口に一本の剣が垂直にぶっ刺さっていたのだ。そしてそれはカーフの剣じゃない。だって彼の剣は右手と一緒に黄金になっているからだ。じゃああれは……と、その時──

「……ギリギリだったな。カーフ、お前にしては機転がきいたな」

 謎は真実を現すように僕達の目の前にその姿を見せた。その男はどこからともなく現れたのだ。これ以上の説明はできない。本当にその場に突然と現れたのだ・・・・・・・・

 まるで透明人間……そう頭によぎった時、僕は察する。それは逸脱の能力、この男は能力者でおそらくカーフの仲間なのだと。

「がっ、ああっあ……!」

 バタンと、地響きを鳴らしながら最後の断末魔をあげてマダムは倒れ、そして絶命した──。

 彼女が死ぬと、僕とカーフの黄金になってた体が溶けるように元へと戻っていく。

「やっ……やった……! 倒したんだ……!」

 僕は歓喜する。手足が徐々に動けることを確認すると、生きていると言う実感が心の奥底から湧き出てきた。

「助かったよネスタン・・・・。お前は外にいたんだな。もっと早く気づけばよかった」

「この豪邸が急に扉や窓が黄金になっていくのがわかってすぐに脱出したんだ。お前が逃げ遅れた事はすぐにわかったが、今度は逆に助けに行けなくなった訳だ」

 カーフは自分の仲間らしきその男に感謝を述べる。男は鼻で笑いながら腕を組んでカーフを見ていた。

「苦労したぞ。なんとか入れそうな場所と言えば煙突くらいしか無かったからな。それでも下に火がくべられてたから入れなかった訳だが……お前はそれに気づいて火を消したんだろ?」

「ネスタン、実はこれには功労者がいてな。彼がヒントをくれたんだ」

 カーフは僕をちらりと見て言うと、ネスタンと呼ばれる男も僕を見た。

「ん? お前はたしか、旅人の小屋にいた奴……」

 男が言うと、僕は昨夜のことを思い出す。あの晩、僕はあの小屋でカーフが何者かと喋っているのを聞いた。そうだ、その正体はこの男なのだ。彼は僕に目撃されないように能力を使ってたぶん隠れていたのだ。

「そうか……二人分の声がしたのはあなたの声だったんですね……」

「ほう、俺達の会話を聞いていたのか。……ならば──」

 男はマダムの口の中に刺さった剣を抜くと、その血に塗れた剣を僕に向けてきた。

「!?」

「待ってくれネスタン! こいつは会話の内容までは聞いてない。それにこいつは逸脱だ。私達と同じだ。こいつの能力があったからお前を呼ぶ事ができたんだ。できれば生かしてやりたい」

 咄嗟に間に入るようにカーフが男の構えた剣を止めた。

「……本当か? おいお前、北の大陸の住人か? 何者だ、答えろ」

「……僕は──」

 僕は自分の身分がわからないと素直に答える。所々怪しまれたが、その度にカーフがフォローしてくれると男は納得したように剣を納めてくれた。

「しかし不思議な能力だな……助言をくれる能力か。まだまだ世の中には俺達の知らない能力者が眠ってるようだな」

「わかって貰えて助かるよ……そうだ──ファリア!」

 僕は事情を説明し終わって彼女の方を向くと、手先の方からその黄金が溶け始める。やがて彼女を変化させてた黄金が全て溶けきると、前のめりに倒れそうになったので僕は急いで彼女を優しくキャッチした。

「ファリア! 大丈夫か! ファリア!」

 僕はあせるが、その確かな人肌のぬくもりと彼女の呼吸が聞こえてきて安心をした。

「よかった……生きてる……」

 その場で彼女を抱きかかえながら座り込むと、安堵の息をもらした。気づけば辺りを覆っていた黄金の壁や扉も元の姿へと変わっていき、豪邸は本来のものに魔法のように戻っていく。

「どうやらマダムの死でここにいる被害者達もじきに元の体へと戻りそうだな……。ネスタン」

「ああ、やる事はやった。不特定多数に我等の姿を見られても困る。カーフ、急いで戻るぞ。隊長が待っている──」

 カーフとネスタンと呼ばれる男はきびすを返して広間を去ろうとする。僕はそんな彼を呼び止めようと口を開けた。

「カーフ! もう行ってしまうのか、まだ礼もろくに言ってないのに──」

「礼なら不要だ。助け合ったからこそこの戦いは勝利へと繋がったのだ。……ハザマ、悪いが私達の事は他言無用で頼む。こちらにも色々と都合があってな、勝手ながら男の約束を申し込みたい。頼めるか?」

 カーフは去り際に言う。僕は頷いて彼の目を見た。

「カーフ……ありがとう。君が何者かは知らないが、助かった。今日の事は僕の胸の中にしまっておくよ」

「……助かる。ハザマ、お前の記憶が戻ることを願うよ。それまでその彼女をしっかり守ってやれよ。その能力があればお前は今日みたいに必ず苦難を乗り越えられるさ。じゃあな──」

 その言葉を残して彼は仲間と共に颯爽と闇夜に消えた。どこの誰かもわからない、しかしそんな誰かの助けのおかげで黄金に染まる今宵に幕を閉じれたのであった──。


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