上 下
126 / 157
~四章 忘却の男編~

五話 雪の盗賊

しおりを挟む

──────────────────


 また深い眠りが今日も僕を迎える。夜から朝にかけるこの刹那的であり、悠久でもあるようなこの時間は僕にまた例の夢を見せるのだ。

 黄金に染まる花畑、澄み渡る青空、誰もいないこの静かで何とも心地の良い空間の中に僕はいる。

 いつもの夢と同じ、しかし見飽きる事の無い美しき景色、そして決まって必ずその花畑の中心にいるのが安楽椅子に座った謎の人物──。


『──お前は、必ずここに戻って来る。ここに戻って来なくてはいけないのだ』



 見知らぬ誰かのその言葉を境に、僕は再び忘却した現実へと引き戻されるのだ────。


──────────────────



「──さん! ハザマさん! 起きて下さい!」

「…………あ……朝か……」

 ファリアの呼び掛けで目を開けると、僕はまた見慣れぬベッドの上にいた。ぼんやりとする思考、ここはどこなのか……僕は目を遠くさせる。

「ここは……」

「うふふ。ハザマさんまだ寝ぼけてますね。ここはロトルです。昨日の夜にこの町へ着いて、そのまま宿屋に入ってすぐ眠ってしまったじゃないですか」

 ああ、そう言えばそうだったと僕はやっと状況を理解する。なんせ起きる瞬間までは僕は夢の中でどこか綺麗な絶景にいるもんだから現実とのギャップに少々違和感があるのだ。

「……どうしたんですか? ぼーっとして」

「あ、ああいや何でも無い……。なんだか不思議な夢を見ていてね……」

 僕はベッドから起き上がって少し身体を伸ばすと、上着を着て部屋の窓の外を覗いた。ロトルの町は家々の出入口が少し小高い設計で作られた町である。それは扉が雪に埋もれてしまわないように作られた設計で、今日も雪は朝からしんしんと降り注いでおり、どの家の屋根からも暖炉の煙がもくもくと空へと昇っている。

「静かでいい町だね。ちょっと寒いけど」

「ロトルにはたまに買い物で来るけどいい町ですよ。観光的な見所は無いですが人が優しく平和な町です。ここで少し色んな話しを聞きましょう」

「そうだね。ここ最近で変わった事がないか聞いてみよう」

 僕は身支度をすませると、二階にある部屋から彼女と宿屋の下に降りる。

「ハザマさんお腹減ってませんか? 朝食はどうします?」

「あとでパンでも買って簡単に食べるよ。ファリアは?」

「私はもう頂いたので大丈夫です。それじゃあ外に出ましょうか」

 宿の外へ出ると一気に凍てつく空気が顔面を襲った。耳の先まで冷えるこの空気はやはりまだ慣れない。白い息を吐きながら僕と彼女は町の広場の方まで歩く。

「そう言えばファリア、宿代なんだが……」

「宿代?」

「いや、僕は昨日ちゃんと払ったかなと思って……」

「ハザマさん忘れちゃったんですか? 昨日の夜、私がハザマさんの分も一緒に出そうとしたら『自分の分は自分で出す』って言って払ったじゃないですか」

 彼女が答えると、僕は一瞬混乱した。

「えっ、でも僕はお金なんて……」

 僕は自分のポケットに手を入れると、そこに何か・・があるのを感じてそれを引っ張り出した。

 その何かは二十枚ほどの紙幣であった。しかも一番高い一万Gゴールドの万札、それが僕のポケットに無造作に入っていたのだ。

「あれ……? なんだこのお金──僕、こんな持ってたっけ……?」

「私もびっくりしましたよ。ハザマさん結構手持ちがあるんですね! これならこの先の旅もそこまで心配なさそうですね」

 まったく記憶に無いがどうやらこれは僕の所持金らしい。記憶を失う前に手にしていたものだろうが、とにかくこれは幸いだ。所持金無しなんて事よりはよっぽど役に立つ。不幸中の幸いだと思って僕はこの事に感謝した。

「ハザマさん。広場にいる人達に話しを聞いてみましょう」

 町の広場に着くと朝から散歩や買い出しに出てる人達がちらほら見られる。僕は道行く通行人の一人に声をかけて、最近この辺りで何か変わった事などはないかとを聞いてみる。

「変わったことねえ……うーん……あっそうそう! 最近なんだけどねこの辺りに盗賊が出るんだ」

 通行人の男性は思い出したようにそれを言った。

「盗賊? 危険な奴なんですか?」

「いやあ自分は被害にあった事は無いから何とも言えないがね、何でも単独で行動する凄腕の盗賊らしくてそいつに狙われたら必ず自分の大事なものを盗まれちまうらしいんだ。昨夜も酒場で飲んでた奴が帰り道に襲われて金を持っていかれたらしい。そいつは賭け事で勝ったらしくて大金を持っててな、たぶんずっと狙われてたんだろうなあ」

「なるほどそんなことが……それで襲われた人はどうなったんです?」

「ああそれなら大丈夫だ。後ろから殴られて気絶させられただけで、命までは取られなかったよ。ただ大金を奪われたのが痛手でな、そいつは朝早くに"ザカン"の方まで出稼ぎに行っちまったよ。あんたらも何か調べてるんならこんな小さな町じゃなくてザカンの方へ行った方がいいよ、あそこなら人も沢山いるからな」

 男性は僕達にそう伝えると去って行った。僕は今の会話で気になった事をファリアに聞こうとして彼女を見た。

「盗賊……盗賊か。ファリア、たぶんだがそいつは君のおじいさんを殺した犯人じゃないと思う。もし犯人が盗賊なら金品を奪ってた筈だ。しかし現場を見る限りではその痕跡は無かったからね、犯人はもっと別の人物だろう」

 僕は自分の考えを彼女に言う。

「私もそう思います。あの小屋の中はまったく荒らされていませんでしたからね。もう少し色んな人に聞いてみましょう」

              ・

「……手がかかり無しか」

「そうですね……。駄目みたいです」

 僕達はその後も数時間ほど市場や行商人、パン屋から酒場まで聞き込みをしたが、今このロトルでは盗賊の話し以外の情報は何一つ得られなかった。

「そう言えばファリア、ザカンってどこなんだい?」

「ザカンですか。ザカンはここから東に向かって二日ほど歩くと着く大きな町です」

「そうか……。この町で有力な情報を得られないならそちらに向かった方がいいかもね」

 僕は途中で買ったパンをつまみながらポツリと口にする。

「それならばハザマさん、急ぎましょう。町の人達の話しでは私達のような旅人も盗賊に狙われてるみたいですから、この町からは早く出た方がいいかも知れません」

「そうか、そうだね。ならザカンに行こう」

 僕は彼女が不安そうに言うのでその提案に乗る。僕としてもできれば盗賊なんかには会いたくない。僕達は昼過ぎのロトルの町からまた外の雪原へと出る。

「この道を道なりに行けばザカンに着きます」

「へえ、しっかりした道じゃないか」

 ザカンまでの道はここまでの悪路と違って除雪された幅広い道がまっすぐと延びている。

「この道は商人達が往来する道ですからね。結構しっかり作られているんです。でも気をつけて行きましょうね、盗賊が近くにいるかも知れません」

「大丈夫、ファリアは僕が守るよ。命の恩人だからね、何としても守ってみせるさ」

 僕が大層なことを言うと、ファリアは少し恥ずかしそうにうつむいた。僕は自信ありげに彼女を守ると言ったが正直僕は弱いと思う。でも、だからこそ彼女を全力で守らなければならない。仮に盗賊が襲って来たとしたらこの命に代えても彼女だけは助けようと僕は心に誓った。

 景色の変わらない雪原の道をひたすらに進む。しばらく歩きながら彼女に僕は質問をしながら足を動かす。

「ザカンまでは歩いて二日なんだろう? 今夜はどこに泊まるんだ?」

「それなら安心して下さい。この先に旅人や商人達が宿泊できる簡素な小屋があります。今夜はそこで過ごして明日の朝にまた出発といった感じですね」

 雪国ならではの簡易宿泊所という訳か。僕は納得しながら歩を進める。他にも僕は彼女にこの大陸の食べ物や文化について雑談をしながら歩いていると、道の先から一人のローブを被った旅人らしき人物が歩いてきた。

「あら、旅人さんでしょうか。こっちの方に来るのは珍しいですね……」

 ファリアが言うと、僕も足早に歩いて来るフードの人物を見る。


『──気をつけろ……』


「えっ? ファリアいま何て……」

「? どうしたんですかハザマさん?」

 ──誰かの声が聞こえた。それは急に声をかけられたような感覚、そして何か忠告のような言葉。周りを見渡すが僕とファリア以外は誰もいない。僕は不思議に思いながらまた正面を見ると──


『避けろ──!』


 ハッキリとした言葉が僕の身体に響いた。僕はその言葉に驚くが、その何者かの声のおかげで正面から斬りかかってきた攻撃を咄嗟に後方へ跳んで避けられた。

「ハザマさん!」

「敵か!?」

 僕にいきなり攻撃して来たのは正面から歩いて来たフードを被った旅人であった。

「あらら、やるねえ。当たったと思ったのにギリギリで避けるとは……中々のやり手かい?」

 その者は右手に持った短剣をくるくると回しながら言う。ゆらりと動く左手でフードを取ると、中からは茶髪の若そうな男がニヤリと笑いながらこちらを見てきた。

「ファリア下がって! 何者だ!」

「はは、なあにあっしはただのケチな盗賊ですよ。旦那から金の臭いがしますんで襲わせてもらいやした。大人しく金目のもんを出してくれれば痛い目は無しでさあ……どうしやす? あっしと戦いやすか──?」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

ちはやぶる

八神真哉
歴史・時代
政争に敗れ、流罪となった貴族の娘、ささらが姫。 紅蓮の髪を持つ鬼の子、イダテン。 ――その出会いが運命を変える。 鬼の子、イダテンは、襲い来る軍勢から姫君を守り、隣国にたどり着けるか。 毎週金曜日、更新。

転生少女の異世界のんびり生活 ~飯屋の娘は、おいしいごはんを食べてほしい~

明里 和樹
ファンタジー
日本人として生きた記憶を持つ、とあるご飯屋さんの娘デリシャ。この中世ヨーロッパ風ファンタジーな異世界で、なんとかおいしいごはんを作ろうとがんばる、そんな彼女のほのぼのとした日常のお話。

グラティールの公爵令嬢

てるゆーぬ(旧名:てるゆ)
ファンタジー
ファンタジーランキング1位を達成しました!女主人公のゲーム異世界転生(主人公は恋愛しません) ゲーム知識でレアアイテムをゲットしてチート無双、ざまぁ要素、島でスローライフなど、やりたい放題の異世界ライフを楽しむ。 苦戦展開ナシ。ほのぼのストーリーでストレスフリー。 錬金術要素アリ。クラフトチートで、ものづくりを楽しみます。 グルメ要素アリ。お酒、魔物肉、サバイバル飯など充実。 上述の通り、主人公は恋愛しません。途中、婚約されるシーンがありますが婚約破棄に持ち込みます。主人公のルチルは生涯にわたって独身を貫くストーリーです。 広大な異世界ワールドを旅する物語です。冒険にも出ますし、海を渡ったりもします。

【完結】ごめんなさい?もうしません?はあ?許すわけないでしょう?

kana
恋愛
17歳までにある人物によって何度も殺されては、人生を繰り返しているフィオナ・フォーライト公爵令嬢に憑依した私。 心が壊れてしまったフィオナの魂を自称神様が連れて行くことに。 その代わりに私が自由に動けることになると言われたけれどこのままでは今度は私が殺されるんじゃないの? そんなのイ~ヤ~! じゃあ殺されない為に何をする? そんなの自分が強くなるしかないじゃん! ある人物に出会う学院に入学するまでに強くなって返り討ちにしてやる! ☆設定ゆるゆるのご都合主義です。 ☆誤字脱字の多い作者です。

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...