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~三章 復讐の乙女編~
四十五話 友と呼んだ君へ
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「──いいか参号。お前は壱号、弐号とは違う特別な機体だ。その特殊な機能を使って願いを叶えるのだ」
──懐かしいような、そんな声……私の頭に響く何か、大切な人の声である。
「お前には期待している。その体には渾身の技術力を詰めたのだ。お前の可能性は無限大だ」
誉める、誰かが、私を褒める。
「──見てくれ参号。お前の機能とは違うタイプの肆号と伍号だ! これから仲良くしてやるのだぞ」
私にも"兄弟"のようなものがいた。そうだ、私は『幸せ』になるために生まれてきたのだ。
「────参号! 消し去るのだ! そいつを────拾号を──消し去るのだ────!!」
そうだ──この光景は──私は、あの機体を────
────────────────
──それは……いつか見た遠い過去なのか、はたまた極最近であるのかはわからない。失われた自身の記憶。
崩れて行く己の体、機構を担う大事な部品がぼろぼろと空いた胸から落ちて行く。
皮肉にも、壊れるほどの衝撃を受けたが故に機械の戦士は失われた記憶を思い出していた。
サンゴーの胸を貫いたバラコフの能力は、どんな物でもその硬度を変えてしまうがために鋼鉄の体をいとも簡単に風穴を空けた。敵の術に呑まれその身を操られている彼は自身の意識さえももう無いのだろう。
それを見たヴィエリィは仲間が仲間を討つ姿を見て信じられないような顔をしている。
「サンゴー!!!!」
「ふぇふぇふぇ……ふぇふぇハハハハハハハハ!! 見たか! あの機械の体を! まるで水に浸した菓子のようにもろく、ぽっかりと穴が空いたぞ!」
「バラコフ!! そんな影に負けるな!! サンゴー!! お願い起きて!! まだ負けてない!! あなたも、私達もまだ負けてない!!」
腹の底から友を叫ぶ。しかし私の身体のもう半分以上が影に呑まれ、身動きができない。倒れたサンゴーに近寄る事もできず、私は無力にも友の名を叫ぶしかないのだ。
「ハハハハ、わからぬ娘よな。安心しろ、お前もすぐに影に呑まれ自我を失くす。つまらぬ、苦しい人生だっただろう。いま楽にしてやろう──『怨』!」
ジェロンは力強く呪詛を発すると、私に纏わりつく影が全身を呑み込んだ。
「うわあああーー!!」
指一つ動かせぬ自分の身体と闇に沈む意識。私はもうここがどこなのか、自分が誰なのかよくわからなくなっていく。
「ヴィ……エリィ」
倒れたサンゴーは影に沈む二人を見る。状況は最悪であるのは明白、仲間は敵の操り人形にされ自分はもうほとんど動けない……この自身の全機能を支える装置、胸にある核を貫かれたのが痛恨である。
自分でも理解できぬ何かの緊急機能が働いているのか、現時点でまだ思考余地があるのが奇跡であった。恐らくあともって数分……もしくは数秒か、それさえ持たずに自分は機能停止し、二度と目覚める事は無いであろう。
「(敵ノ……コノ術ハ──)」
敵の術さえ破れば、この最悪のシナリオを覆せるやも知れない。まずこの煮るも焼くもできぬ"影"をどうにかするのだ。
そしてサンゴーはこの危機的状況で敵の術を見抜いていた。奴の呪術には法則があるのだ。必ず奴は能力を使う際に"札"を使わなければならない。
札を使用することでジェロンは様々な能力を発動させる。そして、このバラコフとヴィエリィの影に札は張っていない。影に札を張ったのでは無く、影が現れたのは札を使用した後なのだ。
そう、目の前に現れた光を照射するあの大きな鏡──あの巨大な鏡は札を使って現れたもの。そして照射する光から生まれた影こそがこの術の正体である。
「グ……グ…………」
サンゴーはジェロンの頭上にある鏡に向かって、ギシギシと鉄を擦り合わせるガタついた音を出しながら右手を伸ばす。
「まだ動けるか機械の者、流石だな。しかしもう終わりだ、眠るがいい」
伸ばす右手は決して遠く、高くにある魔の鏡には届かない。ジェロンはまるで興味の無くなったおもちゃを見るような目で哀れんだ。
「──アーム……キャノン──」
ガッシャァァァァン!!
ほんの──ほんの一瞬であった。ジェロンの頭上にある鏡は何か大きな衝撃を受けて砕け散ったのだ。
「な……貴様──」
サンゴーの伸ばした右腕からは煙が出ている──否、伸ばした腕というよりもその肩口からの煙である。
機械の戦士が伸ばした右腕はもうそこには無かった。彼は──自分の右腕を大砲のように飛ばしたのだ。飛ばされた右腕は銃弾のような速さで鏡を撃ち、見事粉砕をしたのである。
粉砕された鏡からもう光が照射されることは無い。辺りはまたマジ松明の灯りだけの薄暗い部屋へと戻る。
そして彼女達を覆う影もまた然り、ヴィエリィとバラコフを襲う影は身体からするすると溶けるように離れていき、元の地面へと戻った。
「──あ、あれ……? あたし、どうしちゃってぇ……」
「──影が……! 身体が動く! 頭もハッキリとするわ! サンゴー!」
私は足と手を簡単に動かして身体の自由が戻った事を確かに感じる。そしてそれが友のおかげだとすぐに察した。
「ヴィエリィ──今デス──! 敵ヲ!」
瀕死である友が叫んだ! 私はその言葉と同時にジェロンの懐へと飛び込むのである!
「──ぬうう! 速い──!」
「ジェロン……覚悟!!」
まさに閃光の如き瞬撃! 敵の有無を言わさぬ私の左手の掌が敵の胴体を捉える!!
「流術──『破水門』!!」
──ドッゴォォォォッッ!
部屋中を包むような爆音が木霊した。乙女と敵の間には、何故かもくもくと煙が立っている。そしてよほどのダメージだったのか血が飛び散り、両者の身体には返り血がべっとりと付いている。
「──そん──な──」
「──『呪爆殺』──ただの人風情が……図に乗るなよ」
──煙が晴れ、視界が露になるとその惨劇が全員の目に映った。
乙女が繰り出した左手は、もうそこには無い。彼女の手──それどころか左腕が失くなっていた。まるで肩口から乱暴にもがれたように、欠損していたのだ。
失くなった左腕の肩口からドバドバと血が溢れる。バランスを失った彼女はふらりと、後ろへ倒れそうになる。
「ヴィエリィーー!!」
倒れかけた私をバラコフが走ってきて支えると大急ぎで敵から距離を取り、私を倒れているサンゴーの所まで運ぶ。
「ヴィエリィしっかりしなさい! いま血を止めるわぁ! サンちゃんもしっかりして!」
「う──あ……が……ああああ!!」
バラコフが自分の衣服を破いて傷口に当てて止血を試みる。私は燃えるような痛みをやっと肩口から感じ始めると、苦悶の声を出した。
「ナ──ナゼ……」
「無様だな、愚かだな。ワシの身体に触れる者は何人足りとも許しはせん。これを見ろ」
ジェロンは自分の衣服をばさりと開帳すると、その服の裏側には札がびっしりとついているではないか。
「この札はワシに指一本でも触れればその触れた者に対して呪術が発動する仕組みになっている。お前がワシに触れた瞬間、その左腕が爆発したのはそういうことだ」
ジェロンはそう言うと、足元から何か長いものを拾った。それは──
「見えるか小娘、お前の"腕"だ──」
見せびらかすようにそれをぶらぶらと振って、私達に言う。そしてその私の腕を指先の方から奴はバリバリと音を立てて喰い始めたのだ──。
「私の──腕……!」
「ふぇふぇふぇふぇ! 美味い! 美味いぞ! やはり脂の乗ったおなごの肉は美味い!」
「あんた……あんたねぇ!!」
それを見て大量に流れる血のせいか衰弱する私と怒るバラコフ。ジェロンはその様子を酒の肴にするように私の肉を楽しんで喰らっている。
「……ヴィエリィ」
隣で倒れているサンゴーが話しかける。彼もまた、私と同じく死という崖に立つ手負いである。時間の問題だ……私は出血多量でこのまま静かに死ぬのだろうか、奴を倒すすべはあるのだろうか、ぼうっとする頭の中で思考が絡まる。
「サンゴー……ごめん……私……」
「ヴィ……エリィ……アナタハ、マダ、生キルノデス。弱音ハ……アナタニ……似合ワナイ」
サンゴーは崩れる自分の体を無視するように、無理矢理に動かしながら私に近づく。
「サンちゃん駄目よぉ! あんたもそんな体で動いたら──」
「バラコフ……私ハ、モウ……ジキニ動カナク、ナル。ソノ前ニ……私ノ機能ヲ、私ダケノ……特殊機能ヲ──今コソ、使イマス」
サンゴーはそう言うとその全身から、熱を発し始めた。
「──ロック解除、解除、解除、解除。特殊機能起動──同期開始。──『女神転生』」
ガシャン! と、その鋼鉄の左腕がサンゴーの肩口から外れる。すると、肩口から極めて細い管のようなものが何百本と出てくると、その細い管は私の血が溢れる肩口へと刺さった。
「ぐ──ああああ!!!!」
「ヴィエリィ! サンちゃんこれは!?」
信じられないほどの激痛が走る。細い管は私の肩口にどんどんと奥まで侵食するように食い込んでいく。
「ああああ!! がああ!!」
私は激痛に叫ぶが、やがてその管が全て身体の中に入ると何故だか痛みがやわらいできた。そして──私の肩口とサンゴーの左腕を連結する管は密着させるように引っ張り合い、失くなった私の左腕にはサンゴーの左腕が丸々と移植手術をしたようにくっついていた。
「──同期、完了……」
「こ、これは──」
驚くバラコフと、もう両腕が無いサンゴー……そして、私の左の肩口から流れる血はもう無く──そこには友の腕が、銀色に光る鋼鉄の左腕が取り付けられていた。
「──サンゴー……サンゴー……! これは──!?」
「ヴィ……エリィ……ヨカッタ……コレデ、大丈夫デス……敵ヲ……倒スノデス……仇ヲ……トルノデス……」
私とバラコフは倒れるサンゴーの体を支えた。私達の手に彼の体から伝わる熱が徐々に冷たい金属になるような感覚が──それは、命の終わりを示すかのようである。
「サンちゃん! あんた死ぬなんて許さないわよぉ!」
「サンゴー! サンゴー!!」
私達は必死に呼び掛ける。機械の体を持つ友を、何度も窮地を救ってくれた大事な戦友を、何度も呼び掛ける。
「ソンナ、顔ヲシナイデ……私ハ機械……痛ミハ……無イ……私ハ只、静カニ……朽チル……ダケナノデス……」
「サンゴー! あなたの願いはこんなところで死ぬ事じゃないでしょ!」
「一緒に旅するって言ったじゃないのぉ! そんな勝手に死ぬなんてあたしは許さないわよぉ!」
段々と、サンゴーの眼の光がその命の終わりを表すように小さくなる。
「ヴィエリィ……バラコフ……必ズ生キテ……」
「サンゴー!!」
「サンちゃん!!」
涙が、私とバラコフの涙がサンゴーの体に落ちる。
「私ヲ……友達ト……言ッテクレテ……アリ……ガト……ウ────」
機械の友は、その役目を終えたかと思うと眠るように眼の光を消したのであった────。
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