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~三章 復讐の乙女編~
四十話 忘れ去られた遺跡
しおりを挟む生ぬるい、一同を取り巻くように嫌な風が髪を撫でた。ばたばたとなびくスベンとスーラの服が私の手の上でこの先の凶兆を表しているかのようだ。
「あの子達……! ヴィエリィ!」
「犯人が──近い……!」
私とバラコフは目配せすると、辺りを見渡す。周囲は赤い岩肌が見えるだけの山岳地帯、地にはさらついた砂ぼこりが舞うだけだ。
「サンちゃん……足跡はほんとにここで途切れてるのぉ!?」
「間違イナイデス。マルデ、ココデ消エタヨウニ途切レテイマス」
サンゴーはキュイーンと高音を鳴らしながら何かを調べるように地面を見つめたが、やがて首を横に振ってそう答えた。
「──遺跡だ。遺跡に向かおう。スベンとスーラ、今までにいなくなった人みんなを助けよう! この先に──もしかしたら何かわかるかも知れない……!」
私はそう言っていなくなった二人の服を力強く握ると、真っ直ぐと歩き出した。
──ブリガディーロ遺跡。
何百年も昔、元はここはブリガディーロの小さな"街"があったそうな。街が滅び、やがてその形だけ残った街は時と共に風化し、遺跡と化した。
街が滅びた理由は今もさだかではない。それは此度の行方不明事件と関係があるのか……もしくは別の何らかの事件であるのかも知れない。
誰もが忘れ、歴史にも忘れ去られたこの遺跡は静かにその姿を現した。かつて人が住んでいたであろう住居らしきものの跡がぽつぽつと見える。だがそれは家の形はもう残しておらず、地面から無数の柱のようなものが立ち、触れただけでボロボロと崩れ落ちそうになる瓦礫の残骸だけがそこかしこにあるだけだ。
「ここがブリガディーロ遺跡……。話しではこの辺りで行方不明者が多発したってラドーナ王とカー君は言ってたわね」
「スベンくーん! スーラちゃーん! どこなのぉー!? でてらっしゃーい!」
バラコフが虚無と化した遺跡一帯に声を張り上げて叫ぶが、返ってくるのは沈黙だけである。
「サンゴー、この辺りに誰かいないかわかる?」
「熱源感知機能ON────周囲ニ、生体反応ハ有リマセン。足跡モ、何モ無イ。ココハ、無人ノ廃虚ノ様デス」
「そんなぁ……ここにも誰もいないならあたし達はどこへ向かえばいいのよぉ!?」
バラコフは癇癪を起こす。私は行き場のない怒りを押し殺すように拳をみしりと握る。
天には身を焦がすような眩しき太陽、地には虚無の荒野と遺跡、私達は間違っていたのか、ここへ来たこと、これまでの旅、また振り出しに戻り──消えたみんなを助けられないのか──。
「────! ヴィエリィ、疑問デス。コノ炎天下デ、気温ノ低イ場所ガアルト言ッタラ、ドウ思イマスカ?」
途方に暮れる私とバラコフにサンゴーはよくわからない事を言う。
「……? どういうこと? こんな暑くて、日陰も無いここに気温が低いなんてことあるの?」
「……! 待って! それって、大きな日陰があるってことぉ!?」
バラコフが何かに気づいたようにサンゴーに言うと、サンゴーは少し離れた所にある地面を指差した。
そこには別段何の変哲も無さそうな、一般家庭にあるようなテーブルサイズの平たい岩盤があった。
「その岩盤がどうしたの……?」
いまいち状況の飲み込めない私が言う。するとサンゴーは答え合わせをするように、平たい岩盤の近くに行ってそれに向かって左肘を突き出すと、
「圧光焼破」
左肘が一瞬強烈な光を輝かせ、直線する光線が岩盤を瞬時に切り裂いた。
「えっすごっ! 何それ!?」
「私ノ機能ノ一部デス。太陽光ヲ集束シテ撃チ出シマシタ。ソレヨリヴィエリィ、見テ下サイ」
ガラガラと崩れた岩盤、その下に空洞が現れた。それは誰かが隠すように作ったような怪しい雰囲気で暗い地下に続く階段が伸びており、中からは身を震わせる冷気がひやりと漂ってくる。
「やっぱり! これが日陰の正体よぉ! こんな所に地下があるなんて……めちゃくちゃ怪しいじゃないのぉ!」
「二人トモ、ソコノ階段ニハ正体不明ノ血痕ガアリマス。ソレモ、ソコマデ古ク無イデス。ツマリ──」
「最近ここを誰かが通った──! バラコフ! サンゴー!」
私は二人を見て声をかける。二人は黙ってうなづく。
乾いた風がまた吹き荒れた。私達はようやく、その敵の尻尾を掴んだように、怒りで肩を震わせていた。
「侵入、開始」
「行くわよぉ、みんな」
「間違いないわ──この先に……!」
地下に伸びる階段を一歩進める。先頭にはサンゴー、彼が目から光を照射して暗い地下を照しながら私達はどんどんと階段を降りていった。
──長めの階段を降りた先……地下はそれよりも長い、長い通路が続いていた。人が横並びで二人分ほどの狭い通路。天井も低く、じめりとした嫌な冷気が肌にまとわりつく。
もう一時間は歩いただろうか、地下は涼しいのに私達は汗を流していた。それはこの先に行っては行けないような、まるで自身の魂が身体を使って警告しているかの様な汗だ。
地下に入ってからは誰も、何も口を開かなかった。それほどに周囲を警戒し、緊張が高まっているのである。
「──止マッテ下サイ」
先頭を歩くサンゴーが急に立ち止まり前方を見据えた。緊張の糸を張る私達の目の前に現れたのは、またも階段であった。だが先程と違うのは今度は上へと向かう階段であった。
「──上ろう」
私が言うと、サンゴーはガシャリと足を動かして階段を上る。続く私とバラコフも階段を上ること数分、その出口を示すかのように薄い光が降り注いでいた。
階段を上りきる三人、薄い光に包まれた私達はまた外へと出たのだ。
「ここは……?」
出た先は、見慣れた赤い岩肌がそびえる荒野……なのだが、少しその地形が違う。
周囲に大きな岩壁がそびえ、全ての進入を防ぐように円形に辺りを囲んでいた。それはまるで出入口の無い歪な渓谷のような場所と形容したらいいのだろうか、日の光が届きにくい何とも言えない不気味さがある。
「こんなところにこんな場所が……」
「ヴィエリィ! あれを!」
バラコフが驚いたように言って指差した方向を見ると、奇妙な神殿のような出入口がそこにはあった。ドアもついてないがら空きの入口の左右には松明が灯っていて、人が住んでいるような気配を感じられる。
「……行ってみよう。"答え"がある筈よ」
「気ヲ付ケテ行キマショウ。敵ガ、イツ襲ッテ来ルカ分カリマセン」
「そうねぇ。でも大丈夫よぉ。あたし達だってここまでやって来たんですものぉ! とっとと犯人捕まえてハッピーエンドにしゃれこもうじゃない!」
ボキボキと指を鳴らしながらバラコフは言う。私もここまで来ればもう恐怖や不安は無い。あるのはただ──犯人に対しての怒りであり、居なくなった人達を思う一心のみであった。
岩壁と一体となった神殿のような入口に入る。すると、暗い中を照らすように通路の左右に付けられた松明がひとりでに一気に燃え始めたのだ。
「なっ、なによぉ!?」
「どうやら歓迎されてるようね」
「生体反応、今ノ所無シ。進ミマショウ」
明るくなった通路をひたすら進むと、大きな黒い扉が私達を向かえた。
「──開けるわよ」
私が先陣をきって扉を開ける。すると、目の前に天井の高い広い大きな部屋が現れた。殺風景で何も無い部屋、周囲は松明が灯っていて、どこか不気味さと怖いくらいの静寂が耳を突いた。
そろりと中に入った私達、すると扉が急にバタンと閉まった。
「罠!?」
「生体反応有リ! 気ヲ付ケテ!」
バラコフが叫び、サンゴーが前方を見て身構える。私は閉まった扉に一瞥もせず、部屋に入った時、最初から感じていた気配にすでに目を向けていた。
部屋の奥の方まで松明が灯ると、前方には祭壇のようなものが見えてそこに何者かが座っていた。
「──ワシの神殿に何かようかな」
しゃがれた男の声、松明の怪しい揺らめく様な灯りの中に見えたのは、かすれたような金色の立帽子を被り法衣に身を包んだ男。祭壇にあぐらをかき、腰を曲げてこちらを凝視してるのか、顔半分を隠す黒いフェイスベールの上からわずかに見える細い目がこちらに敵意でも殺意でも無い視線を送っている。
「あんたぁ! あんたが犯人なのぉ!? それなら拐った人達を返して貰うわよぉ!」
バラコフが糾弾する。すると座る男は『ふぇふぇふぇ』としゃがれた声で笑った。
「なっ何がおかしいのよぉ!」
「お前達が来ることはワシの占いでわかっていた。はっきりと言えば、ワシこそがお前達の求めていた者だ。数々の村落から人を拐ったのはワシだよ──」
悪びれる様子も無く、男はすんなりと自白をした。
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