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~三章 復讐の乙女編~

二十八話 長い夜

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「大変なことになりました! 挑戦者チャレンジャー、自身を賭けることを条件に選手交代です! これが吉と出るか凶とでるかー!? 互いに後がない最終決戦! さあこの夜も"いつものように"ギャラス町長が勝って興奮で終わるのか!? それとも新参者が町長の無敗伝説に泥を塗ることができるか!?」

『うおおーー! やっちまえーー!!』

『全裸だあ! さっさと決めろお!』

『負けたらこの街の娼婦だぞ姉ちゃん! 俺がたっぷり抱いてやるぜえっ!』

 欲望渦巻くこの夜の決着が迫っていた。この街の人間は腐っている。さきほどリングアナは『いつものように』とまるでさも日常茶飯事の如くこの勝負の行方を物語っていた。

 その言葉の意味はそのままだ。ようは何度もこの場所で何もわからず連れてこられた何人もの女性が、幾度も身ぐるみを剥がされてはずかしめをうけているのということだ。

「このオッサンは絶対に倒さなくちゃいけないわ! サンゴー、お願い。めちゃくちゃに勝手だけど、あなたに頼るしか今は他に方法は無いわ。誰よりも欲にとらわれない、あなたを信じさせて」

「安心シテクダサイ。私ハ、必ズ勝チマス」

 サンゴーは深々とかぶった帽子の隙間から赤い目を光らせて頼もしく言う。

「ヴィエリィ・クリステン──?君は私に負け、その肌を大衆に晒すんだ……! 皮肉だな、君はその自慢のけんで私に負ける。私の拳は触れずに相手を倒す拳! この夜をもって、私の夜久拳やきゅうけんこそが南大陸で一番強い拳となるのだ!!」

「そんな馬鹿馬鹿しい拳! 今日でおしまいにさせる!」

「そうよぉ! 二度とそんなふざけた拳なんかやらせないわぁ!」

 稲妻のように闘気が飛び交う。このふざけた夜を終わらせるのだ。

「両者、準備はよろしいでしょうかあ!」

「ふふ、かまわんよ」

「オーケーデス」

 リングの中央で小太りの中年と背の高いサンゴーが向かい合う。

「それでは!! 勝っても負けても、笑っても泣いても最終ラウンド!! 構えてええ!!」

 互いが拳を腰に添えるように構える。そして軽快な音楽が鳴り始めると、会場内は大合唱に包まれた。

『『『きゅう~す~るなら~!!』』』

 その大合唱とは正反対にサンゴーは黙って相手を見据えた。そして町長はほくそ笑むように肩を揺らして余裕をかもしだしている。

「(──馬鹿だな……! お前達はここに来た時点で負けているのだっ……! 私が逸脱であるのを察したのは評価しよう。だが、それを暴くすべが無いのがいけなかったな。この私の"能力"『心理眼マインド・ウォッチ』があるかぎり! 何人足りとも私にギャンブルで勝てる者はいない!!)」

 この町長は逸脱である! バラコフの見立ては間違いでは無かった。その能力はずばりそのまま、『相手の心の内を読む』と云うもの。しかし欠点もある。他者の心を読むそれは万能では無い、この能力の発動条件は"相手が賭博ギャンブルの相手であること"。

 つまりはその辺にいる人間の心は読めず、あくまでも自分と勝負する者だけを対象とした限定的能力! しかし一向に問題は無いのだ。勝負が成立した時点で勝つことが約束されるからだ。

 これが殴り合いや、体力的なものなら敗北もあるだろう。だがギャラス町長はそれが出来ないようにこの街にルールを作った。それが、『暴力禁止』のルールの真相である。

 心理的な賭博なら100%負けない……自分が圧倒的なルールをこの街に敷いたのだ。

「(くっくく! 笑えるな! まさか自分から身を売るようなルールを追加してくれるとはな……! これで私の街は更なる発展を迎える! 大陸王者のこの娘を娼婦として働かせることになれば、この街に更なる観光客を呼び寄せる火種となるだろう!)」

 町長の頭は最初から勝つ以外の思考は無い。今からどうやって目の前の純情な娘を売りに出すか、その算段をしていた。

『『『こういうぐあいにしやしゃんせ~!!』』』

「(お前達が私に勝つにはもっと迷う必要があった……。それこそ自分が何を出すのか訳がわからなくなるほどにね。その方がこちらも心が読めずにずっと勝利の確率があったのだが、いかんせん"絆"が強すぎたな。お前達はその強い絆のせいで迷う心を断ってしまい、負けたのだ……!)」

 いまだ、微動だにしないサンゴーをギャラス町長は鋭く見つめた。

「(さて、遊びは無しで一発で決めてやるか。どこの馬の骨か知らんが、読ませて貰うぞお前の心……! 『心理眼マインド・ウォッチ』!!)」

 発動された能力──! 相手の心を完璧に読むその能力は、今この場にて最強たる能力である!!

 読まれた者はそれに気づかず、ただただ自分の手を心のままに、そのままに出すだけ!


 運命は早々に決まろうとしていた────





「(────馬鹿な……。こいつ……心が読めない!?)」

 由々しき事態である! 心、それが読めないのだ!

「(そんな訳があるか……! 心の無い人間などいる筈が無い……! もう一度だ! 『心理眼マインド・ウォッチ』!)」

 焦る町長、今までに能力が効かない、そんなことは一度たりとて無いのである。──が、

「(あ、ありえん! この男、心がまったく読めん!? いや、それよりもまるで"心"というものが無い──!?)」

 感じたもの、それは『無』であった。例えるなら多くを悟った仙人、茫然自失の廃人……そんな類いでは無い。この目の前にいる"何か"はそもそも人である前提の"思考"や"感情"といった無意識に持ち合わせるものさえも一切感じさせないのだ。

『『『アウトォ!!』』』

「(! ま、まずい! 出す手が決まらん! 手が、手が──読めない……!)」

 気づくと町長の顔からは笑みが消えていた。あるのは荒い呼吸と蒼白した顔面。したたる汗がボタボタと落ち始める──!

『『『セーフゥ!!』』』

「(まずい! まずいまずいまずいまずい! 馬鹿なっ! こんなの、全然ナイスじゃない!! こ、心が、心が読めないのがこんなにも恐怖だと!? 負ける? 私が、負けの感情に襲われてるだとっ!?)」

 決着の間際だというのに、町長は目の前の心の見えない怪物に恐怖した。今まで自由に、そして奔放に駆けていた勝って当たり前の勝負が急に暗雲に立ち込めたのだ。

 普段から安全圏からの狩りを楽しんでいた自分が逆に追い詰められている……。イレギュラー、ここに極まれる。もう確かな勝利などないのだ。

『『『よよいの──!!』』』

「ぐっ……! う、おおーーっ!!」

 町長は初めて夜に苦しみ、その拳を振り上げた。

「勝てっ! サンゴー!!」

「サンちゃん! やっちゃいなさい!!」

 仲間の声援に答える機械の彼はその鋼鉄の拳を振り上げる!



「「よぉいヨォイ!!!!」」




 出された手──それは"チョキ"!!



 対する手は──そのチョキを粉砕する"グー"である!



「そん、な──」


「──け、決着ッ~~!! 勝ったのは!! 勝者は!! 夜を制したのは──!! 挑戦者チャレンジャーだああああ!!!!」


「やったあーー!! サンゴー!!」

「よっしゃあッ!! サンちゃん!! よくやったわぁ!!」


 鋼鉄の体はその仲間の歓喜に手を上げて無言で勝ち名乗りをした。

『うそだろ!? 町長が負けた!?』

『おいおいおい。負けたわ、あいつ』

『なーにやってんだあ!! 負けたら意味ねぇーだろ!!』

 身勝手な観客達のブーイングがそこかしこから聞こえてくる。私は半裸である自分の身体に脱ぎ終えた服を手にとって肌を隠すと、

「聞け!! スケベども!! お前らの顔は覚えたからな!! この街から出たらボコボコにするから覚悟しなさいよね!!」

 目一杯の大声でそう言う。すると観客達はまずいと思ったのか、

『やべえ! 殺される! あの武術チャンプには勝てねえ!』

『ひえっ退散だあ! 逃げろお!!』

 一目散に会場からバタバタと逃げ出したのだ。やがて静かになった会場にはリングの中央でうずくまった町長と私達だけが残った。

「約束通り、サンゴーは返してもらうわ。それとお金もね」

「ぐっ……ぐぐ……。私が負けただと……!」

「往生際の悪い男ねぇ! あんたそれでもギャンブラーでしょ!」

 バラコフがそう言うと、かろうじて町長はふらふらと立ち上がる。

「私の……負けだ。賭博師ギャンブラーとして認めよう……。だがしかし教えてくれ! あんたは、いったい何者なんだ!? 私の能力が、心がまったく見えなかったぞ!?」

「…………」

 サンゴーはその質問に答えず、黙って町長を見下ろす。

「それと言っておくわ──もうこんな賭博は一切認めない。今すぐに廃止しなさい」

「!? それは──」

「約束じゃないけど、駄目よ。だってあなたイカサマしてるって今、自分の口で言ったわよね? そんなのはアンフェアよ。あなたは最初言ったわ。これは"フェア"な勝負だって。嘘っぱちじゃない。もし廃止しないのならラドーナ王にこのことを言いつけるわ。私、けっこう顔がきくのよ?」

「ぬ……ぐうぅぅ…………」

 私の言葉に町長はうなだれて何も言い返せなかった。

 ──かくして、熱い、あまりにも熱く熱狂させ、そして妙に長い夜は幕を閉じた。




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