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~三章 復讐の乙女編~

二十二話 ギャンブルタウン

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「ヴィエリィ、起きなさいよ。着いたわよ」

「……ん? ああ、やっと着いたのね」

 昼前の刻、バラコフが私の肩を揺すって起こしてくれる。リベルダの街から馬車に揺られること二日……やっと次の街に着いたらしい。

 私は腰をぐんと伸ばすと、見えてきた街の大きさに少し驚く。

「えっ、『オリゾン』ってこんなデカイの!?」

「あたしもびっくりしてるわぁ……。ちょっと予想外ねぇ……」

 近づくに連れてその大きさと街全体の金色一色の建物の数々が私達を圧倒した。

 華やかなるは見た目だけでは無い。その街の活気であり、所々から聴こえてくる歓喜の咆哮と悲痛なる叫び。両極端な二つの歓声が入り乱れ、誰もが娯楽と賭博に明け暮れる南大陸が誇る巨大街──その名もギャンブルタウン『オリゾン』。

 密林の奥、広大な敷地を開拓しラドーナ王が作った趣味全開のこの街は全体のほとんどが賭博場に埋め尽くされ、簡単に食事の取れるジャンクフードの屋台と世界中から来る賭博師ギャンブラーが泊まる宿泊施設が賭場と併設して立ち並ぶ。まさに夢の街、一日中あますことなく賭博が出来る賭博師ギャンブラーによる賭博師ギャンブラーのために作られた徹底された超賭博街だ。

「こんな街作れるのはあの王様以外いないわねぇ」

「人、ヒト、人。ココハ賑ヤカデスネ」

 自由奔放なるこの南大陸だからこそ成せる街、人の往来が波のように右往左往している。よく見れば貧富の差など紙一重、この街では明日を生きるのも必死な人が富豪になるやも知れぬ所なのだから、貧乏のろくでなしだろうが人生を持て余してる金持ちだろうが関係なく集まって来るのだ。

 馬車の終点である街の入り口へ着くと、警備の兵が近寄って来た。

「ようこそ『オリゾン』へ。この街は誰でも身分関係なく入れます。ただ刃物などの凶器、脅威となる武器等の持ち物は治安維持のため、ここで預かる決まりとなっていますので確認をとらせてもらいます」

 警備の兵が数人で私達の持ち物を簡単に確認する。私達は特にそういった物を持っていないので安心する。武器と言えばサンゴーの体が武器みたいなものだが、それも普段は収納してあるので問題は無い。

「……はい! 大丈夫です! 最後に一つこの街のルールがあるのですが、オリゾンでは一切の暴力行為を禁止させて頂いてます。もし暴力行為がみなされますと、多額の罰金と街からの退去、出入り禁止等などの重い重罰がございますのでご容赦下さい」

「だってさぁヴィエリィ」

「なんで私を見るのよ」

 バラコフは私に含みのある笑みを見せる。

「短気は損気ってことよぉ」

「は? 私が短気だとでも?」

「もう怒ってるじゃない……」

 私が睨むと彼はサンゴーの後ろに隠れて『きゃあ』などと言ってみせる。全然可愛くないわ。

「──それでは、どうぞオリゾンを楽しんで下さい!」

 街に通される一同。そのきらびやかさは王都にも負けず劣らずの凄い都会である。

「わぁお! すごいわねぇ! こんなにすごいならもっと王都の近くにあればよかったのにねぇ」

「王都の近くに建てると王様がここに入り浸るから、わざと離れたここに作ったって前にカー君が言ってたわ」

「カーニヒア様が!? ヴィエリィあんたカーニヒア様とお喋りしすぎてずるいわよぉ!」

 バラコフはカーニヒアの話しになると目の色を変えて私に詰め寄る。

「あーはいはい。今度いっぱいあなたも喋ればいいでしょ。それよりお腹空いたわ。なんか食べましょ」

「アソコ、屋台広場ガアリマス。バラコフ、休息シマショウ」

「リリアンつってるでしょおお!?」

 興奮するオカマを引きずりながらサンゴーと私は広場へと向かうと、屋台で一通りの食事を買ってベンチで黙々と食べる。

「うん。中々美味いわね。サンゴーも食べる?」

「私ハ、食事イリマセン。エネルギーハ、太陽光ヤ、動イテ充電シテマス」

「……便利な体よねぇ。太らないのはちょっとうらやましいわぁ。人間は食べないと死んじゃうからねぇ」

 鉄の体をベタベタと触ってバラコフは言う。

「──バラコフ。前カラ疑問ガアリマス」

「……なによぉポンコツぅ」

 もう自分の事を本名で呼ぶサンゴーに彼は半ば諦め、不機嫌そうに答える。

「ナゼ、バラコフハ、男ナノニ女性ノマネヲスルノデスカ。私ニハ不可解ナ、データデス」

 それは子供のような疑問であり、そして深い問題。私は彼がどう答えるか少し真剣な顔つきで見守る。

「──教えてあげるわぁ。それはね、それがあたしの生き様マイスタイルだからよ」

「マイ、スタイル」

 その言葉にサンゴーは妙ちくりんな機械音を出して復唱する。

「そうよぉ。細かい事は気にしない。人はね、それぞれが色んな考えや信念を持ってるの。それに疑問を持ったり咎める権利なんか誰にもありゃしない。あたしはあたしが"こうしたい"、"こうでありたい"と思うからオカマやってんのよ」

「──質疑、解答中……。──再計算、思考プログラム、更新余地有リ。現状デノ言語プロセッサー、解答不能──」

「そんな深く考えなくてもいいのよぉん! ……今はわかんなくてもいいわ。その内サンちゃんにもそういったもんがきっとできる筈よぉ」

 頭から不協和音が聴こえてきたサンゴーに、笑いながらバラコフは難しい思考を止めさせるよう背中を叩いた。

「ふふふっ。機械も苦悩するんだね。こう見るとサンゴーも私達と同じ人間に見えてくるよ」

「人間……? 私ガ?」

「そうとも。あなたを作った人はあなたを人間にしたかったのかもね」

 他愛ない話しで食事が進む。相変わらずサンゴーはその言葉の意味を理解し難い様子であるが、それがまた面白く私達は楽しい昼食を過ごした。

「──さて、これからどう動こうかな」

 一区切りつけるように私はベンチの横にある木のテーブルに地図を広げて二人に伺う。

「ブリガディーロ遺跡まではまだ一週間はかかるわねぇ……」

「なるほど。じゃあとっとと行こうか」

「待てぃ、それは馬車を使った場合よ。歩きならもっともっとかかるわぁ。この先の道は分かれ道も多いから迷わず進むにはやっぱり馬車が望ましいんだけどねぇ……」

 私は馬車はあまり乗り気では無い。だって自分で走った方が速いからだ。しかしこれは己一人の身勝手な旅じゃない。仲間の疲労や時間の短縮、諸々を含めるとやはり馬車が最適なのだ。

 そしてその馬車なのだが、

「──お金が無いのよねぇ」

「金、無いね。無いよ、金」

 金銭面が苦しいのだ。現状では路頭に迷うことは無いが、馬車を雇う金は無い。このまま歩きならば食費や宿泊費、これらを詰めれば何とか目的地までは到着できるだろうというだけの金しかない。

「明日からはこんなに飯も食えないわよぉ。宿泊も野宿にしないとねぇ……。やだわぁ……」

「厳しいなぁ~。何とかならないかなあ。……簡単にお金が増えればなぁ~」

 ぐったりとする私とバラコフ。それを黙って見つめるサンゴー。そして、目の前に広がるギャンブルタウン……。


 もう、これは時間の問題だったのだ。

 気がつくと私とバラコフは、有り金を握りしめて目の前にあったカジノに入ってた。そりゃもう無意識かってくらい自然に入ってた。

 そんでもって流れる時間、熱き勝負、溶ける有り金……。確実に、身を滅ぼす典型的な例の如く、こうして人はギャンブルで駄目になるのだっ……。

 ポーカー、バカラ、ルーレット、サイコロ。さあさ、ここは賭博の見本市。ここは老若男女、貧富も身分も呑み込んで明日さえ賭ける狂人の宴。

 振り返れば昨日の幸せ、目の前には現実の壁、明日、明後日、それを賭けるに値する気概、強固なる心臓を持ってしても賽の目次第で簡単に地獄へと落ちるのだ。



 ──気がつけば夜になっていた。有り金は当に無い。そして、仲間の一人もまた居なくなっていたのである…………。






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