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~二章 献身の聖女編~

三十七話 遠くなる街

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「おい、聞いたか? セントミカエル教団の教皇様が亡くなったって……」

「ああ、それも噂じゃ五日も前にお亡くなりになったんだろ?」

「そうなんだよ。教団は病死と発表してるんだが、どうやら病気じゃなく誰かに殺されたなんて噂も出てるんだ」

「穏やかじゃないな……。しかし教皇様には護衛の一人や二人いるだろ?」

「その護衛も殺られたら意味が無いだろ。だから俺は犯人はとんでもなく恐ろしい『逸脱』だと思うんだよ! それも他の大陸から来た凄腕の殺し屋だ! 中々いい線だろ?」

「うーむ……。そんな奴がいたらもっと理性が狂ってて他の人間やバイエルの街にも危害を出しそうだがな……」

「じゃあお前ならどう推理するんだよ? やっぱり病死だとでも言うのか?」

「そうだな……。もし本当に教皇様が殺されたのなら、俺は身内の犯行だと思うよ。教団の内部の人間──その中でも力を持った者の犯行だな。何らかの衝突があったのかもしれん」

「そんな罰当たりな奴いるか~? 俺らは別の宗教だから事情はわからねえけどよ、あの教団の信仰心はすごいぜ?」

「真実は身近で意外なもんなんだよ。俺達の知らんところで色んな事情がいつだって動いているのさ」


 ──船員たちの会話が潮風にのって流れてくる。眩しい日差しがちりちりと肌を焼く。ここは船の上。バイエルの街から離れた少し大きな港街にある船の上だ。

 虚ろな目をした私は港の受付でチケットを買い乗船すると、出航までの間ひたすら海を眺め空を仰ぎみたり、他の乗船客の会話を聞き流している。

 私は生まれて始めてこの大陸を出る。楽しかった日常、悲しかった過去、辛かった教団の修練、嬉しかった思い出の数々……。

 それらを全て心に秘め、旅立つのだ。

「ご乗船の皆様に申し上げます──。間も無く出航です。当船に乗られる方はお急ぎお願い致します──」

 船はもう、この大陸を去る。この船の行き先はわからない。でもそんなことは私にはどうでもよかった。ただ……この大陸から私は離れたかった。

 信じた教団に裏切られ、偽りの神に騙され、大事な人を失った悲しみを少しでも忘れたかったからだ。


「出航ー! 出航ー!」


 船への架け橋が外され、いかりが上がる。小さい子供が手を振ると、それに答える船員達。周りには様々な人がいた。笑顔で友人を送り出す者、出稼ぎに向かう夫が妻へ大きく手を振る。中には涙を流して家族と旅立ちの言葉を叫ぶ者もいた。

 私の知らないところで知らない人達が、こうして毎日出会いと別れを繰り返している。

 今の私には……別れの言葉、その言葉を送る人もいなくなってしまった。

 一人ぼっちの旅立ち。こんなにも胸が苦しいとは思わなかった。でも、私にはもう流す涙も枯れてしまった。

 船は陸を離れる。ゆっくりなのか速いのか、わからぬ速度で離れて行く。残る人も旅立つ人もずっと手を振って別れを惜しむ。

 手を振る人がいない私は、ひたすら遠くなる街を眺めるだけだ。

 ──やがて過ぎ去る街は小さくなり、陸は地平線を描く。

 潮風が私の髪を揺らすと、大きな入道雲が見えた。その入道雲はまるでお父さんの大きな背中に見えた。

「…………お父さん──」



 まだ──終わらない。終わってはいけないのだ。ここで悲しんでいても、何も進まない。パウロ神父、マルセロさん、お父さん、コネホ……。教団によって不幸になった人達の悲しみは消えないのだ。


「──そうだ……。花園──禁断の花園だ……」


 この世のどこかにあると言われた伝説の地。そこに行けばどんな願いも叶うと云われる。私は微かな希望の灯を心に宿す。

 禁断の花園がもしあるのだとしたら……皆が幸せになれる未来があるのかも知れない──。

 道のりはわからない。だけどそこしか行く所もない。今は前を向いて進まなければならないのだ。こんなに悲しくて辛くても、時は無情に進むのだ。

 それが私の望んだ道、誰の意志でもない私だけの道。

 広がる海原を見つめると、私は私自身に誓うのだ。



 ──必ず見つけて見せる。そして世界に広がる数々の事件……その争いの連鎖、悲しみを絶ってみせる。皆の意志は無駄にしない。だからどうか、この旅に幸あらんことを────。









              ~二章  献身の聖女編~    完
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