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~二章 献身の聖女編~

八話 裁きの門『音速のキエーザ』

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 あまりにも唐突なその状況に、私は混乱をしていた。目の前にいる男が片手に持っているのは、間違いなく親しんだ者の生首であり、その死相は酷くいびつなものであった。

「うそ……」

「嘘じゃないよ。君達の神父だろ? ほら、もっと近くでよく見てみるかい?」

 男はそう言うと、神父の生首を捨てるようにこちらに投げた。ごろごろと転がってきた生首を見て私は静かにその場にへたりこむと、込み上げてきた嘔吐感が口から漏れだした。

「う、おえぇえ……」

「ははっ。いい反応だね。まあ安心してくれ。君も今すぐに天へと召してあげるよ。それが大天使ミカエル様への最上の貢献──」

「おおおおおおッッ!!」

 男が喋り終わる前に、お父さんの剛拳がその顔面へと振り下ろされる。怒髪天を衝くような鬼の拳は確かに男に当たったかのように見えたのだが、その触れるか触れないかの直前で父の攻撃は唸る音を上げて空を切った。

「なにぃ!?」

「遅いなあ。遅い遅い。あんたは空気と闘っているのかい? もっとしっかり相手を見るべきだね」

 まるで瞬間移動をしたかのように、男はお父さんの背後を取って挑発までしてきた。

「てめええッ!!」

 すかさずお父さんはバックブローで大きな握り拳を風車のように回す。──しかし、それもまた空振りに終わった。確かに見えていた敵はまた姿を消していたのだ。

「なっ──どこだ!?」

「ここだよ、ウドの大木」

 髪の毛をいじりながら余裕そうに答える。それはお父さんの肩に乗って男は言ってきたのだ。ニヤニヤと笑いながらキエーザとやらはこちらを小馬鹿にするように、父のハゲ頭をピシピシと叩いた。

「──うおおおおッ!! くそ野郎がああッ!!」

 咄嗟に掴みかかろうとするも、また男は瞬時に消える。今度は少し離れた所に急に現れると退屈そうに欠伸あくびをした。

「ハーッ! ハーッ! どうなってやがる……! てめえも逸脱だな!? へんてこな能力使いやがって! 瞬間移動でもしてんのか!?」

「ははは。無駄な運動だな。そうさ、俺は逸脱。しかしへんてこな能力とは心外だな、俺のは数ある能力の中でも真っ当な部類さ」

 片手間にどこからか出したくしで髪を掻きながら男は言う。

「……お父さん」

「サビオラ! 大丈夫か!?」

「神父が……パウロ神父が……」

「サビオラ……。パパがいま悪い奴をやっつけてくるから、待っててくれ──。神父様……どうか娘を守って下さい──」

 父は私の頭を優しく撫でると、巨体を敵へと向けた。

「てめえは許さん……! 俺達家族を支えてくれた大事な人を奪った罪!! 万死に値する──ッ!!」

「すごい気迫だな。でも気迫だけじゃあ勝てないんだよオッサン。普通の人間と同じような生活を送ってきた奴と、能力を人殺しに特化させた者の格の違いを見せてやるよ」

 キエーザは腰からスルリと短剣を取り出した。

「ふざけやがって……! そんな腰刀、へし折ってやる!」

 バキバキと手を鳴らすと、お父さんは前傾に構える。

「わかってないなあ。敵を殺るのには大層な武器なんていらない──短剣一本で充分なんだよ。なるべく身を軽くする意味でもね。殺られる前に殺るのが鉄則さ」

「ならてめえを先にぶっ飛ばしてやらあッ!!」

 風の壁を破るような肩口を見せるタックルで突っ込む。キエーザはそれをたしなめるような目で見ると、当たる瞬間にまた煙のように何処かへ消える。

「ぬうッ!?」

 タックルが不発に終わった──それだけでは無かった。次の瞬間にはお父さんの全身から血が溢れだした。

「あらら。痛そうだな。な? 短剣も馬鹿にできないだろ?」

 血のついた短剣をくるくると回しながらキエーザは笑う。お父さんの身体から無数の切り口がそのダメージを物語っていた。

「くっ……! いつの間にこんな攻撃を……ッ!」

「あんたじゃ見えないよ。まあ、俺の攻撃見えた奴なんて今までにいないけどな。それにしてもオッサン頑丈だなあ。結構深く刺しにいったのにあんまり刃が通らなかったよ。あんた苦しむ事になるよ、頑丈なのがあだになったな」

「なめやがって……ッ! その口、二度と開けねえようにしてやるからな──!」

 傷口から流れる血を無視するようにお父さんは、ペッペッと唾を腕にかけると両手を胸の前に構える。


「お父さん──」


 私はふらふらと立ち上がってお父さんの服を引く。

「サビオラ!? 危ないから後ろに下がってなさい! 大丈夫パパなら──」

「お父さん、私も戦う──。もう、大丈夫だから──」

「サビオラ……」

 突然の事で精神的なショックは大きかったが、今この状況はかんばしく無い。お父さんが危険な今、私が泣いてばかりいては更なる悲劇が待ち受けるだろう。もう、大切な人を傷つけられ、失うのは嫌だ──。

 この一時、涙は後で置いてきた。それに──この男にも聞きたいこともある。私は父の横に並ぶと、真っ直ぐに敵を見つめ口を開いた。


「……あなたのような殺人犯が教団の名を騙る事は断じて許せません──。歴史あるセントミカエル教団がそんな"暗部"などと言う闇があるわけが無いです。その手間鱈でたらめと私達の恩師を殺した……悪行──! ここで悔い改めてもらいます──!」



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