45 / 157
~二章 献身の聖女編~
八話 裁きの門『音速のキエーザ』
しおりを挟むあまりにも唐突なその状況に、私は混乱をしていた。目の前にいる男が片手に持っているのは、間違いなく親しんだ者の生首であり、その死相は酷く歪なものであった。
「うそ……」
「嘘じゃないよ。君達の神父だろ? ほら、もっと近くでよく見てみるかい?」
男はそう言うと、神父の生首を捨てるようにこちらに投げた。ごろごろと転がってきた生首を見て私は静かにその場にへたりこむと、込み上げてきた嘔吐感が口から漏れだした。
「う、おえぇえ……」
「ははっ。いい反応だね。まあ安心してくれ。君も今すぐに天へと召してあげるよ。それが大天使ミカエル様への最上の貢献──」
「おおおおおおッッ!!」
男が喋り終わる前に、お父さんの剛拳がその顔面へと振り下ろされる。怒髪天を衝くような鬼の拳は確かに男に当たったかのように見えたのだが、その触れるか触れないかの直前で父の攻撃は唸る音を上げて空を切った。
「なにぃ!?」
「遅いなあ。遅い遅い。あんたは空気と闘っているのかい? もっとしっかり相手を見るべきだね」
まるで瞬間移動をしたかのように、男はお父さんの背後を取って挑発までしてきた。
「てめええッ!!」
すかさずお父さんはバックブローで大きな握り拳を風車のように回す。──しかし、それもまた空振りに終わった。確かに見えていた敵はまた姿を消していたのだ。
「なっ──どこだ!?」
「ここだよ、ウドの大木」
髪の毛をいじりながら余裕そうに答える。それはお父さんの肩に乗って男は言ってきたのだ。ニヤニヤと笑いながらキエーザとやらはこちらを小馬鹿にするように、父のハゲ頭をピシピシと叩いた。
「──うおおおおッ!! くそ野郎がああッ!!」
咄嗟に掴みかかろうとするも、また男は瞬時に消える。今度は少し離れた所に急に現れると退屈そうに欠伸をした。
「ハーッ! ハーッ! どうなってやがる……! てめえも逸脱だな!? へんてこな能力使いやがって! 瞬間移動でもしてんのか!?」
「ははは。無駄な運動だな。そうさ、俺は逸脱。しかしへんてこな能力とは心外だな、俺のは数ある能力の中でも真っ当な部類さ」
片手間にどこからか出した櫛で髪を掻きながら男は言う。
「……お父さん」
「サビオラ! 大丈夫か!?」
「神父が……パウロ神父が……」
「サビオラ……。パパがいま悪い奴をやっつけてくるから、待っててくれ──。神父様……どうか娘を守って下さい──」
父は私の頭を優しく撫でると、巨体を敵へと向けた。
「てめえは許さん……! 俺達家族を支えてくれた大事な人を奪った罪!! 万死に値する──ッ!!」
「すごい気迫だな。でも気迫だけじゃあ勝てないんだよオッサン。普通の人間と同じような生活を送ってきた奴と、能力を人殺しに特化させた者の格の違いを見せてやるよ」
キエーザは腰からスルリと短剣を取り出した。
「ふざけやがって……! そんな腰刀、へし折ってやる!」
バキバキと手を鳴らすと、お父さんは前傾に構える。
「わかってないなあ。敵を殺るのには大層な武器なんていらない──短剣一本で充分なんだよ。なるべく身を軽くする意味でもね。殺られる前に殺るのが鉄則さ」
「ならてめえを先にぶっ飛ばしてやらあッ!!」
風の壁を破るような肩口を見せるタックルで突っ込む。キエーザはそれをたしなめるような目で見ると、当たる瞬間にまた煙のように何処かへ消える。
「ぬうッ!?」
タックルが不発に終わった──それだけでは無かった。次の瞬間にはお父さんの全身から血が溢れだした。
「あらら。痛そうだな。な? 短剣も馬鹿にできないだろ?」
血のついた短剣をくるくると回しながらキエーザは笑う。お父さんの身体から無数の切り口がそのダメージを物語っていた。
「くっ……! いつの間にこんな攻撃を……ッ!」
「あんたじゃ見えないよ。まあ、俺の攻撃見えた奴なんて今までにいないけどな。それにしてもオッサン頑丈だなあ。結構深く刺しにいったのにあんまり刃が通らなかったよ。あんた苦しむ事になるよ、頑丈なのが仇になったな」
「なめやがって……ッ! その口、二度と開けねえようにしてやるからな──!」
傷口から流れる血を無視するようにお父さんは、ペッペッと唾を腕にかけると両手を胸の前に構える。
「お父さん──」
私はふらふらと立ち上がってお父さんの服を引く。
「サビオラ!? 危ないから後ろに下がってなさい! 大丈夫パパなら──」
「お父さん、私も戦う──。もう、大丈夫だから──」
「サビオラ……」
突然の事で精神的なショックは大きかったが、今この状況は芳しく無い。お父さんが危険な今、私が泣いてばかりいては更なる悲劇が待ち受けるだろう。もう、大切な人を傷つけられ、失うのは嫌だ──。
この一時、涙は後で置いてきた。それに──この男にも聞きたいこともある。私は父の横に並ぶと、真っ直ぐに敵を見つめ口を開いた。
「……あなたのような殺人犯が教団の名を騙る事は断じて許せません──。歴史ある聖ミカエル教団がそんな"暗部"などと言う闇があるわけが無いです。その手間鱈と私達の恩師を殺した……悪行──! ここで悔い改めてもらいます──!」
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
裏切りの代償
志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。
家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。
連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。
しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。
他サイトでも掲載しています。
R15を保険で追加しました。
表紙は写真AC様よりダウンロードしました。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな
カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界
魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた
「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね?
それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」
小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く
塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう
一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが……
◇◇◇
親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります
(『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です)
◇◇◇
ようやく一区切りへの目処がついてきました
拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです
恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜
k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」
そう婚約者のグレイに言われたエミリア。
はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。
「恋より友情よね!」
そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。
本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる