桃姫様 MOMOHIME-SAMA ~桃太郎の娘は神仏融合体となり、関ヶ原の戦場にて花ひらく~

羅心@桃姫様&桃姫BLACK

文字の大きさ
上 下
95 / 149
第三幕 覚心 -Heart of Awakening-

22.羅刹変化──羅刹大蛇

しおりを挟む
「──阿南姫殿、御覚悟」

 地面に倒れ伏した鬼波姫に向けて声が投げかけられる。鬼波姫が顔を上げると、黒脛巾組の忍びがずらりと立ちはだかっていた。
 首飾り、腕飾り、耳飾り、そしてそれらが率いる忍び衆30人あまりが鬼波姫を見下ろしながら素早く取り囲み、得物を構えた。

「仏刀を持たぬ我ら忍びでも、鬼の肢体を切断し、封じることは可能」

 鎖鎌を手にした腕飾りが低い声で告げると、匕首を構えた耳飾り、忍者刀を構えた首飾りが顔を黒布で隠した状態で鬼波姫ににじり寄った。

「……ウウ……うううッッ!」

 その光景を目にした鬼波姫は目から膨大な量の涙を流し始めると、顔面を両手で抑えた。そして三人に向けて怒りの声を発する。

「──それが、それが政宗のおばに対する仕打ちですか……!? あなた方、それでも政宗仕えの忍び衆なのですかッ!? 私に刃を向けるなどと……! 恥を知りなさいッッ!!」

 鬼波姫のまさかの発言に困惑した黒脛巾組は足を止める。

「私がなぜこのような行動を起こしたのか、若く愚かな五郎八姫にはわからずとも、長年政宗に仕えたあなた方にはわかるでしょう……!? 耳飾り、答えなさいッ! どうなのですか!?」

 鬼波姫は細身の女忍びの耳飾りに向けて声を発すると、耳飾りは戸惑いながらも黒布の下の口を開いた。

「阿南姫殿、あなたのお気持ちは痛いほどにわかります……ですが、あなたはついぞ伊達に戻らなかった。幾度も"蘆名は滅んだ。伊達に戻るように"と政宗公が書状を送っても、あなたは私の眼前で書状を破り捨てて突き返したではありませんか」

 耳飾りの言葉を受けた鬼波姫は顔を両手で覆い隠したまま地面に倒れ伏し、泣きながら言って返した。

「耳飾り、あなたも忍びである前に女であるならばわかるでしょう……? 人生を掛けた"女の戦い"というものは数枚の書状ごときで済ませられるものではないのですよ」
「だとしても、いつまでも伊達と戦い続けるわけにはいかないはずです。阿南姫殿、今からでも遅くはありませぬ。どうか仙台城にお戻りくださいませ」

 耳飾りは懇願するように阿南姫に言って聞かせると、阿南姫は顔を伏せながらゆっくりと頷いた。

「わかりました……帰らせて頂きましょう……仙台城に」

 そう言った阿南姫に対して、壮齢の白髪忍者である首飾りは忍者刀を構えたまま黒布の下の口を開いた。

「──さりとて、貴殿は鬼となることを選び申した。須賀川城にいた伊達武者も惨殺して回った。そのような悪鬼を仙台城に連れ帰ることは危険極まりない……ゆえに四肢は、切断させて頂く」
「──首飾り、主君のおばに対して、よくもそのようなことが言える……一体どちらが悪鬼でしょうか」
「──我らの主君は、今は五郎八姫殿でございまする」
「──……生意気な」

 鬼波姫は忌々しげにそう声に漏らすと、耳飾りが駆け出して鬼波姫の前に立った、そして首飾りと腕飾りに向けて振り返る。

「首飾り、腕飾り、私は阿南姫殿を信じたいです。四肢を切断し、轡を噛ませた状態で仙台城に連れて帰る、果たしてそんな残酷な真似を政宗公は天界からお許しするでしょうか……今の主君が五郎八姫殿だとしてもです」
「……耳飾り、我らは忍び、要らぬ感情にほだされるな」

 懸命に訴える耳飾りに腕飾りが低い声で告げる。しかし、それでも耳飾りは引かずに声を発した。 

「要らぬ感情などではございませぬ! 私は阿南姫殿を鬼の道から救いたいのでございます──」
「──もういいですよ、耳飾り。時間稼ぎは十分できました」

 鬼波姫はそう言ってスッと立ち上がると、右手に作り出した涙滴で作り出した刃を振るって耳飾りのうなじを斬りつけた。

「──えッ」

 目を見開き、声を漏らした耳飾りのうなじから噴き出た鮮血が、不敵な笑みを浮かべる鬼波姫の顔を赤く染め上げた。
 耳飾りが力なく膝から地面に崩れ落ちると、鬼波姫は青い"鬼"の文字を光り輝かせた黄色い瞳でざわめく黒脛巾組を見回した。

「──政宗に使えた忍び衆なんて、"死滅"する以外に許されると思って?」
「ッ……かかれェッ!」

 首飾りが掛け声を張り上げると、30人の忍びが一斉に鬼波姫に斬り掛かった。それに対して、くすりと笑った鬼波姫は舞うようにその場で回転して地面に含まれた大量の水分を空に向かって撃ち上げた。

「──死滅なさい──」
「……ッ!」

 まさか、下からの攻撃が来るとは想定していなかった黒脛巾組の一同は次々に地面から飛び上がった水滴の弾丸に体を撃ち抜かれて鬼波姫に一太刀も与えることなく地面に倒れ込んだ。

「……ぐ、ぐ……」

 全身から血を流し、苦悶の表情を浮かべながら地面に倒れ伏した首飾りに向けて鬼波姫は歩み寄ると、顔についた耳飾りの血を指先で拭った。
 そして、青い爪が伸びる指を虫の息となっている首飾りに向ける。

「──地獄で政宗に伝えなさい。伊達家は滅んだとね」
「……ぐッ」

 耳飾りの血で作られた弾丸が指先から射出されると、歯噛みした首飾りの額を貫通してその命を奪い去った。

「──さてと……始めましょうか──"国流し"──羅刹変化──羅刹大蛇」

 鬼波姫はそう言いながら歩き出し、須賀川城を出ていった。
 それからしばらく後、浮き木綿に乗った桃姫と五郎八姫の二人が30人の忍びが倒れている現場を発見して降り立った。

「……これは、黒脛巾組でござる……!」

 五郎八姫が戦慄しながら忍びの亡骸を見て声に出すと、桃姫は悲しそうな顔で口を開いた。

「もっと早く駆けつけていれば……」

 桃姫がそう言って見回すと、一人の忍びがかすかなうめき声を漏らした。

「……あっ、いろはちゃん! まだ息のある人がいるよ……!」

 桃姫が五郎八姫に声をかけると五郎八姫が駆け寄って来る。

「腕飾り……!」
「……あ、ああ、五郎八姫殿……」

 五郎八姫に声を掛けられた腕飾りは口から血を吐き出しながら、五郎八姫の顔を見上げた。

「……阿南姫殿が……水を使って、一網打尽に……くッ、無念……」
「しっかりするでござる……しっかり……!」

 腕飾りはそう言って目を閉じて歯噛みした。しゃがんだ五郎八姫は声を掛けながら腕飾りの上体を抱き起こすと腕飾りは浅い呼吸をして口を開いた。

「阿南姫殿は、"国流し"と言い残して、猪苗代湖のほうへ向かいました……嫌な予感がします……グッ、五郎八姫殿、ご武運を……」

 腕飾りはそう言うと、五郎八姫の腕の中で静かに息を引き取った。

「いろはちゃん……!」
「もも、猪苗代湖に行くでござるッ!」
「うん……!」

 桃姫と五郎八姫は浮き木綿に飛び乗ると、鬼波姫が向かった先、磐梯山のふもとに広がる猪苗代湖へと飛び立った。

「……はぁ……はぁ……はぁ……」

 日が沈みかけた猪苗代湖の湖畔にて、顔を血に染めた鬼波姫は息を荒くしながらざぶざぶ──と水の中に歩みを進めていく。
 湖面は夕焼けによって赤く染まり、それはまるで地獄の血の池のように見えた。

「──大おば様ッ!」

 鬼波姫の背中に掛けられる声。鬼波姫が横目で後ろを見ると、浮き木綿から飛び降りて駆け寄ってくる五郎八姫と桃姫の姿があった。

「大おば様ッ! 何を考えているでござるか! 幼い頃の拙者は伊達女として強く生きるあなたのことを尊敬し、あなたに仙台城に帰ってきて欲しかったでござる! 父上殿もそうでござった! それなのに、なにゆえ、なにゆえそこまで伊達家を拒絶するでござるかッ!?」
「──いろは、私の苦しみ。あなたには絶対に理解できないわ……私とあなた、価値観が、根底から異なっているのですよ」

 懸命に訴える五郎八姫に対して、鬼波姫は虚ろな目を浮かべながら視線を戻し、赤く染まる磐梯山の山肌と赤く揺れる猪苗代湖の水面を眺めながら告げた。

「……あなたが生まれた日、私は仙台城に祝いに行った……その時、政宗が言っていたわ……"いろはには男児として生まれて欲しかった"と……なるほど、それを思えば、あなたも愚かな政宗の被害者なのかもしれないですね」

 鬼波姫はそう言うと、フッと振り返って五郎八姫と視線を合わせた。

「──ですが、"国流し"の邪魔立てをするならば、あなたも許すつもりはありません」
「……ッ!」

 ゾッとするような怨嗟の眼差しに息を呑んだ五郎八姫と桃姫。鬼波姫はゆっくりと両手を広げて掲げると、赤い猪苗代湖と赤い磐梯山を掲げ持つようにして目を閉じ、口を開いた。

「──八天鬼人──鬼波姫──」

 そしてカッと"鬼"の青い文字が煌々と輝く黄色い瞳を開いて宣言するように告げた。

「──羅刹変化──羅刹大蛇(らせつおろち)──」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

処理中です...