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三章「人類の樹」
26話
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☆☆☆
遂に僕たちは辿り着いた。
眼前に天へと聳える人類の樹は在った。
形は完全な円柱で横幅は想像していたものよりずっと小さい。直径で十メートルはなさそうだった。しかし高さは凄い。見上げると、本当に天まで届くのではないかと疑いたくなるほどどこまでも続いている。
外装はデザイン性がまったくない。灰色一色の円柱。機械的な所も見当たらなければ、出入り口や窓なども見当たらない。昔の物語に出てくる電柱をそのまま大きくしたような感じだ。
このただ長いだけの柱が人類最大の発明だとはとても信じられない。
完全自動の永久機関でメンテナンスすら必要ないらしいが、いったいどういう仕組みなのだろう。
目を凝らして上のほうを見上げてもソーラーパネルのようなものが見当たらないということは、地下に施設があって地熱発電でもしているのだろうか……
様々な疑問が浮かんでくるが、眺めているだけでは答えは得られそうにない。
「どうして、ここに来たいのか思い出した?」
隣で大きく口を開けながら人類の樹を見上げているナリアに聞いてみた。
「わかんない。でも何でかはわからないけど、ここに戻らないといけない感じがしたの」
「えっ! 戻る? 戻るって……ナリアはここから来たの?」
「うん。あんまりよくは覚えてないけど、そうだったと思う」
「え……っと、それは人類が滅びた後、ここで目が覚めたってこと? 記憶があるのがここからっていうこと?」
「んと……ナリアは人類の樹から出てきたと思う」
「出てきた……?」
もう一度人類の樹を見上げる。
ナリアはこの中から出てきたという。しかしどこにも出入り口は見当たらない。
「何で、僕と会ったところにいたの?」
「んーー……いろいろ見るため?」
「いろいろ見る?」
はっきりとしたことはよくわからないが、僕自身もいろいろ見るために家を出た。
それと同じ感じなのだろうか……
「どこから出てきたのかはわかる?」
「たぶん」
そう言ってナリアは駆け足で、裏側に回る。
既に僕は裏側も確認していた。そのとき、何もそれらしいものは見当たらなかったはずだ。
ナリアと一緒に裏側に回るが、やっぱり出入り口などは見当たらない。
「ここだったかな」
そう言いながら、人類の樹に触れた瞬間――ナリアはまるで壁をすり抜けるみたいにして消えてしまった。
「ナリア!」
僕も急いで同じ場所に触れてみるが、すり抜けられない。
そこは他の場所と変わらない、硬いただの壁だった。
「ナリア!」
何度も名を叫びながら、壁を叩く。壁の感触はコンクリートのような感じで、叩いた音も衝撃も中へと伝わっている様子はない。
思い切り蹴ってみたり、体重をかけて強く体当たりしても反応は返ってこない。
だから――諦めた。これ以上、叩いても叫んでも意味がない。
考える。
まず考えるべきは対応じゃない。その前にいったい何が起こっているのかを把握する必要があった。
はやる気持ちを無理やり押さえつけながら、冷静に考える。
まずは思い出す。
今必要なのは人類の樹の情報だった。
何が解決に繋がるかはわからない。だから一つ一つ丁寧に思い出していく。
――人類の樹。人類の樹と呼ばれる施設だ。
造ったのは星野心。その目的は人類の想いの共有。
百年以上前に建造された施設だが、その構造は明らかになっていない。
入り口も出口も存在しない、完全自動な建造物でメンテナンスの必要すらないらしい。
結局のところ、この人類の樹はそのほとんどが謎に包まれた存在だった。
そんな人類の樹の中からナリアは出てきたと言っていた。そして再びその中に消えてしまった。
消えたときのことを思い出す。
ナリアは自分が出てきたであろう場所に触れて消えてしまった。ということはやはり、その場所こそが出入り口なのだろう。
しかし見た目は他の壁と全くかわらないし、僕が触ってみても何も起きない。
さっきは力ずくで押しても叩いても意味がなかった。だから荷物の中に何か目ぼしいものがないか漁ってみる。
そして缶切りを取り出した。ナイフもあったが、ナイフでは欠けたりする可能性もあって危ないだろうと考え缶切りを選択した。
この缶切り一般的な電動のものではなく、昔ながらのてこの原理を利用して引いて切るタイプのものだ。
その缶切りを使って人類の樹の壁を削ってみることにする。
まずはナリアが消えた場所の壁ではなく、他の壁から。壁は硬いながらも、なんとか少し削ることが可能だった。
これは人類にその気があれば、人類の樹を調べることも可能だったということを意味した。
次にナリアが消えた壁も削ってみる。
先程と変わらずに削ることができた。
削り取った壁の欠片の粒を手にとって見る。僕には普通の石やコンクリートにしか見えない。
ナリアはこの壁を本当に通り抜けて消えたのだろうか?
僕の知っている限りでは壁を通り抜ける技術や、壁に触れた瞬間その対象を別の場所へと転移させるような技術はまだ存在していない。
しかし目の前にあるのは人類の樹。そもそも人類の樹はその存在そのものがオーバーテクノロジーなのだ。現代の技術ではありえないことが起きる可能性を否定することはできない。
だったらナリアは一体どうなってしまったのだろう。
ナリアは消えてしまった。しかし厳密に言えば戻ったのだ。
そしてナリアは人類の樹の中から出てきたと言った。それが真実だとするなら、やはりナリアはこの人類の樹の中のどこかにいるということになる。
もしかしたら人類は全て滅びたわけではなく、人類の樹の中に生き残りがいるのかもしれない。
そしてナリアは外界がどうなっているのかを確認するために外に出てきた。
しかしそれだと、ナリアが記憶を失っていた理由が説明できない。
ナリアに記憶がない理由……外に他の生き残りがいた場合、その者たちに情報を渡さないためということは考えられないだろうか。
そう考えると辻褄が合う気がする。
じゃあ、もしそれが事実だった場合、僕はどうなるのだろう?
ナリアに僕の存在を聞いた誰かが僕を連れに来てくれるのだろうか? それとも出来損ないの僕はこのまま捨て置かれるのだろうか?
もう一度ナリアが消えていった、壁に触れてみる。
何も起きない。
叩く。壁を強く叩く。
壁には何の変化もないのに、僕の手はとても痛かった。
少し血の滲んだ右手を左手で押さえながら、空を見上げる。
いつの間にか日が沈みかけていた。
もう……疲れた。
そのまま大地に仰向けで倒れこむ。
今日は寝ようと思う。
明日になればナリアが戻ってくるかもしれないし、何よりももう何も考えたくなかった。
だから手早く寝袋を用意して中へと潜り込む。
その間に完全に日は沈んでいた。
目を瞑って眠ろうとしても、なかなか眠れない。
考えたくないのに、頭の中にいろいろな考えが浮かんでくる。
浮かんでくるのは僕の望まない未来ばかりだ。
それが嫌で、枕を顔の上に押さえつけ、嫌な考えを頭から追い出そうと必死になる。
そんなことをしているとふと頭の中に思い浮かんだ。
ナリアが僕の想像の産物だという可能性はないだろうか。
人類が想いを共有する以前に作った映像作品でそんなものを見た覚えがある。
イマジナリーフレンド。空想の友達ってやつだ。
そう考えると多くの疑問が解決する。ナリアが記憶を失っていたのも、その名前を選んだことも、他の多くの事柄もその方が僕に都合がよかったということで説明できる。
そしてここにきてナリアが消えたのは、僕が絶望を克服したからだ。
僕は急いで寝袋から這い出すと荷物を確認した。
僕の荷物の隣にはナリアの小さなリュックがある。
よかった。ナリアは僕の空想なんかじゃない。
そして思う。
今、ナリアはどうしているのだろう?
もう寝ているだろうか? しっかりご飯は食べただろうか? 今ナリアがいる場所にもカニ缶があるといいと思う。
ナリアは今笑っているだろうか? 幸せだろうか?
……やっぱり僕は最低だ。ナリアがいなくなった後、今はじめてナリアの心配をし、ナリアの幸せを願っている。
今までずっと自分のことだけしか考えていなかった。
それが無性に悔しくて、涙が溢れてくる。
僕は今、一人だ。一人でいったいどうしたらいいのだろう……
遂に僕たちは辿り着いた。
眼前に天へと聳える人類の樹は在った。
形は完全な円柱で横幅は想像していたものよりずっと小さい。直径で十メートルはなさそうだった。しかし高さは凄い。見上げると、本当に天まで届くのではないかと疑いたくなるほどどこまでも続いている。
外装はデザイン性がまったくない。灰色一色の円柱。機械的な所も見当たらなければ、出入り口や窓なども見当たらない。昔の物語に出てくる電柱をそのまま大きくしたような感じだ。
このただ長いだけの柱が人類最大の発明だとはとても信じられない。
完全自動の永久機関でメンテナンスすら必要ないらしいが、いったいどういう仕組みなのだろう。
目を凝らして上のほうを見上げてもソーラーパネルのようなものが見当たらないということは、地下に施設があって地熱発電でもしているのだろうか……
様々な疑問が浮かんでくるが、眺めているだけでは答えは得られそうにない。
「どうして、ここに来たいのか思い出した?」
隣で大きく口を開けながら人類の樹を見上げているナリアに聞いてみた。
「わかんない。でも何でかはわからないけど、ここに戻らないといけない感じがしたの」
「えっ! 戻る? 戻るって……ナリアはここから来たの?」
「うん。あんまりよくは覚えてないけど、そうだったと思う」
「え……っと、それは人類が滅びた後、ここで目が覚めたってこと? 記憶があるのがここからっていうこと?」
「んと……ナリアは人類の樹から出てきたと思う」
「出てきた……?」
もう一度人類の樹を見上げる。
ナリアはこの中から出てきたという。しかしどこにも出入り口は見当たらない。
「何で、僕と会ったところにいたの?」
「んーー……いろいろ見るため?」
「いろいろ見る?」
はっきりとしたことはよくわからないが、僕自身もいろいろ見るために家を出た。
それと同じ感じなのだろうか……
「どこから出てきたのかはわかる?」
「たぶん」
そう言ってナリアは駆け足で、裏側に回る。
既に僕は裏側も確認していた。そのとき、何もそれらしいものは見当たらなかったはずだ。
ナリアと一緒に裏側に回るが、やっぱり出入り口などは見当たらない。
「ここだったかな」
そう言いながら、人類の樹に触れた瞬間――ナリアはまるで壁をすり抜けるみたいにして消えてしまった。
「ナリア!」
僕も急いで同じ場所に触れてみるが、すり抜けられない。
そこは他の場所と変わらない、硬いただの壁だった。
「ナリア!」
何度も名を叫びながら、壁を叩く。壁の感触はコンクリートのような感じで、叩いた音も衝撃も中へと伝わっている様子はない。
思い切り蹴ってみたり、体重をかけて強く体当たりしても反応は返ってこない。
だから――諦めた。これ以上、叩いても叫んでも意味がない。
考える。
まず考えるべきは対応じゃない。その前にいったい何が起こっているのかを把握する必要があった。
はやる気持ちを無理やり押さえつけながら、冷静に考える。
まずは思い出す。
今必要なのは人類の樹の情報だった。
何が解決に繋がるかはわからない。だから一つ一つ丁寧に思い出していく。
――人類の樹。人類の樹と呼ばれる施設だ。
造ったのは星野心。その目的は人類の想いの共有。
百年以上前に建造された施設だが、その構造は明らかになっていない。
入り口も出口も存在しない、完全自動な建造物でメンテナンスの必要すらないらしい。
結局のところ、この人類の樹はそのほとんどが謎に包まれた存在だった。
そんな人類の樹の中からナリアは出てきたと言っていた。そして再びその中に消えてしまった。
消えたときのことを思い出す。
ナリアは自分が出てきたであろう場所に触れて消えてしまった。ということはやはり、その場所こそが出入り口なのだろう。
しかし見た目は他の壁と全くかわらないし、僕が触ってみても何も起きない。
さっきは力ずくで押しても叩いても意味がなかった。だから荷物の中に何か目ぼしいものがないか漁ってみる。
そして缶切りを取り出した。ナイフもあったが、ナイフでは欠けたりする可能性もあって危ないだろうと考え缶切りを選択した。
この缶切り一般的な電動のものではなく、昔ながらのてこの原理を利用して引いて切るタイプのものだ。
その缶切りを使って人類の樹の壁を削ってみることにする。
まずはナリアが消えた場所の壁ではなく、他の壁から。壁は硬いながらも、なんとか少し削ることが可能だった。
これは人類にその気があれば、人類の樹を調べることも可能だったということを意味した。
次にナリアが消えた壁も削ってみる。
先程と変わらずに削ることができた。
削り取った壁の欠片の粒を手にとって見る。僕には普通の石やコンクリートにしか見えない。
ナリアはこの壁を本当に通り抜けて消えたのだろうか?
僕の知っている限りでは壁を通り抜ける技術や、壁に触れた瞬間その対象を別の場所へと転移させるような技術はまだ存在していない。
しかし目の前にあるのは人類の樹。そもそも人類の樹はその存在そのものがオーバーテクノロジーなのだ。現代の技術ではありえないことが起きる可能性を否定することはできない。
だったらナリアは一体どうなってしまったのだろう。
ナリアは消えてしまった。しかし厳密に言えば戻ったのだ。
そしてナリアは人類の樹の中から出てきたと言った。それが真実だとするなら、やはりナリアはこの人類の樹の中のどこかにいるということになる。
もしかしたら人類は全て滅びたわけではなく、人類の樹の中に生き残りがいるのかもしれない。
そしてナリアは外界がどうなっているのかを確認するために外に出てきた。
しかしそれだと、ナリアが記憶を失っていた理由が説明できない。
ナリアに記憶がない理由……外に他の生き残りがいた場合、その者たちに情報を渡さないためということは考えられないだろうか。
そう考えると辻褄が合う気がする。
じゃあ、もしそれが事実だった場合、僕はどうなるのだろう?
ナリアに僕の存在を聞いた誰かが僕を連れに来てくれるのだろうか? それとも出来損ないの僕はこのまま捨て置かれるのだろうか?
もう一度ナリアが消えていった、壁に触れてみる。
何も起きない。
叩く。壁を強く叩く。
壁には何の変化もないのに、僕の手はとても痛かった。
少し血の滲んだ右手を左手で押さえながら、空を見上げる。
いつの間にか日が沈みかけていた。
もう……疲れた。
そのまま大地に仰向けで倒れこむ。
今日は寝ようと思う。
明日になればナリアが戻ってくるかもしれないし、何よりももう何も考えたくなかった。
だから手早く寝袋を用意して中へと潜り込む。
その間に完全に日は沈んでいた。
目を瞑って眠ろうとしても、なかなか眠れない。
考えたくないのに、頭の中にいろいろな考えが浮かんでくる。
浮かんでくるのは僕の望まない未来ばかりだ。
それが嫌で、枕を顔の上に押さえつけ、嫌な考えを頭から追い出そうと必死になる。
そんなことをしているとふと頭の中に思い浮かんだ。
ナリアが僕の想像の産物だという可能性はないだろうか。
人類が想いを共有する以前に作った映像作品でそんなものを見た覚えがある。
イマジナリーフレンド。空想の友達ってやつだ。
そう考えると多くの疑問が解決する。ナリアが記憶を失っていたのも、その名前を選んだことも、他の多くの事柄もその方が僕に都合がよかったということで説明できる。
そしてここにきてナリアが消えたのは、僕が絶望を克服したからだ。
僕は急いで寝袋から這い出すと荷物を確認した。
僕の荷物の隣にはナリアの小さなリュックがある。
よかった。ナリアは僕の空想なんかじゃない。
そして思う。
今、ナリアはどうしているのだろう?
もう寝ているだろうか? しっかりご飯は食べただろうか? 今ナリアがいる場所にもカニ缶があるといいと思う。
ナリアは今笑っているだろうか? 幸せだろうか?
……やっぱり僕は最低だ。ナリアがいなくなった後、今はじめてナリアの心配をし、ナリアの幸せを願っている。
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