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天降る天使の希い
晴の月 その二
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「ソルーシュ! なんとかしてくれ!」
朝の支度を終えたソルーシュのもとに、大きな声でやってきたのはオーランだった。
このところ、ソルーシュの宮より先に、牡丹宮で紅希を慰めていたオーランの慌てぶりにソルーシュもどうしたことかと驚いた。
「どうしました? 紅希様になにかありましたか?」
「あいつ、オレと……」
そこまで言ってオーランが顔を真っ赤にして口をつぐんだ。
するとトタトタと可愛らしい足音が聞こえて、扉が開いた。
「オーラン! ボクと結婚してくださいっ!」
飛び込んできた紅希が立ち尽くしていたオーランに飛びつき、叫んだ。
紅希に追いついた従者たちも、ソルーシュの茶の支度をしていた舜櫂もみな一様に驚き、口を開いていた。
そんな中、落ち着いているのはソルーシュだけだった。
「紅希様、そんなに大きな声で言ってはオーランだって恥ずかしいですよ」
「でも父上! ボク、何度も言ってるのにオーランが聞いてくれないのです」
「断られてはいないのですか?」
「はい! まだ子どもだからって言われました」
紅希をオーランから引き離してやると、オーランは乱れた衣服を整えて、少し距離を取った。
追いすがろうとする紅希にソルーシュが問うと、紅希は嬉しそうに答えた。
それは断られてると思うのだが……とソルーシュは考えたが、まだふたりは六歳と十一歳。その年齢で婚約することがないことはないが、将来を決めるには早すぎる。
「確かに、まだふたりとも結婚できる年齢ではありませんね」
「でも、ボク結婚するならオーランがいいです!」
「なんでオレなんだよ!」
間髪いれずにオーランが叫んだ。
「確かにふたりは仲が悪いと思ってましたけど……。紅希様はどうしてオーランと結婚したいのですか?」
「ボク、オーランと仲悪くないですよ?」
いつも競い合い、ソルーシュを取り合っていたふたりだ。紅希の言葉にオーランがケチを付けることは日常茶飯事で、そのたびに紅希が落ち込んでいることもしばしばだった。
「あぁ、紅希様は競い合ってるだけで喧嘩してるつもりはなかったのですネェ」
周囲は仲が悪いのだと思っていたが、紅希からすれば好敵手だと思っていたようだ。
不遜な態度を取っていたことを自覚しているのだろう、オーランはなぜ自分が好かれたのか分からないようだった。
「……オレはお前のことなんて好きじゃない」
紅希からの視線を避けて、オーランがつぶやいた。
好きじゃないと言われた紅希だが、まったくめげることなくオーランを覗き込んだ。
「でもボクはオーランが好きです。母上がいなくなって、父上もお忙しいから、ボクと一緒にいてくれました! ボク、寂しいけどオーランがいたから大丈夫なんです」
「そんなの今だけだ」
「でも、本当の父上も、母上もいなくなってボクひとりだって言ったらオーランがずっと一緒にいてくれるって」
「それは……オレは官吏になってこの国を支えるのが夢だから、それだけだ」
学者の父から学び、賢高に来てから墨夏に師事してきたオーランの夢。
官吏になり国を支える。
十年経てば官吏試験が受けられる。そのためにオーランがよく学んでいることをソルーシュは知っている。
「ボクと結婚してもできます! この間舜櫂が言いました! 王を支えることは国を育てることだって」
後宮の存在意義を問われたときのことだ。
舜櫂もソルーシュの側仕えになるとき、王妃に仕えることがひいては国を支える大事な仕事だと言っていた。
――紅希はよく分かってる。
ソルーシュは小さな頭を愛おしい気持ちで見つめていた。
「だからってオレがなんで、お前と結婚なんてっ」
「ボクがオーランを好きだからです」
結局そこに落ち着くのだなと、ソルーシュがくすくす笑うと舜櫂が口を挟んだ。
「堂々巡りですネェ。しかしオーランと結婚するのは良いですが……。王家は紅希様で終わることになりますネェ」
「あれ? 舜櫂、まだ気付いていないのですか?」
「なにがでしょう?」
口を開こうとしたソルーシュをオーランが大きな声でとどめた。
「ソルーシュ!」
慌てるオーランにソルーシュは眉を下げ、ため息をついた。
「もう隠せないですよ。紅希様も分かってらっしゃるからオーランに求婚されてるようですし」
ふたりの会話に舜櫂が首を傾げる。
「ソルーシュ様? 拙には何がなにやら……」
「オーランは弟じゃありません。ワタシの妹です」
両手で顔を覆うオーランに、紅希がまた抱きついた。
「オーラン! 結婚してください!」
ソルーシュは舜櫂があっけにとられる顔を初めて見た。
朝の支度を終えたソルーシュのもとに、大きな声でやってきたのはオーランだった。
このところ、ソルーシュの宮より先に、牡丹宮で紅希を慰めていたオーランの慌てぶりにソルーシュもどうしたことかと驚いた。
「どうしました? 紅希様になにかありましたか?」
「あいつ、オレと……」
そこまで言ってオーランが顔を真っ赤にして口をつぐんだ。
するとトタトタと可愛らしい足音が聞こえて、扉が開いた。
「オーラン! ボクと結婚してくださいっ!」
飛び込んできた紅希が立ち尽くしていたオーランに飛びつき、叫んだ。
紅希に追いついた従者たちも、ソルーシュの茶の支度をしていた舜櫂もみな一様に驚き、口を開いていた。
そんな中、落ち着いているのはソルーシュだけだった。
「紅希様、そんなに大きな声で言ってはオーランだって恥ずかしいですよ」
「でも父上! ボク、何度も言ってるのにオーランが聞いてくれないのです」
「断られてはいないのですか?」
「はい! まだ子どもだからって言われました」
紅希をオーランから引き離してやると、オーランは乱れた衣服を整えて、少し距離を取った。
追いすがろうとする紅希にソルーシュが問うと、紅希は嬉しそうに答えた。
それは断られてると思うのだが……とソルーシュは考えたが、まだふたりは六歳と十一歳。その年齢で婚約することがないことはないが、将来を決めるには早すぎる。
「確かに、まだふたりとも結婚できる年齢ではありませんね」
「でも、ボク結婚するならオーランがいいです!」
「なんでオレなんだよ!」
間髪いれずにオーランが叫んだ。
「確かにふたりは仲が悪いと思ってましたけど……。紅希様はどうしてオーランと結婚したいのですか?」
「ボク、オーランと仲悪くないですよ?」
いつも競い合い、ソルーシュを取り合っていたふたりだ。紅希の言葉にオーランがケチを付けることは日常茶飯事で、そのたびに紅希が落ち込んでいることもしばしばだった。
「あぁ、紅希様は競い合ってるだけで喧嘩してるつもりはなかったのですネェ」
周囲は仲が悪いのだと思っていたが、紅希からすれば好敵手だと思っていたようだ。
不遜な態度を取っていたことを自覚しているのだろう、オーランはなぜ自分が好かれたのか分からないようだった。
「……オレはお前のことなんて好きじゃない」
紅希からの視線を避けて、オーランがつぶやいた。
好きじゃないと言われた紅希だが、まったくめげることなくオーランを覗き込んだ。
「でもボクはオーランが好きです。母上がいなくなって、父上もお忙しいから、ボクと一緒にいてくれました! ボク、寂しいけどオーランがいたから大丈夫なんです」
「そんなの今だけだ」
「でも、本当の父上も、母上もいなくなってボクひとりだって言ったらオーランがずっと一緒にいてくれるって」
「それは……オレは官吏になってこの国を支えるのが夢だから、それだけだ」
学者の父から学び、賢高に来てから墨夏に師事してきたオーランの夢。
官吏になり国を支える。
十年経てば官吏試験が受けられる。そのためにオーランがよく学んでいることをソルーシュは知っている。
「ボクと結婚してもできます! この間舜櫂が言いました! 王を支えることは国を育てることだって」
後宮の存在意義を問われたときのことだ。
舜櫂もソルーシュの側仕えになるとき、王妃に仕えることがひいては国を支える大事な仕事だと言っていた。
――紅希はよく分かってる。
ソルーシュは小さな頭を愛おしい気持ちで見つめていた。
「だからってオレがなんで、お前と結婚なんてっ」
「ボクがオーランを好きだからです」
結局そこに落ち着くのだなと、ソルーシュがくすくす笑うと舜櫂が口を挟んだ。
「堂々巡りですネェ。しかしオーランと結婚するのは良いですが……。王家は紅希様で終わることになりますネェ」
「あれ? 舜櫂、まだ気付いていないのですか?」
「なにがでしょう?」
口を開こうとしたソルーシュをオーランが大きな声でとどめた。
「ソルーシュ!」
慌てるオーランにソルーシュは眉を下げ、ため息をついた。
「もう隠せないですよ。紅希様も分かってらっしゃるからオーランに求婚されてるようですし」
ふたりの会話に舜櫂が首を傾げる。
「ソルーシュ様? 拙には何がなにやら……」
「オーランは弟じゃありません。ワタシの妹です」
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