65 / 81
天降る天使の希い
萌の月 その二
しおりを挟む
ひさしぶりに早い時間に蓮華宮に訪れた蒼鷹に、ソルーシュは嫌な予感がした。
宣戦布告を受けたのが今日なら、忙しいはずだからだ。
いくら日が長くなってきたとはいえ、まだ明るい時間に朝議が終わるとは、とても思えない。
蒼鷹の様子に変わりはないが、後ろに立つ峰涼の険しい表情に、その予感は確信に変わった。
「なにか、あったのですか?」
「あった。あったな。大したこと、じゃないとは言えないが……。ひとまず、夕餉を食べてからにしないか?」
端切れの悪い蒼鷹だったが、ゆっくり夕餉を食べることもままならなかったソルーシュはそれに同意した。
膳にはソルーシュが気に入っている桂魚の蒸し物。香味野菜がたっぷり掛かった餡は淡く色づいている。
それと青菜の炒めもの、ご飯に汁物。
国王夫妻の夕餉にしては質素だが、これがいつもの食事だった。
「食べながら聞いてくれ」
慣れた箸で青菜を口にすると、シャキシャキと良い音がした。大蒜の香りが食欲をそそり、米を一口。
蒼鷹もまた桂魚を切り分け、一口食べ終えると汁を飲んだ。
「宣戦布告に、犀登の将は來毅とあった」
「もともと将軍だったのですよね」
「あぁ……。そして今は犀登の王だ」
言われたことを咀嚼しながら、ソルーシュが思い当たった考えに知れず、身体が震えた。
「……同等の将を置く、ですよね? それは肩書や身分とは関係ないのではないのですか?」
「関係ない、と言いたいところだがこの場合はそうも言っていられないだろうな」
箸を置いたソルーシュとは違い、蒼鷹は箸を進めていた。
「では蒼鷹が出陣するのですか? 軍人ではないのに?」
「まったく面倒なことだな」
舜櫂に教わったとき、不思議な風習だとは思ったが兵の士気のためには必要だとも感じた。
しかしあくまでそれは軍人のことだけと思っていた。
蒼鷹が陣を敷くなど考えてもいなかったのである。
「そんなに心配そうな顔をしなくて良い。実際に戦うのは私ではなく兵だ。彼らもよく訓練されているし、戦術に自信があるわけではないがまったく知らぬわけでもない」
「ですが……」
「それとも私が細いから心配か? そのためにも食べておかねばなぁ」
確かにソルーシュより細い身体で、戦いに挑まねばならないことも不安だが、そういうわけではないことは、蒼鷹も分かっているはずだ。
ソルーシュを不安にさせないためにいつもどおりを装う蒼鷹に倣って持った箸だが、口にした青菜からは何の味もしなかった。
その日、早めの夕餉を終えてふたりで湯殿に浸かることになった。
適温に温められた湯はふたりが入れば一気に溢れ、室内に湯気が立ち込めた。
視界がはっきりしはじめたソルーシュの前に蒼鷹の顔があった。
どちらともなく顔を寄せ、口づけを交わすと蒼鷹がソルーシュの胸に飛び込んできた。
ぱしゃりと音を立てた水面が揺れ、蒼鷹の黒髪がゆらゆらと泳いでいた。
その髪を整えて、ソルーシュは蒼鷹の肩を抱いた。
「安心して帰って来られるように、ここで待っていてくれ」
「はい」
「それから、峰涼は置いていくからたまに菓子でもやってくれ」
「はい」
「あと紅希はいいが、紅牡丹とは極力会わないでくれ」
「はい」
「それから、そうだな……」
「大丈夫です。必ず蒼鷹が無事に戻ってくると信じてますから」
「そうだな。以前ならこんなところに帰りたいなど思わなかったが、今はソルーシュがいる。それに守らなければならない民もいる」
ソルーシュの背に回された蒼鷹の手が一層強くなる。
本当は、戦などなければいいのにと、互いに思っていても口には出来なかった。
ソルーシュもまた蒼鷹を強く抱きしめた。
しばらくそうしていると、蒼鷹がもぞもぞと身体を動かした。
強く抱きしめすぎたかと力を緩めると、ふっと息を吹きかけられた。
「しばらくこの真珠を愛でられないかと思うと、それだけは悔しいな」
「蒼鷹? あっ! 待って、ここじゃのぼせるから、……っ♡」
結果一晩掛けて愛でられたおかげで、翌日、ソルーシュは丸一日寝床から出られずにいた。
――なぜワタシより細いのに閨の体力は勝てないのだろう? もしかして蒼鷹はああ見えて強いのだろうか……?
格子窓から差し込む光と影を数えながら、ソルーシュは気だるい一日を過ごした。
宣戦布告を受けたのが今日なら、忙しいはずだからだ。
いくら日が長くなってきたとはいえ、まだ明るい時間に朝議が終わるとは、とても思えない。
蒼鷹の様子に変わりはないが、後ろに立つ峰涼の険しい表情に、その予感は確信に変わった。
「なにか、あったのですか?」
「あった。あったな。大したこと、じゃないとは言えないが……。ひとまず、夕餉を食べてからにしないか?」
端切れの悪い蒼鷹だったが、ゆっくり夕餉を食べることもままならなかったソルーシュはそれに同意した。
膳にはソルーシュが気に入っている桂魚の蒸し物。香味野菜がたっぷり掛かった餡は淡く色づいている。
それと青菜の炒めもの、ご飯に汁物。
国王夫妻の夕餉にしては質素だが、これがいつもの食事だった。
「食べながら聞いてくれ」
慣れた箸で青菜を口にすると、シャキシャキと良い音がした。大蒜の香りが食欲をそそり、米を一口。
蒼鷹もまた桂魚を切り分け、一口食べ終えると汁を飲んだ。
「宣戦布告に、犀登の将は來毅とあった」
「もともと将軍だったのですよね」
「あぁ……。そして今は犀登の王だ」
言われたことを咀嚼しながら、ソルーシュが思い当たった考えに知れず、身体が震えた。
「……同等の将を置く、ですよね? それは肩書や身分とは関係ないのではないのですか?」
「関係ない、と言いたいところだがこの場合はそうも言っていられないだろうな」
箸を置いたソルーシュとは違い、蒼鷹は箸を進めていた。
「では蒼鷹が出陣するのですか? 軍人ではないのに?」
「まったく面倒なことだな」
舜櫂に教わったとき、不思議な風習だとは思ったが兵の士気のためには必要だとも感じた。
しかしあくまでそれは軍人のことだけと思っていた。
蒼鷹が陣を敷くなど考えてもいなかったのである。
「そんなに心配そうな顔をしなくて良い。実際に戦うのは私ではなく兵だ。彼らもよく訓練されているし、戦術に自信があるわけではないがまったく知らぬわけでもない」
「ですが……」
「それとも私が細いから心配か? そのためにも食べておかねばなぁ」
確かにソルーシュより細い身体で、戦いに挑まねばならないことも不安だが、そういうわけではないことは、蒼鷹も分かっているはずだ。
ソルーシュを不安にさせないためにいつもどおりを装う蒼鷹に倣って持った箸だが、口にした青菜からは何の味もしなかった。
その日、早めの夕餉を終えてふたりで湯殿に浸かることになった。
適温に温められた湯はふたりが入れば一気に溢れ、室内に湯気が立ち込めた。
視界がはっきりしはじめたソルーシュの前に蒼鷹の顔があった。
どちらともなく顔を寄せ、口づけを交わすと蒼鷹がソルーシュの胸に飛び込んできた。
ぱしゃりと音を立てた水面が揺れ、蒼鷹の黒髪がゆらゆらと泳いでいた。
その髪を整えて、ソルーシュは蒼鷹の肩を抱いた。
「安心して帰って来られるように、ここで待っていてくれ」
「はい」
「それから、峰涼は置いていくからたまに菓子でもやってくれ」
「はい」
「あと紅希はいいが、紅牡丹とは極力会わないでくれ」
「はい」
「それから、そうだな……」
「大丈夫です。必ず蒼鷹が無事に戻ってくると信じてますから」
「そうだな。以前ならこんなところに帰りたいなど思わなかったが、今はソルーシュがいる。それに守らなければならない民もいる」
ソルーシュの背に回された蒼鷹の手が一層強くなる。
本当は、戦などなければいいのにと、互いに思っていても口には出来なかった。
ソルーシュもまた蒼鷹を強く抱きしめた。
しばらくそうしていると、蒼鷹がもぞもぞと身体を動かした。
強く抱きしめすぎたかと力を緩めると、ふっと息を吹きかけられた。
「しばらくこの真珠を愛でられないかと思うと、それだけは悔しいな」
「蒼鷹? あっ! 待って、ここじゃのぼせるから、……っ♡」
結果一晩掛けて愛でられたおかげで、翌日、ソルーシュは丸一日寝床から出られずにいた。
――なぜワタシより細いのに閨の体力は勝てないのだろう? もしかして蒼鷹はああ見えて強いのだろうか……?
格子窓から差し込む光と影を数えながら、ソルーシュは気だるい一日を過ごした。
0
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる