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天降る天使の希い
初の月 その二
しおりを挟むどう切り出せば良いか、頭を巡らせてソルーシュは姉の話をはじめた。
「ワタシの五つ上の姉の話です。彼女はとてもおとなしい人でした。ワタシと同じように父に打ち捨てられてはいましたが、彼女の母親は名家の方でなにくれとなく実家の世話になっていたので、不自由はなかったと思います」
紅希の話だと言ってから、突然、姉の話をするソルーシュだったが、蒼鷹は真剣な眼差しで聞いていた。
「ときおり見掛けるだけだったので、本当のところは知りません。ですが、ワタシに会釈をするくらいには、良い人だったと思います」
会釈どころか一瞥すると蔑むような目で見る兄弟の仲、彼女はアミールほどではないにしろ貴重な存在だと、ソルーシュは感じていた。
「そんな彼女がある日、大声をあげて泣いていたのです」
聞けばその日はめったに訪れることのない父が、彼女の母の宮殿に出向いていた。
父の訪れに喜んでいた母親に、父が怒鳴りつけていた。
『貴様のような着飾るだけしか能のない女が、我に進言か? 我の金を我が使って何が悪いっ!』
『お言葉ですが、陛下。わたくしはわたくしの財で賄っております。陛下の財は国のもの。それをあのような女に入れ揚げて湯水のように使うとは……』
そのころハレムには新しい妾妃が入っていた。
彼女はソルーシュの母と同じ、異国から流れ着いた人だった。
白い肌は若さに溢れ、豊かな金の髪と同じ色の蠱惑的な瞳。量感たっぷりの胸元に、くびれた腰。そして、彼女にはソルーシュの母が一度も見せたことのない愛嬌があった。
そんな彼女を父は寵愛した。
彼女がねだればなんでも与えた。新しい宮殿、新しい衣装、そして貴石を使った宝飾品だ。
これが、ソルーシュが輿入れに間接的な要因でもあった。トルナヴィエで貴石は取れても、彼女が満足する細工を施したものは少なかったのである。
ふたりの口論は激しさを増していった。
ソルーシュの離れまで聞こえるほどの大きな怒鳴り声が響き渡ると、それを上回るほどの大きな泣き声が聞こえてきたのだ。
「姉が父を愛していたかはわかりませんが、おそらくふたりの口論を聞きたくなかったのだと思います。そういったことが、ワタシが出立する直前までたびたび起こりました」
自分が大声をあげることで、耳を塞いだのだ。
「冬至祭の支度の日。紅希は同じような態度をとりました。様子を見る限り、あれは日常的に行われてるのではないかと……」
「しかし、紅牡丹が誰かと言い争うようなことがあるだろうか?」
「……鄭琳ではないでしょうか?」
「鄭琳? なるほど。教育方針の違いや、それ以外でなにか彼らが言い争う可能性は否定出来ないな」
紅希の師である鄭琳なら、後宮への出入りは可能だ。紅牡丹が呼び寄せた人物のため、親しい関係であることは間違いない。
よもやそういった関係の可能性もあり得る。
鄭琳の調査も難航していたが、紅希に害があると証明できれば、免職することは容易だ。
「よく気付いてくれた。ありがとう」
蒼鷹は小さな紙片に書き付けて、峰涼へ渡すよう入り口に侍る宦官へ渡した。
長椅子で待つソルーシュのもとへ歩み寄る蒼鷹の顔から険しさが消えた。
「ソルーシュにはやはりそのままでいて欲しい」
「どういう意味ですか?」
何度となく言われた言葉だったが、これまで足りない自分への慰めだと思っていた。
しかし、今の状況で言われるのはなにか違うと感じて問い返すと、蒼鷹は不思議そうな目をしていた。
「もしや、伝わっていなかったか? 別にソルーシュが王妃らしくあろうとすることに否はない。だが、私の天使はその心根に本質がある。見た目や作法が王妃らしい者なら紅牡丹のような者でも良いが、私の隣にはソルーシュのように人の痛みや心が分かる者が良い」
ソルーシュの横に片膝をのせ、またぐようにして見下ろした蒼鷹に顔を掬われる。
言われたことを反芻し、自分が思い違いをしていたことに気付かされた。
ふわりと香る紫玉蘭がソルーシュを包み込む。
ぽかんと開いた唇はいつの間にか同じもので塞がれている。
深くなる口づけとともに、心が軽くなっていくのを感じて、ソルーシュの腕が伸びる。
首に回した手に、蒼鷹のさらりとした黒髪が触れる。
まるで髪にまで愛撫されているように、ソルーシュの気持ちを高ぶらせた。
「……年越しの行事をしようか」
「行事、ないと、聞きましたけど……?」
「国の行事は、な」
意味ありげな笑みを浮かべた蒼鷹に促され、暮れる夕日に染まる寝室へと誘われるソルーシュだった。
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