タカと天使の文通

三谷玲

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天降る天使の希い

明の月 その一

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 霉雨梅雨明けの院子なかにわの池には、白い蓮の蕾が咲くときを待っていた。
 その院子でソルーシュは短い朝のひとときを蒼鷹と並んで座っていた。院子に設けられた四阿あずまやは見事に彫られた蔦模様の朱色の柱で支えられ、中央の卓には粥と茶が用意されていた。
 国王夫妻の朝の支度は峰涼か舜櫂、いずれかまたは二人で行われるが、今朝は舜櫂だ。

「峰涼ではこんな優雅な朝餉あさげは味わえないな」
「そうですカ? まぁ拙も陛下おひとりならこのような支度はしませんけどネェ」
「ワタシのためにわざわざここまでしなくてもいいんですよ? 朝から大変ではありませんか?」

 昨夜はよりそって眠るだけだったのでこうして朝食をともに食べる事ができるのを、ソルーシュは喜んでいた。
 無論、蒼鷹に抱かれるのが嫌なわけではない。
 ただ、朝の見送りすらできないのは王妃としての役割を果たせていないのではないかと、悩んでいたからだ。
 素直にそう告げるべきか迷っていたソルーシュを見かねた舜櫂が峰涼を通して、同衾を減らしソルーシュの負担を軽減するよう伝えたのは最近のこと。
 めったに雨の降ることがなかった故郷とは違い、この時期の賢高はしとしとと雨が降り続く。うっすらと靄の掛かった池を眺めるのをソルーシュはいたく気に入っていた。
 軒から手を出し雨粒を受け、楽しむソルーシュの様を見るのもやぶさかではない蒼鷹は、回数を減らすことに異論はなかったらしい。逆に負担を掛けていたことを謝った。

「ソルーシュはもっと私にねだってもいいんだぞ?」
「ねだるって言われましても……」

 このふたつきでソルーシュはこれまで祖国で与えられていたもの以上のものを与えられていて、不満はなかった。
 むしろ自分が何を返せるのかわからないほどの恩恵に、戸惑うくらいだ。

 舜櫂は官吏としても有能なのだろうが、側仕えとしても有能だった。
 
 今日の衣装は柔らかい絹地で淡い乳白色の深衣しんいという着物だ。
 上下が縫い合わされ、袖も裾も長い。それを帯一本で締めるのだが、ソルーシュが締めると締め付け過ぎたり、逆に緩すぎて解けてしまうのだ。
 王妃を表す黄色の絹地に金の刺繍で雲間を飛翔する鷹が刺されている帯を、舜櫂はその細くきれいな指で締める。驚くくらい手早く、しかし緩むことはない。

「どうしたら上手く結べるようになりますか?」
「コツがあるんですが、それをお教えしたら拙の仕事がなくなりますネェ」

 これ以上仕事を増やしたくない思いもあったソルーシュだが、舜櫂は衣装の支度も楽しいので取り上げないでくれと笑った。

 蒼鷹から贈られたものは他にもある。
 馬に乗る習慣のなかったソルーシュだが、賢高に来て初めての乗馬はとても楽しかった。
 迎えにきた蒼鷹の馬の背に乗り、走るのは爽快で、旅はとても快適だったのだ。
 それを覚えていたのだろう。
 蒼鷹はすぐさまソルーシュの体格に見合った大きな芦毛の馬を用意した。
 ソルーシュはその馬に「高い」という意味のサーミと名付けた。
 厩舎は後宮の西にある。
 広い馬場もあるのだが、王と王妃であれば、後宮内を騎乗しても問題ない。
 城を大きく囲う土塀と、後宮の各宮には馬が通るのに十分な路がある。かつては、王が広い後宮の各宮を訪ねるのに使われていたそうだが、今ソルーシュの宮は蒼鷹の宮の隣にある。
 後宮をぐるりと一周できる路で、サーミを走らせるのがソルーシュの日課になっている。

 後宮は通常、他者の侵入を許可されていないが、オーランだけは別だった。
 墨夏とともに来庁すると、雑用をこなしながらもオーランはたびたびソルーシュのもとを訪れた。
 当初はオーランを側仕えとしてともに後宮にと思っていたソルーシュだったが、当のオーランから拒絶された。

『オレはどっか外で暮らす。もともと庶民だからな。それに後宮なんて、堅苦しいところにはいたくない』

 オーランが苦々しげに言うので、ソルーシュも無理強いはできなかった。それにオーランが後宮で暮らすのは何かと不自由が多い。ソルーシュはオーランには自由に生きてほしいと思っていた。
 城下にある墨夏の屋敷で暮らすようになってオーランは少しだけ行儀作法が身についたようだ。
 蒼鷹を陛下と呼べるようになったし、椅子に座ることを覚えた。子猿がやっと人の子になったと、墨夏が大きなため息をつくので、ソルーシュは申し訳無さに墨夏に頭を下げて、逆に墨夏を困らせたこともあった。

――今のワタシに必要なもの……。

 自分に何が足りないのか、ソルーシュは考えに没頭し、ふとひらめいた。

「あ! 物ではないのですが、ひとつ、お願いがっ!」
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