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番外編
春生
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温かいまどろみからふと目が醒めた。
肌にまとわりついた温もりはあちらから離れることはなさそうだ。
静かな寝息に安堵しながらそっと抜き出ると、玻璃から漏れる光に目を瞬かせる。
(あれから何日経ったんだろう……)
龍生とこの部屋で確かめあってから龍生の300年の孤独を埋めるため、二人で睦み合っていたがそろそろ龍生も僕もやっと落ち着いた、ように思う。
もともと体力のある龍生は分かるけど、僕も若いからついていけたのだろうか?
なにかしら食べた記憶もないのに、お腹が空いたという感覚もなかった。
あの時、炎に包まれたように感じたけど、僕の身体は脱皮したように生まれ変わったみたいだ。
確認しようと下を見ると、龍生の付けた赤い痕はすでに消えていて、少し残念に感じた。
(……残念ってなんだよ、僕)
この数日のあれやこれやを思い出してしまい、赤らむ顔を両手で抑えた時、扉を叩く音が聞こえた。
「瑛晴様、お目覚めですか? よろしければご支度をお手伝いにまいりました」
聞こえた声は恐らく龍蒼のものだと思う。
寝台を見れば龍生はまだ目覚める気配もない。このままここに籠もるわけにもいかないが、かといって彼に手伝ってもらうわけにも……。
僕の衣装は龍生が剥ぎ取ったまま放置されていたが、これをまた着れば龍生が嫉妬しそうなので、龍生の黒い深衣を手に取った。
「少し、待ってもらえますか? 身支度整えますので」
「お一人で大丈夫ですか?」
「着飾るのは無理ですけどね」
今の僕には大きい龍生の深衣に体格差を見せつけられた気分でなんとか身なりを整えたところで、後ろから抱きとめられた。
「彼シャツみたいで可愛いな、あき」
「あれ、起きちゃった?」
「ああ、あき、その格好では誰とも会わせられない。ちょっと待ってろ」
そんなみっともない格好ってわけでもないと思うけど、龍生的にはナシだったのだろう。
龍生自身は裸のまま、扉へ向かうとその扉越しに龍蒼から籠を受け取ると僕のところに戻ってきた。
「さ、立って。着替えるぞ」
「自分で出来るよ?」
「着させたいんだよ、ほら」
どうも子供になったおかげで龍生は僕をかまうのが楽しいらしい。にこにこと僕に着付ける様は恋人というより父親みたいだ。
淡い朱の裳に赤みの強い黄色の絹地の大袖の深衣は裾が緩やかに弧を描き、腰帯に巻きつけられる。
簡素で露出の少ない衣装は久し振りな気がする。
完全に女性の衣装なのはもう諦めたが、黄色は着たことがなかった。
「龍蒼の見立てなのが癪だが、よく似合ってる」
自分の着付けに満足したのか僕を左右上下と見渡した龍生に思わず笑いが起こる。
「龍王自ら着付けだなんて、おかしいね」
「だが、他の男に着付けさせるわけにもいかないだろ」
後ろに回って髪まで結おうとする龍生を見かねてそれを制し、みずから緩く結い上げた。渡された琥珀の簪を差し込む。
「失礼いたします、龍王、龍玉陛下。もうよろしいですね?」
機会を見計らっていただろう龍蒼が室内に入ると、龍生はわかりやすく不機嫌な気配を顕にしながら、深衣をさらりと身に纏い、帯を締めた。
「いいとは言ってない」
「このまま待っていてはいつまで経っても龍玉の披露目も出来ませんよ、馬鹿陛下」
「馬鹿は余計だ」
気やすい二人のやりとりを眺めていたが、龍玉のお披露目という単語に僕はどきりとした。
そうか、そういうこともあるのか。
そうなると、やはり身支度くらいしてもらえる小童が必要なのでは?
前世の僕なら身なりなんて気にしなかったが、今ならその必要性は分かる。
ごてごてに着飾る必要はなくても、時と場合によって衣装というのは大事なものだ。
「そこで、陛下。もう一人、子を成してはいかがでしょうか?」
「子? 子供? 龍生子供がいるの?」
「龍蒼、言い方に気をつけろ! 誤解されるだろう」
誤解、なんだろうか? 300年も生きていて、子供がいてもおかしくないじゃないか。
龍生は昔も、今もいい男だ。しかも龍王。後宮とかあったりするんだろうか?
「あき、誤解するなよ? そうだ、ちょうどいいから今から見せてやる」
「見せる?」
龍生と龍蒼、途中で龍緋が加わって四人で王宮の表に連れ立った。
ついこの前萬龍に連れられて登った長い階段を今度は龍生と降りる。
あの時の僕に今のこの状況を教えられても信じられなかっただろう。
感慨にふけりつつも降り立つ大広場は、春宴の賑わいとは違う閑散としたものだった。
「陛下が落ち着いてくれたおかげでやっとちょうど良い気候になったな」
「本当に。昨日までは晴れたかと思えば豪雨や嵐、かと思えば突然凪いだりと忙しかったですからね」
そ、そんなに龍生の気持ちで気候が変わるのか。というかそれが全国民にバレてるのか?
「あまり、あきを怯えさせるな。さすがにもう落ち着いたから維持出来る、ハズだ」
「心配なんだけど、あと恥ずかしい……」
「ちょっと箍が外れただけだ。あとはあきが共に生きていてくれれば大丈夫」
「龍生……」
僕の頬を龍生が愛おしそうに撫でる。その手の温もりにくらりと目眩がする。
この温もりが、僕のもの。僕の全て。
その手を掴んで堪能していると、後ろから咳払いが聞こえた。
「大変申し訳ありませんが陛下、さっさとはじめていただけませんか? 続きは後ほどゆっくりとどうぞ」
「いやはや龍玉というのは、腑抜けを正すものだと思ったが、別の方向に腑抜けるものだな」
龍蒼と龍緋に誂われ、赤くなる顔を龍生が抱き込んだ。
「よく、見ておけよ」
耳元で囁いてから僕を離した龍生が、広場の中央へ進み、立ち止まった。
「もう少し、離れておきましょう。瑛晴様」
数歩下がったところから龍生を見る。
すうっと深呼吸をした龍生の身体が伸びる。天を仰ぎ目を閉じ、集中している龍生の周りに風が起きた。
大袖がはためき、髪が靡く。
よく見ると、龍生の身体がふわりと浮いた。
伸ばされた爪先が地を離れ、その足元には風が渦を巻き、それは龍生の身体を下から順に取り込んだ。
「……っ龍生」
「大丈夫ですよ、龍玉陛下。ここからが見どころですから」
飛び出しかけた僕を龍緋がとどめた。
天まで届くほどの大きな渦巻きの中心に黒い龍生が小さく見える。
その姿がほとんど見えなくなった時、渦の流れに煌めきが混じり始めた。
金の小さい粒が増えていき、一際大きな煌めきが中心から弾け飛ぶ。
渦が晴れ、現れたのは、大きな、黄金色の龍だった。
「あ、れって……」
「龍王陛下の本来のお姿です」
あれが、龍。龍王、龍生なのか……。
身体は黄金色に輝き、赤い瞳の大きな龍。
王都に入るとき、前世を思い出したあの大門の天井画は龍王だったのか。
神々しいまでに輝くその姿に、僕はしばし見惚れていた。
広場の上空をぐるりと一周する優美な姿はまさしく神そのもの。
王都内からならその姿が見えただろう。
これまで一度も僕は見たことがなく、その存在すら疑っていた。
王都の国民はこの龍生を見て、希望を抱くだろう。
龍王に力を、国に安定を。
社で願い続けていた彼らに、届いただろうか。
頬を伝う涙を拭うことすら忘れて、見つめていたら赤い目の龍生と目があった。
爬虫類のそれなのに、その目は僕を見るいつもの龍生と変わらないように思えるから不思議だ。
僕らの頭上にとどまって身体を丸めた龍生の首が上を向く。
大きく開いた口から牙が見えて、そこから白い光が漏れる。
「お、今度は白か」
龍緋の呟きが耳をかすめて、それを咎める龍蒼の声も聞こえたが、僕の目は何一つ見逃すことがないよう釘付けられていた。
龍生の口の中、白い光の中から球体が現れると、それは液体を滴らせながらゆっくりとした速度で落ち、僕の腕の中にすぽんとおさまった。
一抱えもあるその白い球体から脈動を感じる。
「た、たまご……?」
「そちらが子ですよ、瑛晴様」
「子供? 龍生の?」
「いえ、そちらは瑛晴様のお子様になりますね、恐らく」
どくどくと音のする卵を僕の子供だという龍蒼に首を傾けた。
どういうことだろう?
「私達龍王の眷属はこうして龍王の卵として生まれるんですよ」
「そう、だから俺たちも龍王の子供ってことです」
「そうなの? じゃあこの子は二人の弟ってことになるんじゃ」
眷属がまさか龍生の生んだ子供だなんて驚きだが、ではこの卵から生まれる子は龍生の子じゃないだろうか。
「生むのは龍王ですが、孵った時はじめて見た人を親とするのです。なのでその卵がはじめて見る瑛晴様がその子の親になるんです」
「僕の、子供……」
子供なんて前世でも今生でも考えたことがなかった。
抱えた卵が愛おしい。
その卵がまた白い光を発し始めた。
「あ、生まれますね」
「我々は少し離れておきましょう」
二人が距離を取ったところに陣取ってからしばらくして、卵に罅が入る。
こつこつと音を立て、ぱりりと穴が開く。
そこからひょこりと首を出したのは真っ白の身体をした小さな龍だった。
ぱちぱちと目を瞬いて僕を見つけるその目は虹彩に濃い朱が混じった淡い桃色。
認識した僕に顔を寄せると小さな龍体は滑らかに滑り出し僕の首に巻き付いた。
「白か……あきにぴったりだな」
「龍生……この子」
いつの間にか人に戻っていた龍生が僕の背後から白竜を見下ろしていた。
「あきの……あきと俺の子供だな」
「ありがとう……子供なんて持てないと思ってたから、嬉しい、かも。でも育てられるかな?」
頬ずりする白竜の頭を撫でながら龍生に感謝を伝える。
僕の肩を抱く龍生があぁとうなずくと少し申し訳なさそうに答えた。
「育てる悦びは残念ながら与えてあげられないんだ。これは明日にでも人型になるしその時点で成体だからな」
「そうなんだ? それはちょっと残念かな、こんなに可愛いのに」
「あきの小童として作ったから、これからはこいつになんでも言えばいい」
そっか……。それで子供を作ればいいなんて言ったのか。
それにしても可愛いこの子が明日には成体って龍って不思議が多き生き物だな。
今度、龍生……いや龍蒼にきいたほうが色々教えてくれそうだから聞いてみよう。
「陛下、お名前はどうされますか?」
離れていた龍蒼と龍緋が歩み寄ってきて白竜を眺めた。愛らしい白竜は二人を見て小首をかしげていた。
「どうせまた色で決めるんだろ?」
「龍白か……まぁ悪くはないが」
緋色の髪の龍緋が呆れた声で問うと、蒼い髪の龍蒼がやれやれと言った顔をした。
龍生の名付けに不満な二人の声に龍生が渋い顔をした。本人もどうやら失敗を認めているようだ。
「あきが名付けるか?」
「僕? そうだなぁ……」
ふと、暖かな風が辺りを通り過ぎ、その中に甘い香りが漂った。
沈丁花の香りだろうか?
確か、あれは永久とか不死とかの花言葉だったのを思い出した。
(永久……)
「春……この子の名前、龍春でどうかな」
「あぁいいんじゃないか、龍春か。いい名前だ」
永久に待った春が、長く続くように、願いを込めて。
肌にまとわりついた温もりはあちらから離れることはなさそうだ。
静かな寝息に安堵しながらそっと抜き出ると、玻璃から漏れる光に目を瞬かせる。
(あれから何日経ったんだろう……)
龍生とこの部屋で確かめあってから龍生の300年の孤独を埋めるため、二人で睦み合っていたがそろそろ龍生も僕もやっと落ち着いた、ように思う。
もともと体力のある龍生は分かるけど、僕も若いからついていけたのだろうか?
なにかしら食べた記憶もないのに、お腹が空いたという感覚もなかった。
あの時、炎に包まれたように感じたけど、僕の身体は脱皮したように生まれ変わったみたいだ。
確認しようと下を見ると、龍生の付けた赤い痕はすでに消えていて、少し残念に感じた。
(……残念ってなんだよ、僕)
この数日のあれやこれやを思い出してしまい、赤らむ顔を両手で抑えた時、扉を叩く音が聞こえた。
「瑛晴様、お目覚めですか? よろしければご支度をお手伝いにまいりました」
聞こえた声は恐らく龍蒼のものだと思う。
寝台を見れば龍生はまだ目覚める気配もない。このままここに籠もるわけにもいかないが、かといって彼に手伝ってもらうわけにも……。
僕の衣装は龍生が剥ぎ取ったまま放置されていたが、これをまた着れば龍生が嫉妬しそうなので、龍生の黒い深衣を手に取った。
「少し、待ってもらえますか? 身支度整えますので」
「お一人で大丈夫ですか?」
「着飾るのは無理ですけどね」
今の僕には大きい龍生の深衣に体格差を見せつけられた気分でなんとか身なりを整えたところで、後ろから抱きとめられた。
「彼シャツみたいで可愛いな、あき」
「あれ、起きちゃった?」
「ああ、あき、その格好では誰とも会わせられない。ちょっと待ってろ」
そんなみっともない格好ってわけでもないと思うけど、龍生的にはナシだったのだろう。
龍生自身は裸のまま、扉へ向かうとその扉越しに龍蒼から籠を受け取ると僕のところに戻ってきた。
「さ、立って。着替えるぞ」
「自分で出来るよ?」
「着させたいんだよ、ほら」
どうも子供になったおかげで龍生は僕をかまうのが楽しいらしい。にこにこと僕に着付ける様は恋人というより父親みたいだ。
淡い朱の裳に赤みの強い黄色の絹地の大袖の深衣は裾が緩やかに弧を描き、腰帯に巻きつけられる。
簡素で露出の少ない衣装は久し振りな気がする。
完全に女性の衣装なのはもう諦めたが、黄色は着たことがなかった。
「龍蒼の見立てなのが癪だが、よく似合ってる」
自分の着付けに満足したのか僕を左右上下と見渡した龍生に思わず笑いが起こる。
「龍王自ら着付けだなんて、おかしいね」
「だが、他の男に着付けさせるわけにもいかないだろ」
後ろに回って髪まで結おうとする龍生を見かねてそれを制し、みずから緩く結い上げた。渡された琥珀の簪を差し込む。
「失礼いたします、龍王、龍玉陛下。もうよろしいですね?」
機会を見計らっていただろう龍蒼が室内に入ると、龍生はわかりやすく不機嫌な気配を顕にしながら、深衣をさらりと身に纏い、帯を締めた。
「いいとは言ってない」
「このまま待っていてはいつまで経っても龍玉の披露目も出来ませんよ、馬鹿陛下」
「馬鹿は余計だ」
気やすい二人のやりとりを眺めていたが、龍玉のお披露目という単語に僕はどきりとした。
そうか、そういうこともあるのか。
そうなると、やはり身支度くらいしてもらえる小童が必要なのでは?
前世の僕なら身なりなんて気にしなかったが、今ならその必要性は分かる。
ごてごてに着飾る必要はなくても、時と場合によって衣装というのは大事なものだ。
「そこで、陛下。もう一人、子を成してはいかがでしょうか?」
「子? 子供? 龍生子供がいるの?」
「龍蒼、言い方に気をつけろ! 誤解されるだろう」
誤解、なんだろうか? 300年も生きていて、子供がいてもおかしくないじゃないか。
龍生は昔も、今もいい男だ。しかも龍王。後宮とかあったりするんだろうか?
「あき、誤解するなよ? そうだ、ちょうどいいから今から見せてやる」
「見せる?」
龍生と龍蒼、途中で龍緋が加わって四人で王宮の表に連れ立った。
ついこの前萬龍に連れられて登った長い階段を今度は龍生と降りる。
あの時の僕に今のこの状況を教えられても信じられなかっただろう。
感慨にふけりつつも降り立つ大広場は、春宴の賑わいとは違う閑散としたものだった。
「陛下が落ち着いてくれたおかげでやっとちょうど良い気候になったな」
「本当に。昨日までは晴れたかと思えば豪雨や嵐、かと思えば突然凪いだりと忙しかったですからね」
そ、そんなに龍生の気持ちで気候が変わるのか。というかそれが全国民にバレてるのか?
「あまり、あきを怯えさせるな。さすがにもう落ち着いたから維持出来る、ハズだ」
「心配なんだけど、あと恥ずかしい……」
「ちょっと箍が外れただけだ。あとはあきが共に生きていてくれれば大丈夫」
「龍生……」
僕の頬を龍生が愛おしそうに撫でる。その手の温もりにくらりと目眩がする。
この温もりが、僕のもの。僕の全て。
その手を掴んで堪能していると、後ろから咳払いが聞こえた。
「大変申し訳ありませんが陛下、さっさとはじめていただけませんか? 続きは後ほどゆっくりとどうぞ」
「いやはや龍玉というのは、腑抜けを正すものだと思ったが、別の方向に腑抜けるものだな」
龍蒼と龍緋に誂われ、赤くなる顔を龍生が抱き込んだ。
「よく、見ておけよ」
耳元で囁いてから僕を離した龍生が、広場の中央へ進み、立ち止まった。
「もう少し、離れておきましょう。瑛晴様」
数歩下がったところから龍生を見る。
すうっと深呼吸をした龍生の身体が伸びる。天を仰ぎ目を閉じ、集中している龍生の周りに風が起きた。
大袖がはためき、髪が靡く。
よく見ると、龍生の身体がふわりと浮いた。
伸ばされた爪先が地を離れ、その足元には風が渦を巻き、それは龍生の身体を下から順に取り込んだ。
「……っ龍生」
「大丈夫ですよ、龍玉陛下。ここからが見どころですから」
飛び出しかけた僕を龍緋がとどめた。
天まで届くほどの大きな渦巻きの中心に黒い龍生が小さく見える。
その姿がほとんど見えなくなった時、渦の流れに煌めきが混じり始めた。
金の小さい粒が増えていき、一際大きな煌めきが中心から弾け飛ぶ。
渦が晴れ、現れたのは、大きな、黄金色の龍だった。
「あ、れって……」
「龍王陛下の本来のお姿です」
あれが、龍。龍王、龍生なのか……。
身体は黄金色に輝き、赤い瞳の大きな龍。
王都に入るとき、前世を思い出したあの大門の天井画は龍王だったのか。
神々しいまでに輝くその姿に、僕はしばし見惚れていた。
広場の上空をぐるりと一周する優美な姿はまさしく神そのもの。
王都内からならその姿が見えただろう。
これまで一度も僕は見たことがなく、その存在すら疑っていた。
王都の国民はこの龍生を見て、希望を抱くだろう。
龍王に力を、国に安定を。
社で願い続けていた彼らに、届いただろうか。
頬を伝う涙を拭うことすら忘れて、見つめていたら赤い目の龍生と目があった。
爬虫類のそれなのに、その目は僕を見るいつもの龍生と変わらないように思えるから不思議だ。
僕らの頭上にとどまって身体を丸めた龍生の首が上を向く。
大きく開いた口から牙が見えて、そこから白い光が漏れる。
「お、今度は白か」
龍緋の呟きが耳をかすめて、それを咎める龍蒼の声も聞こえたが、僕の目は何一つ見逃すことがないよう釘付けられていた。
龍生の口の中、白い光の中から球体が現れると、それは液体を滴らせながらゆっくりとした速度で落ち、僕の腕の中にすぽんとおさまった。
一抱えもあるその白い球体から脈動を感じる。
「た、たまご……?」
「そちらが子ですよ、瑛晴様」
「子供? 龍生の?」
「いえ、そちらは瑛晴様のお子様になりますね、恐らく」
どくどくと音のする卵を僕の子供だという龍蒼に首を傾けた。
どういうことだろう?
「私達龍王の眷属はこうして龍王の卵として生まれるんですよ」
「そう、だから俺たちも龍王の子供ってことです」
「そうなの? じゃあこの子は二人の弟ってことになるんじゃ」
眷属がまさか龍生の生んだ子供だなんて驚きだが、ではこの卵から生まれる子は龍生の子じゃないだろうか。
「生むのは龍王ですが、孵った時はじめて見た人を親とするのです。なのでその卵がはじめて見る瑛晴様がその子の親になるんです」
「僕の、子供……」
子供なんて前世でも今生でも考えたことがなかった。
抱えた卵が愛おしい。
その卵がまた白い光を発し始めた。
「あ、生まれますね」
「我々は少し離れておきましょう」
二人が距離を取ったところに陣取ってからしばらくして、卵に罅が入る。
こつこつと音を立て、ぱりりと穴が開く。
そこからひょこりと首を出したのは真っ白の身体をした小さな龍だった。
ぱちぱちと目を瞬いて僕を見つけるその目は虹彩に濃い朱が混じった淡い桃色。
認識した僕に顔を寄せると小さな龍体は滑らかに滑り出し僕の首に巻き付いた。
「白か……あきにぴったりだな」
「龍生……この子」
いつの間にか人に戻っていた龍生が僕の背後から白竜を見下ろしていた。
「あきの……あきと俺の子供だな」
「ありがとう……子供なんて持てないと思ってたから、嬉しい、かも。でも育てられるかな?」
頬ずりする白竜の頭を撫でながら龍生に感謝を伝える。
僕の肩を抱く龍生があぁとうなずくと少し申し訳なさそうに答えた。
「育てる悦びは残念ながら与えてあげられないんだ。これは明日にでも人型になるしその時点で成体だからな」
「そうなんだ? それはちょっと残念かな、こんなに可愛いのに」
「あきの小童として作ったから、これからはこいつになんでも言えばいい」
そっか……。それで子供を作ればいいなんて言ったのか。
それにしても可愛いこの子が明日には成体って龍って不思議が多き生き物だな。
今度、龍生……いや龍蒼にきいたほうが色々教えてくれそうだから聞いてみよう。
「陛下、お名前はどうされますか?」
離れていた龍蒼と龍緋が歩み寄ってきて白竜を眺めた。愛らしい白竜は二人を見て小首をかしげていた。
「どうせまた色で決めるんだろ?」
「龍白か……まぁ悪くはないが」
緋色の髪の龍緋が呆れた声で問うと、蒼い髪の龍蒼がやれやれと言った顔をした。
龍生の名付けに不満な二人の声に龍生が渋い顔をした。本人もどうやら失敗を認めているようだ。
「あきが名付けるか?」
「僕? そうだなぁ……」
ふと、暖かな風が辺りを通り過ぎ、その中に甘い香りが漂った。
沈丁花の香りだろうか?
確か、あれは永久とか不死とかの花言葉だったのを思い出した。
(永久……)
「春……この子の名前、龍春でどうかな」
「あぁいいんじゃないか、龍春か。いい名前だ」
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