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第三部 竜の棲む村編

70 客人として

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「ロザリーは私に叶えてほしい望みがありますか? 助けていただいたご恩をお返しさせてください」

 竜神さまはそう言った。

 望みを聞いてくれて、嬉しい。
 私の望みは……竜の背中に乗って大空を飛ぶこと。
 それを言葉にしようと口を開ける。

「ありがとうございます。……確かに、私には望みはあります。でも、少し考えさせてくれませんか?」

 とっさに私の口から発せらせたのは保留の言葉だった。
 もちろん、竜の背中には乗りたかった。
 でも、それはロウと一緒にやりたかったことなのだ。その楽しさを共有したかった。
 今は、すぐには答えが出せそうにない。

「いいですよ。ロザリーが望むなら、長居してもらっても構いません。ゆっくりと考えてください」

「ありがとうございます。でも、長居は……外で待っている人がいるので、やめておこうと思います」
 
「そうですか……」

 竜神さまが残念そうに眉を寄せた。
 ……ん? 何か悪いことでも言ったかな?
 客が長居すると迷惑じゃないかな。
 ……そうよ、きっと私の見間違いだ。

「ゆっくりしてもらった方が私は嬉しいです。ロザリーの長居は全然迷惑ではありません」

「……え? ええ?」

 もしかして、私、無意識に口に出してた?
 いいえ、それはないはず。
 そうだとすると……?
 竜神さまからかけられた言葉は、まるで私の心の中を読み取ったようだ。

「そうです。やろうと思えば心の中が覗けるんです。普段は意識して使わないですけれど」

 話してもいないのに、会話が成り立ってしまう。不思議。

「そうですか? 竜の宮の住人は慣れているので、ロザリーの反応は新鮮ですね」

 頭に思い浮かべただけなのに、それにすぐに返事が……!
 ああ、竜神さまばかり話させてしまって申し訳なくなってきた。

「申し訳ない? そんなことは――」
「いいえ、気になります!」

 この会話に終止符を打つべく、直感的にそのまま口に出した。

「わかりました。心を覗くのは終わりにしましょうか」
「そうしていただいて安心しました」
「……ああ、そうだ」

 竜神さまが手のひらで私の頬に触れた。彼の手は冷たかった。
 
「口に合わないかもしれないですが、湖の食事を取れば呼吸も楽になるでしょう」

 そう言って竜神さまが袖口から取り出したのは、一口大に切られた海藻だった。

「どうぞ」
「いただきます」

 受け取ると思い切って口に入れる。息ができるのと一緒で、水中でも食事ができた。
 磯の香りと塩味が口の中に広がる。
 不味くはない。おかわりが食べられるくらいの味だ。

「それは良かったです」
「また心の中を読みましたよね?」
「すみません。反応が気になってしまって、つい」

 竜神さまは弧を描く眉を下げながら謝っている。なのに、どこか楽しげだ。

「もう、どうして反応が気になるんですか?」

 茶目っ気のある竜神さまに慣れてきて、軽口を叩いた。
 そのとき――。
 
「どうしてロザリーの反応が気になるのかといえば……ロザリーさえ良ければ、私の妻に迎えたい」
 
「……竜神さまの妻ですか⁉︎」
 
「はい。ロザリーにこうして再び会えたのは運命にしか思えません。初めて会ったときから好きです」
 
「……ごめんなさい。私には決まった人がいるから」

 強くそう言ったけれど、ロウのことを思い浮かべた瞬間、竜神さまには私の戸惑いを見抜かれていた。
 心の中が覗けるから当然だよね。

「決まった人というのは、ロザリーに隠し事をしているのでは? そして、その隠し事に、苦しんでいるのでは?」
 
「それは……」

 どうせ心の中を覗かれてしまう。悩みも全部話してしまえ!
 
 面白くもないだろうロウとの恋愛話に、竜神さまは飽きもせず相槌を打ちながら聞いてくれた。
 
「そうですか。気持ちが通じ合っているはずなのに、過去の女性を秘密にされていると。……私に打ち明けてもらえるとは嬉しい限りです。ちなみに私には過去の女性はいませんが」

 さらりと竜神さま自身の情報が。
 初対面なのに、開き直って恋愛相談してしまったわ。

「ロウはいつか話すって言ってくれたけれど、それがいつなのか気になってしまうのよね……」

「ロザリーが望むならば、ロウの心の中を覗きましょうか?」

 彼の赤い瞳が私をまっすぐに射抜いてきた。
 竜神さまの叶えてくれる望みのことだ。

 魅力的だけど、安易にロウの心の中を覗いてはいけない気がする。
 手を出してはダメだ。
 というか、心がぐらっと傾きかけた私が恥ずかしい。

「――それはやめておくわ」
「わかりました」

 断った理由は聞かれなかった。
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