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第二部 極北の修道院編

45 王女さまが駆けつけてくる

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「王女殿下がお見えですが、リビングルームにお通ししてもよろしいでしょうか」
 
 ロウが去ってから少し経つと、サラから次なる来訪者の案内があった。
 王女さまは私を心配して駆けつけてくれたのだろう。
 こんな豪華な部屋に住まわしてもらって、大魔法使いさまだけでなく、王女さまも来てくれるとは。まるで深窓のお姫さまにでもなった気分だ。
 
「いいわ。お通ししてください」
「承知いたしました」

 私がリビングルームの扉を開けると、ソファに座っていた王女さまと目が合う。と、立ち上がり、早足で駆け寄ってきた。
 
「ロザリー! 無事だった?」
「え、ええ……」

 むぎゅうと背中に手を回されて抱き付かれた。王女のふわふわした金髪からは、スズランのコロンの良い匂いがした。
 しばらくそうしたままで、体を離した王女さまの瞳は涙ぐんでいた。
 
「地下牢に入れられたって聞いたわ! ルイお兄さまの馬鹿馬鹿! 私の命の恩人になんて酷いことをするのよ! 例外は認められないとか、頭の堅いこと言ってたわ! 本当にありえない! ロザリー、大丈夫だった?」
 
 王女さまは悔しいとばかりに、猛烈に捲し立てた。私は彼女のあまりの剣幕に圧倒されてしまった。でも、私のために怒ってくれてるんだものね。感謝しなきゃ。
 
「王女さまの気持ちはよくわかったわ。私は大丈夫よ。事情を聞きつけた大魔法使いさまが、すぐにこの部屋に変えてくれたもの」
「ロザリーは優しすぎるわ! 私だったら耐えられない! 大魔法使いさまが調査を終えられて、ロザリーの無実を晴らしたら、ルイお兄さまを絶対に許さないんだから!」

 王女さまは私の身に何が起こったのか、詳しく知っているようだ。ロウが調査に出かけたことも知っているようだし。
 
「そもそも、私はロザリーが殺人をしたとは思えないわ!」
「……信じてもらえるのは嬉しいけれど、なぜそう思うの?」
 
 味方になってくれるのは心強いけれど、彼女がやけに自信満々だったのでその理由を知りたくなった。
 
「それは勘よ!」 
 
 あ……根拠のない強気な発言来た!
 味方がいるのは心強いけど……ね?
 
 立ち話も疲れるので、王女さまにソファを勧める。私もローテーブルの向かいの席に座った。
 
 サラが出してくれた紅茶と茶菓子を「とりあえずいただきましょう」と促して、王女さまが焼菓子を口に含むと落ち着いたようだった。
 紅茶を一口飲んだ王女さまは、何やら浮かない顔で話し始める。

「公にはなっていないんだけど、誰かに聞いてもらいたかったからロザリーには話すわ。……私の縁談が纏まりつつあるんですって。今までの、大魔法使いが大好きな王女のままではいられなくなったの」

 マグナルツォ王国の唯一の王女で、十八才という結婚にふさわしい妙齢。むしろ、王族にしてはこれまで婚約者がいないのは珍しいくらいだった。王侯貴族は幼少期から婚約者が決められることの方が多い。

「そう、だったんですか……」
「だから、大魔法使いさまの一番のファンの座はロザリーに譲るわ」
 
 決意のこもった瞳で見つめられた。寂しさを感じさせる瞳。
 私は言葉を失った。そんな私の反応に、王女さまは顔をムッとさせる。

「ちょっと、黙り込んじゃって! 譲るって言っているのだから、素直に喜びなさいよ!」
「は、はい。ありがとうございます」
「ロザリーまで悲しまないでくれる? 私が可哀想な子みたいじゃない。そんな日がいつか来るとわかっていたけど、それが現実になっただけなんだから……」

 王女さまは遠い目をして、そう自分に言い聞かせるように呟いた。
 覚悟していたけれど、現実を受け止めようとしているのだろう。

「冒険者として好きなことができて、大魔法使いさまの近くにいられるロザリーがとても羨ましいわ」

 それは彼女の本心で、王女さまの務めを果たすには、どちらも難しいことだ。
 返答に困っていると、王女さまが暗い話は終わりとばかりに、パンッと手を叩いた。
 
「ところで、やっと大魔法使いさまの正体に気づいたって聞いたわ。ファンのくせに気づくのが遅いこと!」

 急にその話をぶっ込んで来る?
 図星すぎて、胃のあたりがチクチクと刺さる。
 
「……自分でもそう思っているわ」
「よく反省するといいわ!」 
「王女さまから言われなくても反省しているわ!」

 これもわかりきっていることだ。
 ムッとして言い返す。
 それには、さらなる追撃が……。

「ロザリーは反省が足りないのよ!」
「……わ、わかっているわ!」
「あなたが大魔法使いさまの一番のファンだからね? 私の目も厳しくなるわよ!」
「王女さまが勝手に譲った――」
「私だって譲りたくて譲ったんじゃないわ! ああ悔しい!」
 
 そう言い切られると、押される形で「努力します……」と返事したのだった。
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